第52話 長い名前
鉄塊王は返事をしない。黙りこくって俺を見つめている。
ようやっと口を開いて、
「そなたに兵を率いさせればノール嵐は止められるのか」
「だから、止めるっつってんだろ」
「何の保証もなく、兵を預けることなどできぬ」
「保証はおまえがしろ」
「……何?」
「おまえが俺を信じればいい。誰が何と言おうと、俺はノールキングをぶっ殺して、ノール嵐を止める。俺の言葉を信じろ。おまえは王なんだろ。おまえが決めさえすれば、できるはずだ。死にたがりじゃないドワーフたちの命を守るために、決断しろ」
「そう簡単ではない」
鉄塊王はわずかに細い眉をひそめた。
「そなたは率直に物をもうす。ゆえに余も率直に語ろう。余はこの鉄血王国の王だが、何もかも余の意のままとはゆかぬのだ」
「ローエンか」
「さよう。とくに武官、兵士らはローエンの影響下にある。余とて、あの者の意向を酌まぬ命令は下せぬ」
「あいつはなんで、ああやって城の前に陣どってるだけで動かねーんだ」
「ノール嵐は一部の者にとって、待ち望んだ祭でもあるのだ。早々に終息させてしまっては、不満を抱く者もおる」
「で、その手のやつらはローエン派ってわけか。ようするに、全ドワーフの二割もくたばるくらいまでノールどもを暴れさせて、馬鹿なドワーフどもが死ぬか祭に飽きたころになってから、やっとローエンは親衛隊を動かすわけだ。そして、やつ自身がノールキングをしとめる。やつは武名をあげて、馬鹿なドワーフどもが拍手喝采。これがやつの筋書きかよ」
「察しがよいな。そのとおりだ」
「くだらねえ。そんなアホヤロウはクビにしろ」
「できぬ」
「国を乱すわけにはいかねーってか」
「さよう。国を治むるが王たる余の責務であれば」
「その国ってのは、民あってのものなんじゃねーのか。民がバタバタ死んでるんだぞ」
「そなたは死にたがりともうした。それを望む者も少なくないのだ」
「あんたはどうなんだ。あんなふうにゴミクズみたいにドワーフたちが死にまくっても、なんとも思わねーのか」
「余が王となる前」
鉄塊王は目を伏せた。
「ただ一人の少女として、ノール嵐に遭遇したことがある。誰も余を鉄塊王の一族とは知らなんだ。我ら一族は身分を隠しそうして市井で育つのだ。余も武器を手にとりノールたちと戦った。多くのドワーフが余の目の前で死んでいった。少女であった余を守るために命を落とした者もいた。余はその光景を覚えておる」
「ようは、無残だと思ってんだろ」
俺は我慢しないで舌打ちをした。
「だったら、さっさと止めるためにできることをしろよ」
「たとえ余が命じたとて、ローエンは面従腹背を決めこむであろう」
「聞いたふりだけして、ちゃんと動かねーってことか」
「親衛隊以下、軍はローエンに追従する」
「結局のところ、あんたにできることはねーってことだな」
鉄塊王は答えない。心なしか、つらそうな表情に見える。
「悪ぃーな」
俺は肩をすくめて笑ってやった。
「言葉を飾るってのがどうも好きじゃねえ。まあ、気にするな。できねーことをやれとは言わねーよ。軍以外なら、俺に協力させられるか?」
鉄塊王はそっとうなずいて、
「赤髭の権限が及ぶかぎりならば」
「アクスベルドのオッサンか。そいつは頼もしいな。充分だ」
俺は片手をあげてみせた。用は終わりだ。踵を返して簾から出ようとしたら、
「待て」
と鉄塊王に呼び止められた。
俺は振り向いた。
「何だ。まだ何かあんのか」
「なぜだ」
「何が」
「そなたは人間であろう。我らとアラバキア王国は同盟を結んではおるが」
「アラバキア王国とやらのことはよくわからねーな」
「では、義勇兵か」
「まだ見習いだったかな。まあ、そのへんはどうだっていい。忘れてたくらいだしな」
「人間の見習い義勇兵が、なにゆえノール嵐を止めようとするのだ。ドワーフには縁もゆかりもなかろう」
「気の毒がったり同情したりする理由もたいしてねーはずなのに、なんでそこまでするのかって話か?」
「さよう」
「ほぉー」
俺は玉座に座っている鉄塊王を見下してやった。
「じゃあ、何だ? かわいそうだったり肉親だの何だので大事だったりするやつ以外は、救うなってことか? 俺は、俺がかわいそうに思うやつだとか、仲間だとか、友だちしか救っちゃだめなのかよ? でっかい理由がなけりゃあ、誰かを助けるべきじゃねーってことか? そのへんを歩いてて、困ってるやつがいても、そいつに手を貸すだけの理由がなきゃ、どうしたのかって訊くのもやめとけってか?」
「余は何も、そのようなことは」
俺は鉄塊王に人差し指を突きつけた。
「あんたのルールで俺を測ろうとするな。俺は俺のルールで動く。やりてーと思ったら俺はそれをやるし、やるべきだと感じればやり抜く。わかりやすい理屈だとか事情だとか、そんなの知ったことか。とにかく、俺は俺の意思でノール嵐を止める。止めたいからだ。わかったか」
「わ、わかった」
「今のはちょっとかわいかったぞ」
「な……」
「お。そんなふうに顔を赤くしてると、さらにかわいいな」
「かっ……」
「あんた、名前は?」
「えっ。あっ……わ、わたっ……よ、余は、鉄塊王……」
「じゃなくて、あんたの名前だ」
「エ、エルゼヒルダ……だ」
「ドワーフってのは長ぇー名前が主流なのか。呼びづれーな。ヒルダでいいか」
「やっ、えっ……」
「またな、ヒルダ」
俺は簾から出た。
なんでか知らないが、イチカが睨んでいる。
ヴィーリッヒだのアクスベルドだのハイネマリーだのは、それからゴットヘルドまでも、唖然としているみたいだ。
「おつかれーっ!」
モモヒナはぴょんぴょん跳びはねて、
「お帰りなさいませ」
ミリリュは丁寧にお辞儀をして、俺を出迎えた。
どうでもいいんだが、お辞儀とかするとオッパイが破壊的だな。見慣れているのにもかかわらず、見るたびにすげーと思うんだから、それはそれですげーよな。
「おう」
俺は短く答えて、アクスベルドの肩を叩いた。
「つーわけで、赤髭殿。ヒルダの言質はとったからな。協力してもらうぞ」
「……貴殿、陛下をその名で呼ばわるのはッ」
「ん?」
俺は振り向いて簾のほうを見て、
「おい、ヒルダ。あんたのこと、ヒルダって呼んじゃだめか?」
そうしたらしばらくして、
「……許す」
と返事があった。
俺はアクスベルドに向きなおって、
「聞いてのとおりだ。本人がいいっつってんだから問題ねーだろ」
「……呆れて物も言えぬ」
「言ってんじゃねーか」
「ええい! 協力とは何だ! 陛下からご説明があったとおり、儂は軍を動かせぬぞ!」
「あんたが指図できる兵隊はいるんだよな。赤い鎧を着たやつらはあんたの部下だろ」
「むう? 赤髭隊か。あれは儂の衛兵たちで……」
「半分私兵みたいなもんか」
「まあ、ざっくばらんに言えばそうだ」
「何人いる」
「親衛隊などとは比べ物にならぬ。三十人といったところだ。とても軍とは」
「三十人か」
俺は腕組みをしてちょっと考えてから、
「うん。それだけいりゃあ、なんとかなんだろ」
アクスベルドは目を剥いた。
「貴殿、本気か」
「そんなもん、本気に決まってんだろうが」
計画はだいたい俺の頭の中でまとまっている。親衛隊を使えれば楽なことは楽だが、統率のとれたドワーフが三十人いればそれなりにやれるだろう。
まあ、親衛隊じゃあ難しいことも、赤髭隊ならできそうだしな。そっちの都合さえつけば、数はそんなにいらない。
「……ぬうう」
アクスベルドが頭を抱えている。
「儂は取り返しのつかぬ過ちを犯したのやもしれぬ。貴殿のような男を陛下に会わせるべきではなかったのではないか……」
バーカ。
もう遅えーんだよ。
賽は投げられたってやつだ。
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