柳楽優弥×黒島結菜の心理戦の行方は?プロポーズから始まる獄中サスペンス「夏目アラタの結婚」

柳楽優弥と黒島結菜が共演し、堤幸彦が監督を務めた映画「夏目アラタの結婚」のBlu-ray / DVDが販売中。

本作は乃木坂太郎の同名マンガを実写化したサスペンスだ。元ヤンキーの児童相談所職員・夏目アラタが、連続バラバラ殺人事件の犯人で死刑囚の品川真珠に獄中結婚を申し出ることから物語は展開していく。刑務所の面会室で駆け引きを繰り広げるアラタと真珠を、柳楽と黒島がそれぞれ演じた。

映画ナタリーでは、ライター・明日菜子のレビューを掲載。柳楽が表現した絶妙なバランスのアラタ、黒島が怪演した真珠を紹介するほか、物語の鍵を握るセリフ3選で作品の世界へ誘う。

文(レビュー、コラム) / 明日菜子

明日菜子 レビュー

獄中で繰り広げられる心理戦、究極の吊り橋効果から始まった愛の行方は

左から柳楽優弥演じる夏目アラタ、黒島結菜演じる品川真珠

左から柳楽優弥演じる夏目アラタ、黒島結菜演じる品川真珠

映画「夏目アラタの結婚」には冒頭から驚かされた。事件現場に駆けつける警察官、画面越しにまで腐臭が伝わってきそうな血まみれの部屋。そして、バラバラの死体をカバンに詰めるピエロの扮装をした女.......。“結婚”という甘い響きからは、あまりにもかけ離れた幕開けだったのだ。

……それもそのはず。だって主人公・夏目アラタが選んだのは、世間を震撼させた連続殺人鬼との“獄中結婚”なのだから。

原作は「医龍-Team Medical Dragon-」などで知られる乃木坂太郎の人気漫画で、「次にくるマンガ大賞 2020」の特別賞や「第70回 小学館漫画賞」を受賞した。連続殺人鬼にプロポーズする夏目アラタを柳楽優弥、“品川ピエロ”の異名を持つ死刑囚・品川真珠を黒島結菜が演じており、普段のビジュアルからは想像し難い特殊メイクを施した黒島も話題を集めた。真珠というキャラクターの象徴であり、彼女の不気味さが一層際立つガタガタした色味の悪い歯を表現するため、マウスピース制作に5ヶ月もかけたそう。さらに、監督は「トリック」「SPEC」シリーズの堤幸彦が務め、脚本は「翔んで埼玉」シリーズを成功に導いた徳永友一が手がけた。まさに錚々たる顔ぶれが並んだ唯一無二の“獄中ラブサスペンス”なのである。

“品川ピエロ”の異名を持つ連続殺人鬼・品川真珠

“品川ピエロ”の異名を持つ連続殺人鬼・品川真珠

受刑者や死刑囚であっても、日本国憲法第24条に基づき、婚姻の権利自体は保証されている。獄中結婚の場合、書類などのやり取りに通常よりも時間がかかるらしいが、一般的な婚姻となんら違いはない。劇中でも言及されていたが、死刑が確定したら手紙なども含めた差し入れの条件が厳しくなるため、受刑者の支援者や情報が欲しい記者が結婚を申し出るケースも多いとか。

今作最大のみどころは、アラタと真珠を演じる柳楽優弥と黒島結菜の攻防戦。相手より先にイニシアチブを握り、いかにこの心理戦を優位に進めていくかが重要なポイントになってくる。

昨年のドラマ「ライオンの隠れ家」での好演が記憶に新しい柳楽が演じる夏目アラタは、「ライオンの隠れ家」の小森洸人と同じ公務員ではあるが、元ヤンキーで型破りなタイプの人間だ。まるでモンスターを召喚するゲームのように真珠との接触を面白がる一面も。心の奥に芽生えた危うさをアラタも自覚はしているものの、いつか一線を越えてしまうんじゃないかと観ている側はハラハラさせられる。ゲームを楽しむ挑戦的なまなざしと時折り滲み出る人間らしさの絶妙なバランス、柳楽の夏目アラタはその両極端を見事に体現しているのだ。

左から中川大志演じる弁護士・宮前光一、柳楽優弥演じる夏目アラタ

左から中川大志演じる弁護士・宮前光一、柳楽優弥演じる夏目アラタ

品川真珠を演じる黒島は、一筋縄ではいかない柳楽をも飲み込んでしまいそうな怪演を見せる。主演と監督が決まった上でオファーをされたそうだが、真珠の“ショートカット”で“ボクっ娘”設定だけを見ても、黒島以外は考えられないだろう。

真珠はアラタだけでなく、観客をも鮮やかに翻弄する。ゾッとするような狂気的な一面が牙を剥くと思えば、アラタに従順で一途な姿を見せたり、はたまた潤んだ瞳でしくしくと無実を訴えかけてきたり。真珠の弁護を担当する宮前光一(中川大志)が「真珠さんが無実なのではないかと思っているんです」と信じたくなってしまう気持ちもわからなくはない(実直な中川大志がまんまとたらしこまれる姿は何回見ても飽きない)。

どうして稀代の殺人鬼である真珠が、こんなにも魅力的に思えてしまうのか。それは、かつて黒島が演じたさまざまな物語のキャラクターと同じく、誰も挫くことのできない“真っすぐさ”が真珠にもあるからだ。たとえば「時をかける少女」の芳山未羽、「アシガール」の速川唯、「いだてん~東京オリムピック噺~」の村田富江──物語の中の黒島は、いつだって真っすぐで自由で、そして芯がある。

そんなヒロインたちを演じる黒島はいたってナチュラルなのだが、その真っすぐさは誰もが持ち合わせているものではない。だからこそ、私たちは黒島結菜が演じるキャラクターにどうしようもなく惹かれてしまう。敵わないな、と思ってしまう。これまでの役とは真逆のベクトルで、黒島自身も「かなり挑戦的な役柄」と語っていたのだが、無条件に信じたくなるような不思議な魅力が真珠にもあるのだ。……まあ、このように思いたくなるのも、真珠の策略にハマっている証なのかもしれないが。

そして忘れてはならないのが、今作は“ラブストーリー”でもあるということ。純愛とは言い難いが、いやむしろ、これこそが純愛なのか? 物語のあらゆるところに隠された真相へのヒントとともに、究極の吊り橋効果から始まったアラタと真珠の愛の軌跡を、何度も辿ってほしい。

真相はどこに?物語の鍵を握るセリフ3選

一介の児童相談所職員であるアラタが死刑囚の真珠と出会うきっかけは、被害者の息子である卓斗(越山敬達)。事件の被害者はいずれも身体の一部が欠損しており、3番目に殺された卓斗の父親の死体には首がなかった。今作では「卓斗の父親の首はどこにあるのか」「真珠が逮捕された時に見つかった4人目の被害者と思われる血痕は誰のものか」という謎が解き明かされていく。

①「品川真珠……俺と、結婚しようぜ」

亡き父の首の在りかを聞き出そうとした卓斗は、アラタの名前を使って、獄中にいる真珠と文通を始める。卓斗が書いたひときわ拙い文体の手紙に興味を持った真珠は、自ら「直接会って話そう」と面会を希望するのだが、卓斗の代わりに拘置所に赴いたアラタは、事件当時に報道された“太ったピエロの凶悪犯”のイメージとは似つかわしくない真珠の姿に驚く。その動揺を見透かしたのか、一度立ち去ろうとした真珠を引き止めるために、アラタの口からとっさに出た一言。ここから命をかけた“真相ゲーム”が始まる。

②「今まで誰にも言わなかったけど、ボク……誰も殺してないんだ」

約2年間沈黙しつづけていた真珠は、突然のプロポーズに怯むことなく、むしろアラタのことをもっと知りたいからと、とっておきの秘密を打ち明ける。「品川真珠はほんとうに連続殺人犯なのか」。ここで第3の謎が浮上するのだ。

③「彼女は運命の女です」

順番は前後するが、獄中結婚を聞きつけ、急いでやってきた宮前に対して、アラタが言うセリフだ。運命の女と聞くと、ロマンティックな響きにも聞こえると同時に、男を破滅させるファム・ファタール的な意味合いでの発言とも受け取れる。真珠はアラタを滅ぼす魔性の女なのか、それとも運命なのだろうか。

映画「夏目アラタの結婚」場面写真

映画「夏目アラタの結婚」場面写真