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「鬼滅の刃」無限列車編の死闘は大正5年11月19日の未明か 「月齢23」からの考察

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
(写真:つのだよしお/アフロ)

 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編を見てきました。

 ほとんど予備知識が無かったのですが、ラストシーンなどとても印象的で心に残る物語でした。中でも特に私が興味を持ったのは、映画の最初の頃に出てくる「月の形」です。ストーリー展開は極力避けますが、恐らく多くの方が見逃したであろう「月の形」をもとに考察したいと思います。

※一部、ネタバレになる内容を含んでいます。

劇場版・鬼滅の刃には月齢23の月が出ている

 この物語は、暦や五行陰陽道など作者の深い知識がベースになっていますが、中でも「月」については、重要な意味合いがあるようです。鬼滅の刃に出てくる鬼は12種類いて、上位の鬼は「上弦の何々」下位は「下弦の何々」と、月の形が鬼の名称の由来になっていることからもその事が分かります。

 では「上弦・下弦」とは何でしょう。

 月は新月から始まって7日ほど経つと、弓の形のような半月になります。この半月が地平線(水平線)に沈むとき、弓の弦が上になるように見えるので、これを「上弦の月」と言います。さらにその後少しずつ丸みを帯びていって、7日ほど経つと満月に。そして満月から今度は月が少しずつ欠けていって、7日ほど経つと再び半月になります。しかし、今度は沈むときに弦にあたる部分が下を向くので、これを「下弦の月」と言うわけです。

沈むときの月を弓とみたて、弓の弦が上だと上弦、下だと下弦(スタッフ作成)
沈むときの月を弓とみたて、弓の弦が上だと上弦、下だと下弦(スタッフ作成)

 したがって上弦の月は新月から数えて約7日目、満月は14~15日目、下弦の月は21日目くらいに現れます。また月の形は、太陽と月の位置関係によって決まるので、形と高さが分かれば、その時刻も推定することが可能です。

 このようなことを頭に入れて劇場版「鬼滅の刃」に出ている月を見てみると、月齢23前後で地平線から少し上がった所にあることが分かります。

無限列車の闘いはいつ起きたのか

服装から推測してみる

 続いて、この物語の始まりについて考えてみましょう。

 鬼滅の刃の時代設定は大正時代です。物語の第一話は「残酷」ですが、この事件の時期についてはネット上ですでに様々な論証がなされており、いくつかの説を参考にさせていただいて大正元年12月(1912年)を物語の始まりとします。

 これらの説に倣うと、主人公の炭治郎が修行を開始するのは、その翌年大正2年(1913年)からで、2年後の大正4年(1915年)に炭治郎は鬼殺隊に入り本格的な鬼との闘いに入っていったと考えられます。とすると物語の展開からして、炭治郎らが無限列車で闘ったのは、その翌年の大正5年(1916年)、それも列車に乗っている人々の服装(例えば外套(薄いコート)をまとっている)などから真冬ではなく、初冬であることがうかがえます。

 当時は温暖化や都市気候の影響が無く、いまより2度ほど低かったでしょう。季節感としては、現在の12月が11月ごろの感覚だと思います。

カギを握る「月の形」

 さて、話は劇場版に戻ります。「無限列車編」では列車に乗った人々が行方不明となっており、これを鬼の仕業と考えた炭治郎らがその列車に乗り込み、列車を支配している「下弦の壱」眠り鬼・魘夢(えんむ)と闘います。ではこの魘夢との死闘はいつ行われたのでしょうか?それを解くカギが前述した月の形「月齢23」です。

 そこで、大正5年(1916年)の11月か12月に月齢が23くらいになる日を、国立天文台のサイトなどで調べてみると、11月18日深夜から19日、そして12月19日が候補に上がりました。ところが12月19日は月の出が0時32分で、映画のシーンの月の高さになるには、午前2時半過ぎになってしまいます。これでは少々、月の出が遅いように思えます。

 では11月18日はどうでしょう。月の出は23時50分。これだと、ちょうど日付をまたいで11月19日の午前2時前に月の高さが映画のシーンと重なり、眠り鬼・魘夢が活動し始める時刻と一致すると言っていいでしょう。

 さらに日の出の時刻は6時20分です。鬼は太陽が出ている間は活動できませんから、劇場版「無限列車編」の闘いは、大正5年(1916年)11月18日の深夜から、翌19日の朝6時過ぎまでを描いたものと推定できます。

 つまり、11月19日の明け方こそが、多くの人々の涙を誘った瞬間と言えるでしょう。

右側 大正5年11月19日朝6時の天気図 東京は霧のマークが出ていることが分かる(出典 天気図. 大正5年11月)
右側 大正5年11月19日朝6時の天気図 東京は霧のマークが出ていることが分かる(出典 天気図. 大正5年11月)

 実際に残っている当時の天気図をみると、季節外れの颱風(台風)が18日昼に房総半島沖を通り、19日朝6時には三陸沖へ抜けています。19日未明は、関東から西は台風が抜けて回復傾向にあり、これらの地域ではちょうど日の出とともに晴れ間がでてきたところでしょう。そしてさらに興味深いのが、19日朝6時には東京で霧が観測されていることです。台風が持ち込んだ湿った空気が明け方に冷やされ、関東地方では霧が出やすい状況であったと推測されます。物語の舞台が関東だとすると、魘夢との闘いは霧が立ち込めるなか繰り広げられており、まさに当時の状況と合致しているのです。

 ちなみに「下弦の月」というのは月齢、約21のことを指します。映画に描かれた月齢23くらいの月は、下弦を過ぎて月の形が細くなっていく過程の時期です(月齢29がその月の寿命にあたる)。この下弦を過ぎた月は、「下弦の鬼の滅びし象徴」として、そして次は上弦の鬼との闘いに向かうことを暗示するために映画の中に加えられたのだと、私には思えました。

 これからご覧になろうと思われる方は、映画の最初に少しだけ登場する「月の形」にぜひ注目していただきたいです。

*なお、原作には「この作品はフィクションです。」の但し書きがあります。本稿もあくまで映画をもとにした推察記事です。

参考

暦のページ「月出没計算サイト」 http://koyomi.vis.ne.jp/sub/moonrise.htm

ブログ「鬼滅の泉」https://kimetsu-i.com/jidaisettei-taisyou-nannnenn/

天気図.大正5年11月(中央気象台出版)

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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