相鉄線瀬谷駅と横浜市北西部の旧米軍上瀬谷通信施設跡地を結ぶ新交通システム「(仮称)上瀬谷ライン」について、横浜市は第三セクターの横浜シーサイドラインに事業参画を依頼した。一方、横浜市長に就任した山中竹春氏は、地域開発そのものを再検討する考えだという。2027年の国際園芸博覧会終了後の跡地利用計画が不鮮明で、需要予測が定まらない。長期的な再開発が見込めなければ赤字路線になってしまう。

  • 「(仮称)上瀬谷ライン」の予定地と、横浜シーサイドラインが運行する金沢シーサイドラインの位置(地理院地図を加工)

「(仮称)上瀬谷ライン」は相鉄線瀬谷駅付近を起点とし、北へ約2.6kmの新路線を整備する。短い路線だが、約242ヘクタールという広大な米軍上瀬谷通信施設跡地の再開発における主要アクセス路線と位置づけられている。

横浜市が示した計画によると、(仮称)瀬谷駅から北へ約1.9kmは公道地下のトンネル区間、米軍上瀬谷通信施設跡地内の約0.7kmは地上区間で、終点となる(仮称)上瀬谷駅の先の地表部に車両基地を設置するという。駅は(仮称)瀬谷駅と(仮称)上瀬谷駅の2駅のみ。複線のAGT(Automated Guideway Transit : 自動案内軌条式旅客輸送システム)で、東京のゆりかもめ、大阪のニュートラム、横浜のシーサイドラインなどと同様、新交通システムと呼ばれる路線になる。

車両は1両の長さが約8.5mで、ゆりかもめの7300系・7500系とほぼ同じ。シーサイドラインの2000形(1両の長さ8m)より長い。1編成あたり最大8両を想定しており、ゆりかもめの6両、シーサイドラインの5両より長くなる。イベント輸送や将来の需要増を見越した「最大8両」といえる。

横浜市が新交通システムを計画した背景には、広大な再開発用地に対して周辺の主要道路の渋滞が常態化している実情がある。東名高速道路の横浜町田インターチェンジに近いこともあって交通量が多いにもかかわらず、環状4号線、八王子街道は片側1車線しかなく、容量不足となっている。車の来場者が増えると、迂回路として閑静な住宅街に流れ込むおそれがある。

  • 米軍上瀬谷通信施設跡地と「(仮称)上瀬谷ライン」(地理院地図を加工)

瀬谷駅から再開発用地まで、通称「海軍道路」と呼ばれる幅広の道路が整備されている。しかし、意外にも「海軍道路」を直行するバス路線がない。旧米軍上瀬谷通信施設は広大な農地、未使用地で乗客需要がないから当然だろう。瀬谷駅から北側のバス路線は、「海軍道路」を挟んで西側・東側の生活道路に設定されている。横浜市としては、「海軍道路」にバス路線を設定する検討もしただろうが、大量のバスによる渋滞や排気ガスを考慮した結果、新交通システムの採用に至ったと思われる。

■2027年に国際園芸博覧会開催、その後は…

旧米軍上瀬谷通信施設跡地は、第二次世界大戦中は日本海軍の倉庫だった。「海軍道路」はかつて瀬谷駅と軍事施設を結ぶ支線の廃線跡につくられた。

戦後は米軍に接収されて通信基地として使われ、在日米軍厚木基地の管理下にあった。冷戦終結後、主要施設の多くが他の米軍施設に移され、2003年頃には未使用地となった。2004年、日米地位協定にもとづく日米合同委員会で日本へ返還する方針となり、2015年に返還された。返還時は旧基地施設の国有地が約45%、民有地の農地が約45%、残りの約10%は道路として市の管理地になっている。

  • 横浜近郊にぽっかりと生まれた広大な空間になっている(2020年8月撮影)

広大な再開発用地の出現を受けて、横浜市は2016年に国際園芸博覧会の開催を立案し、国に支援を要請する。「都市基盤整備の促進、地域の知名度やイメージの向上、さらには国内外の先導的なまちづくりに寄与するため」であった。

国際園芸博覧会は、オランダのハーグにある国際園芸家協会が認定する博覧会で、年に1度の「大規模国際園芸博覧会(A類)」と「国際性のある国内園芸博覧会(B類)」がある。A類については万博の特別博として認定される場合もあり、世界から園芸に関心を持つ人々が集まる。例えるなら「花のオリンピック」と言ってもいいほどの国際的地位がある。日本では「花博」と呼ばれ、1990年に大阪で「花の万博」、2000年に「淡路花博」、2004年に「浜名湖花博」が開催された。

横浜市と国の招致活動が実り、2019年に北京で開催された国際園芸家協会の年次総会で横浜市のA1クラス博覧会が承認された。開催期間は2027年3~9月を予定し、メインテーマは「幸せを創る明日の風景 Scenery of The Future for Happiness」。来場者数1,500万人以上を見込む。約200日間で1,500万人と仮定すると、1日あたり平均で7.5万人。たしかに公共交通機関が必要な規模である。

横浜市は国際園芸博覧会が開催された後のまちづくりについて、物流ゾーン、農業振興ゾーン、公園・防災ゾーン、観光・賑わいゾーンを設定した。このうち最も大きな面積を占める観光・賑わいゾーンについて、相鉄ホールディングスがテーマパーク構想を掲げ、米国の映画会社と事業提携する目論見だった。

相鉄線沿線は有名観光地や大規模レジャー施設が少ない。相鉄・JR直通線が開業し、相鉄・東急直通線の開業も近づいているものの、通勤需要しかない上に、宅地開発による人口増・鉄道利用者増に結び付くまで時間がかかる。それゆえに、瀬谷のテーマパークは魅力的だったはず。しかし、2020年春までに相鉄ホールディングスと提携先候補の合意はできなかった。引き続き相鉄ホールディングスはテーマパークを核とした集客施設の実現に動いたが、2021年3月に断念したと報じられた。「疫病によってレジャー需要の低迷するなかでは投資リスクが大きい」との理由だった。

■未知数が多く、新市長も「再検討」

その後、地権者の要請を受けて、物流ゾーンのパートナー企業である三菱地所がテーマパーク構想を引き継ぐ見込みと報じられている。国際園芸博覧会と同じ年間1,500万人の集客をめざすという。三菱地所はオフィス・住宅などの不動産事業が主体で、集客施設としてホテルやプレミアム・アウトレットを全国展開している。

三菱地所グループのレジャー施設としては、三菱地所レジデンスの子会社だった藤和那須リゾートが那須ハイランドパークを運営していた。日本最大級のトイ(玩具)テーマパーク「BANDAI・キャラクター トイスタジアム」を2012年にオープンしたが、三菱地所レジデンスは藤和那須リゾートの全株式を日本駐車場開発グループの日本テーマパーク開発に譲渡。テーマパーク事業からは一歩引いた形になっている。

三菱地所が旧米軍上瀬谷通信施設跡地のテーマパークでどんな構想を持っているのか、明らかになっていない。ここがしっかり定まらないと、「(仮称)上瀬谷ライン」の事業計画も盤石にならない。横浜シーサイドラインは横浜市が約63%を出資する第三セクターだから、横浜市の意向を受ける形になるとはいえ、「(仮称)上瀬谷ライン」を引き受けるからには、開発事業進展の約束が必要だろう。

朝日新聞デジタル版の9月5日付記事「米軍跡地のテーマパーク構想、是非を再検討 新・横浜市長の山中氏」では、8月30日に就任した横浜市の山中竹春市長が、「テーマパークを作るかどうかから検討すべき」と再検討の意向を示したと報じている。「(仮称)上瀬谷ライン」の建設も同様で、テーマパークの集客が見込めなければ白紙になるだろう。「(仮称)上瀬谷ライン」の実現は、三菱地所のテーマパーク構想にかかっている。