「きらら浮世伝」は、1988年に東京・銀座セゾン劇場で、中村勘三郎(当時五代目勘九郎)が、“蔦重”こと蔦屋重三郎を演じて話題を呼んだ作品。重三郎を中心に、喜多川歌麿、葛飾北斎、山東京伝、滝沢馬琴、恋川春町、大田南畝ら江戸時代に活躍した芸術家たち、そして吉原の遊女お篠らの物語が、青春群像劇として描かれる。
初演時は河合義隆が演出を手がけたが、今回は横内自身が演出も担う。37年前の初演を振り返り、横内は「河合さんは当時、武田鉄矢さんが坂本竜馬を演じた『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』(1986年)を撮ったばかりで、『きらら浮世伝』は監督にとって2本目の舞台でした。本当は映画でやりたかった題材を舞台でやることになり、当時33歳だった勘三郎さんが蔦屋重三郎を演じました。僕は26歳、劇団を始めて6・7年目の駆け出しで、人とお芝居を作ること自体まったく初めてでしたし、プロデュース公演がどういうふうにできるのかもわからないまま参加しました。あれから37年経ち……でも、あんなに変わったプロデュース公演は、ほかにないと思います(笑)」と話して場を和ませた。
それを象徴する出来事として、横内は河合と最初に出会ったときのエピソードを披露。「河合さんに、初対面で『君は天才か?』と聞かれたんです。『さあどうでしょう』と言ったら、『帰れ、僕は天才としか仕事しない』と(笑)。また稽古では、たった一言のセリフを千本ノックで繰り返すような厳しい演出で、しかも怒鳴るのではなく、ニコニコとしながら何度も繰り返すんです。台本を作るときも同様で、具体的な指示というより『俺のハートに赤い炎を燃えさせろ!』とおっしゃって……」と、懐かしく楽しげに河合の思い出を語った。さらに「勘三郎さんはその河合さんの熱さ、情熱みたいなものに心酔していたところがあり、稽古場では勘三郎さんが監督の無理難題にすべて答えていくので、台本もどんどん熱いものになっていきました」と振り返った。その熱演ぶりを表す出来事として、上演中に一度、勘三郎のカツラが飛んでしまったことがあったという。しかし勘三郎は、外れたカツラをつかんで重三郎を演じ続けたと語った。
そんな数々のエピソードを生んだ本作を、「破天荒ではあったけれど、僕にとっては運命的な作品であり、通過儀礼の公演だったなと思います」と横内は振り返る。「その後再演の話もありましたが、『あれ以上のものは作れないだろう』と思って、気が進みませんでした。一度うちの劇団(扉座)でやったこともありますが、やっぱり初演とは違うなと。でも今回、まさか“同じ名前”の人が蔦屋重三郎を演じることになるとは(笑)。これも何かの運命だと思って稽古場に今、います」と感慨深げに語った。ただ「今見返すと、37年前の台本や演出はかなり体当たりで、ある意味雑な芝居だった部分もありますし、昨年の秋くらいから大河ドラマの影響で、蔦屋重三郎の詳細な情報が出回っておりますから(笑)、今回は初演をそのまま再現するのではなく、歌舞伎座に合わせた“熱演を超える進化”を見せたいなと思っています」と意気込みを語った。
また蔦屋重三郎という人物について、横内は「かつて絵や本は金持ちの家にあるもので、言葉や絵は一部の人しか鑑賞できませんでした。でも重三郎は刷物として世に出すことで、庶民でも言葉や絵に触れることができるようにした。士農工商の身分社会の中でも、みんなが同じものを見て笑った、感動した時代があったということ、その部分を大切に、今回は“束の間のユートピア”というふうに描きたいなと。また初演は重三郎を革命家のように描いていたけれども、今回は文化の中で革命を起こした“文化人としての闘い”に重きを置きたいと思っています」と語った。
重三郎役を演じる勘九郎、遊女お篠を演じる七之助の魅力については「勘九郎さんは、稽古を観ていて泣くのを堪えるのに必死です。セリフ回し、スピード感、間や声の圧が『あの人(勘三郎)がここにいる!』という感じで。37年前に書いたセリフが今につながっていくのは、幸せなことだと感じています。七之助さん演じるお篠は“アーティストを生んだ花魁”と言ったら変ですが、歌麿に『この人を描きたい』と思わせる導きみたいなものがある、圧倒的な存在感を持った人。そのように演じてくださいと七之助さんにお願いしたら、できてしまった(笑)。そんな勘九郎さんと七之助さんが、熱さはありつつ朗らかに、伸びやかに演じているのがすごいなと思いますね」と称賛した。
会見の後半は勘九郎と七之助も登場した。「今回の上演の見どころは?』と問われた勘九郎は「まさに横内さんです!」と即答。「今まで一緒にお仕事をしたことがなかったのですが、横内さんはビジョンがブレず的確で、役者にかける言葉1つひとつがとても素敵。スッとみんなの中に入ってくる言葉をくださるんです。僕は稽古がそんなに好きではないのですが(笑)、稽古が楽しいです」と笑顔を見せる。
七之助は「37年前の初演は、いろいろな分野の皆様が集まって若さのぶつかり合いや面白い化学反応を起こし、その点に圧倒されたお客様が多かったようです。今回ももちろん化学反応はありますが、出演者全員が歌舞伎役者という点がポイントかなと。絵師たちは点数が出ないものに試行錯誤を重ね、いいものを作りたい、人を楽しませたいという思いを根っこに持って仕事しています。今、この時代をどう面白くしていくかを考えている人たちの話です。自信作になると思っていますので、ぜひ皆さんに観ていただきたいですし、僕も客席で観たいですね」と話して場を笑いに包んだ。
さらに重三郎という登場人物の魅力を問われると、勘九郎は「とにかく刷物が好きという熱い気持ちがあって、それが蔦屋のパワーの源なのだと思います。パワフルで頭がいい人だなと思いますし、その人に才能があるかないかを見抜いて、ヒット作を生み出させるなんて、名プロデューサーだなと」と話し、さらに「そういう部分では、父と蔦屋は被る部分があります。父もいろいろな企画を立ち上げて成功した人ですが、その根本には歌舞伎が大好きだという思いがありましたから」と語った。
最後に横内は、「37年前との大きな違いは、私たちがコロナ禍を経験しているということですよね」と指摘。「重三郎は寛政の改革によって弾圧を受けますが、天災によって民が飢えていく中で“贅沢禁止”を掲げているわけだから、寛政の改革自体は、実は“意味がないものではない”わけです。とはいえ、4年前、文化芸術は不要普及のものだと当時の安倍(晋三)首相に言われて……それを経験した今、この作品をやる意味は、非常にあると思います」と語った。
公演は、2月2日から25日まで東京・歌舞伎座にて行われる。
松竹創業百三十周年「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部
2025年2月2日(日)〜25日(火)
東京都 歌舞伎座
スタッフ
二、「醍醐の花見」
作:中内蝶二
脚本:今井豊茂
三、「きらら浮世伝」
脚本・演出:
出演
一、「其俤対編笠 鞘當」
不破伴左衛門:坂東巳之助
茶屋女房:中村児太郎
名古屋山三:中村隼人
二、「醍醐の花見」
豊臣秀吉:中村梅玉
利家正室まつ:中村雀右衛門
淀殿:中村福助
福島正則:坂東亀蔵
大野治房:尾上左近
豊臣秀頼:中村秀乃介
曽呂利新左衛門:中村歌昇
加藤清正:坂東彦三郎
前田利家:中村又五郎
北の政所:中村魁春
三、「きらら浮世伝」
蔦屋重三郎:
遊女お篠:
遊女お菊:中村米吉
喜多川歌麿:中村隼人
山東京伝:中村橋之助
滝沢馬琴:中村福之助
葛飾北斎:中村歌之助
十返舎一九:中村鶴松
女衒の六:市村橘太郎
彫り師の親方彫達:嵐橘三郎
摺り師の親方摺松:中村松江
西村屋与八郎:市村萬次郎
初鹿野河内守信興:中村錦之助
恋川春町:中村芝翫
太田南畝:中村歌六
松竹創業百三十周年「猿若祭二月大歌舞伎」夜の部
2025年2月2日(日)〜25日(火)
東京都 歌舞伎座
スタッフ
二、「江島生島」
作:長谷川時雨
三、「人情噺文七元結」
口演:三遊亭円朝
作:榎戸賢治
出演
一、「壇浦兜軍記 阿古屋」
遊君阿古屋:坂東玉三郎
岩永左衛門:中村種之助
秩父庄司重忠:尾上菊之助
二、「江島生島」
生島新五郎:尾上菊之助
旅商人:中村萬太郎
中臈江島 / 江島に似た海女:中村七之助
三、「人情噺文七元結」
左官長兵衛:中村勘九郎
女房お兼:中村七之助
長兵衛娘お久:中村勘太郎
手代文七:中村鶴松
小じょくお豆:中村秀乃介
遣手おかく:中村歌女之丞
家主甚八:片岡市蔵
鳶頭伊兵衛:尾上松緑
和泉屋清兵衛:中村芝翫
角海老女将お駒:中村萬壽
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