前回のエントリニコ動が超優良事業になり始めた件 - 足ることを知らず〜Don’t feel satisfied 〜で、はてブのコメントを拝見させていただいて、沢山の面白い示唆を頂きました。
特に、ニコ生とプレミアム会員増加に関するテーマは自分でも興味深い部分だったので、ぜひ「何故、ニコニコ動画はフリーミアムモデルを確立できたのか」という題名にしたかったのですが、無理でした。
というのも、プレミアム会員の増加要因を知るには、各要因のイベント発生日(「あと何人で」広告、各ニコ生の放送日、その他の試みがいつ頃始まったのか)とプレミアム会員の詳細な動向(できれば日単位)が必要だからです。これがないと、要因の特定が出来ないのです。例えば、個人的には色々コメント等でご意見を頂いた、ニコニコ動画のプレミアム会員広告がひどい。 - 足ることを知らず〜Don’t feel satisfied 〜はやはり効果が薄いと考えたのですが、それを証明するデータがないので、結局水かけ論になるのです。(※補足1)
なので、今回のエントリはニコニコの成功例を見て、自分なりにフリーミアムのポイントになったと思う点を取り上げていきたいと思います。
フリーミアムとは
まず、フリーミアムが一体どういうものなのかを確認するために、定義をおさらいしたいと思います。
wikipediaによれば
基本的なサービスを無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能について料金を課金する仕組みのビジネスモデル
と定義されている。
更に重要なのは、圧倒的多数の無料会員を少数の有料会員収益で賄うということです。ベースがフリーで出来ていることが大切なのです。
無料会員と有料会員の差別化
有料会員を獲得するための要素として、有料会員と無料会員の差別化を明確にするということが挙げられます。その二つに違いがないのならば、月額の会員費は本当に「寄付」になってしまいますから。ニコニコの場合、「赤字事業」だと言われることによって、「寄付的」な会員費も獲得しているのかもしれませんが、あれだけの収益を稼いだだけあって、しっかりと差別化が出来ています。
逆にプレミアム会員の差別化をうまく施行出来なかった例として、mixiプレミアムが挙げられるでしょう。
ほとんどのwebサービスが有料会員等のプレミアム収入を広告収入の補佐的な位置づけに置いてあるため、そもそも成功する必要がないのかもしれませんが。
mixiはmixiプレミアムを2005年1月27日に施行したのですが、その売上高、会員数は芳しくありません。googleで「mixiプレミアム」を検索すれば、かなり上位に解約のインセンティブを示唆するページが出てきます。
mixiプレミアム - Google 検索
誰のためのmixiプレミアムなのか
いつの間にか、mixiプレミアムが無意味な支出になっていた
Eir Error Page
※SNSと動画サイトでは売上モデルも違ってきて当然だろうというお話もあるでしょう。SNSは機能の差別化を測ると一気に基本サービスの質が落ちるのかもしれません。
ただ、プレミアムとそれ以外の会員を差別化出来なかった事実は変わりません。いや、もう少し言えば「差別化を感じさせることが出来なかった」のです。例えば、mixiプレミアムの拡張機能には以下のようなものが挙げられます。
大容量のフォトアルバムや、日記を装飾する簡単日記装飾ツール、アンケート機能、日記の容量拡大、メッセージ無期限保存といった、さらに mixi が身近に感じられるサービスをご提供いたします。
これだけ見ると、意外とmixiプレミアムも有料会員に見合ったサービス拡張がなされているなぁと感じます。しかもニコニコより価格の安い315円ですし。
しかしながら、致命的だったのは「無料会員も便利だった」ことです。上の拡張機能の中で、無料会員の立場から「なくて困るもの」はあるでしょうか。私はありません。私は5年ほど、mixiの無料会員ですが、一度もプレミアムになりたいと思ったことがありません。無料会員で十分だと感じます。無料会員であっても、有料会員に対する相対的な制限を感じたことがないのです。
「有料会員を便利に」ではなく、「無料会員を不便に」
実はフリーミアムモデルで一番大切なのは「無料会員が感じる制限」なのではないでしょうか。不快感とまで言ってしまっていいいかもしれません。
無料会員の状態で全てが満足してしまう状況では、そもそも有料会員へ移るインセンティブが発生しません。
例えば、ニコニコ動画のプレミアム会員になると以下のような拡張機能が使えます。
プレミアム会員とは (プレミアムカイインとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
# 専用の高速回線により動画の読み込みが速くなる。
# 専用回線が落ちた場合などに備えて、一般回線での閲覧も可能。(ボタンを押すか、URLの最後に「?lo=1」)
# 混雑時でもエコノミーモードにならない。
# コメントの色をHTMLカラーコードで指定できる。
# 動画に付いたコメントの過去ログを見ることができる。
# コメントのマイメモリーは250件まで登録できる。(一般は50件)
# FLV及びMP4動画のビットレート制限が無い
# 投稿ファイルサイズが100MBにまで緩和される。(一般は40MB)
# 夜間帯、混雑時にSMILEVIDEOエンコードが優先される。
# 投稿できる動画の合計容量が8GBに増える。(一般は2GB)
# マイリストの最大登録数が1万2500件に増える。正確には500件登録できるマイリストが25個もてる。(一般は100件)
# NG機能の最大登録数が100件に増える。(一般は20件)
# 動画説明文・プロフィールなどにHTMLタグが使える。(一般は改行が出来ない)
# ニコニコ市場の商品を削除できる。
(一般は自分が投稿した動画と自分が追加した商品のみ削除可能、追加はどちらでも可能)
# ニコニコ大百科の単語記事および動画記事を作成・編集できる。
#ニコニコニュースメーカーを使用できる。→ 2009年5月15日にサービス終了した。
# ニコニコミュニティにコミュニティを作成できる。
# ニコニコ生放送で常に観覧が優先される。
# ユーザー生放送が配信できる。(コミュニティの管理者からのコミュニティ動画の投稿権も必要)
# ニコニ・コモンズでJASRAC信託作品が1日10作品までダウンロードできる。
# 試験的な運用が行われるサービスに優先的に参加できる。新プレイヤーの先行公開など。
# 携帯電話からの利用時に、混雑している場合でも優先的に利用できる。(2007年10月時)
# ニコ割(時報、ニコ割ゲーム、ニコ割アンケートなど)をOFFにできる。
# 動画の自動再生が可能となる
# ニコニコ市場のサムネ画像にひと言コメントを付けられる
# 過去ランキング、ランキング推移機能をすべて使える
# 動画に@ボタンの作成が可能(@ボタン [○○○○]とコメントするとボタンができる)
# ニコニコミュニティのコミュニティレベル上昇に寄与出来る。
# ニコニコ大会議等のイベント参加が抽選の場合、当選しやすくなる。
# ニコニコミュニティでは200のコミュニティに参加できる。(一般は50まで)
# ニコニコ動画モバイル(docomoとソフトバンクの一部機種のみ)で生放送を閲覧できる。
# ニコニコ生放送にて使用できる「タイムシフト機能」の予約枠が10件になる。(一般は1件)
# ニコニコ生放送「タイムシフト機能」の予約が放送終了後でもできる。(一般は放送開始30分前まで)
これの他に、僕にとっては、複数タブを開いても弾かれないのも大きいですね。僕は無料会員だと「生放送ですぐ弾かれる」ことと、「複数タブを開くとすぐ弾かれる」ことが物凄く不快で、それなら「500円位、いいかな」と思い課金しました。
有料会員になってから、複数タブで、動画を見ている間に他の動画のローディングを行える、しかもローディング自体が圧倒的に速い。よって、ニコニコにおける「待ち時間」が物凄く縮小したのです。
ニコ動のケースにおいて、この「待ち時間」=「ストレスフルな状態」の概念はとても有効なように思えます。
僕は自分のインサイトを分析していた時に、ちょうど行列に並んでいるときのことを思い出しました。「お金出すから順番譲ってくれないかな?」と思うことはないでしょうか。これが、まさに有料会員が時間を買うインセンティブなのです。これに対し、待たされる時間が極端にひどい場合を除いて、並ぶこと自体をやめるということはありません。「不快感を感じながらも」目的のために並ぶのです。これは無料会員が制限を感じながらも、視聴を続けるのと同じです。
はてブのコメントにも多くありましたが、「生放送」に関する無料会員への制限は、有料会員へのインセンティブとしてかなり有効だったようです。
ニコニコが本当に凄かった点
制限と聞いて違和感が生じた方も多いでしょう。「それって、有料会員どころか、無料会員すら獲得出来なくない?」という意見です。
これは実は大正解なのです。制限をかける前提条件に「そもそも、消費者がそのサービスの代替品を持たない」ことが挙げられます。競合や代替品にその地位を脅かされている状況で基本サービスに制限をかけることは自殺行為に等しいでしょう。そもそも、ニコニコの代わりは他のサービスでは代替出来ないというフェーズになってこそ、制限をかけることに効果があるのです。
即ち下の不等式を常に成立させなければなりません。
有料会員>>『有料会員と無料会員の差』>>無料会員>>『自社サービスと他サービスの差』>>他サービスの無料会員
『有料会員と無料会員の差』=【プレミアム会員へのインセンティブ】
『自社サービスと他サービスの差』=【代替品に対する競争力】
この不等式がフリーミアムモデルにおいてはとても重要になります。【】で含まれる部分を最大化することで、有料会員への誘導と代替品に対する競争力を鍛えていくこといなります。例えば、自社サービス全体を底上げしても、【代替品に対する競争力】は大きく出来ても、【プレミアム会員へのインセンティブ】を低くすることは出来ません。逆に無料会員に制限をかけるだけでは、【代替品に対する競争力】が落ち、他サービスへの顧客流出が起こってしまいます。
実は無料会員のサービスこそが、最も気をつけるべき「バランスを求められる」難題なのです。他サービスの無料会員に明確な差別化をしつつ、有料サービスに対する逆方向の差別化も行わなければならないからです。
ニコニコがすごいのは代替品に対する差別化
思えば、ニコニコは非常に巧妙に「顧客への交渉力」「競合との差別化」を測ってきたサービスといえます。
例えば、βの時代にはID順に基づいた利用制限がありました。これは、そもそも回線やサーバー運営上の問題が大きな要因かもしれませんが、結果的に「制限がかかっている人間に対して、かかっていない自分」というニコニコへのロイヤリティを上げる手段になりました。これが理由でプレミアム会員になった方も少なからずいるかもしれません。
更に、コミュニティやコメント文化ニコニコでもっと評価されるべきはコメント職人 - 足ることを知らず〜Don’t feel satisfied 〜といったソーシャルなつながり。Youtubeとは明確に差別化された動画のレーティングシステム「ニコニコ動画とyoutubeの最も顕著な差がコメント機能」なんていうのは最早時代遅れだと思う。 - 足ることを知らず〜Don’t feel satisfied 〜等が、無料会員の制限を許容する【代替品への競争力】を育んでいたのです。
前回のエントリのコメントでは運営の無料ユーザーに対する態度について、様々な苦言が述べられていましたが、「それでも結局ニコニコを見ている」というのは顧客への交渉力があるということなのです。
まとめ
今回のエントリではニコニコ動画が何故、プレミアム会員での収益を拡大させることに成功したのかというテーマについて述べました。
最も大きな要因として、無料会員が受けるサービスが他サービスに対しては、顧客ロイヤリティ等による差別化によって、代替品に対する競争力を持っていたこと。且つ、前述の条件を満たしながら、有料会員に対しては、制限や有料会員のみのサービス拡張によって逆方向の差別化がなされ、プレミアム会員へのインセンティブを育んでいたことが挙げられます。
フリーミアムにおいて、重要なのは「有料会員」と「代替品」に対する基本無料サービスのポジショニングなのです。
補足
※補足1:何故、この広告の効果が薄いと考えるか
1:一人、基本一つしかカウントを減らせない。
2:カウントを減らすにはトレードオフが生じる。(月額500円)
上の二つを考えると、月額500円という大きなコストの割に、一人の人間がカウントに寄与出来る影響が少なすぎるのです。例えば、カウント系の広告でアクセスを上げるのに成功した例として、http://urasoku.blog106.fc2.com/blog-entry-744.htmlがありますが、これは上の二つとは反対の状況なのです。一人が何回でもカウントを減らせる、カウントを減らすのにほとんどトレードオフが生じない(一人1円等の極めて低額のトレードオフ)ならば、キャンペーンは成功するでしょう。結局、実用性や費用対効果が伴っており、それが最も大きなレバーとして、有料会員は増えたという結論が導かれます。勿論、一人3〜5の有料アカウントを持てば、話は違うのでしょうが、そんなのはかなり少数派でしょうし。
ただし、残り人数がかなり少なくなるとこの広告は効果を発揮します。残り100人程度になった瞬間、結構な速さで減っていくのではないでしょうか。それは少しでも「自分が50万人目になるかもという期待」をするからです。前回のエントリの最後で取り上げた、皆で減らす快感みたいなものを味わっていた人はあまりいないのではないかな。と思います。
※追記
kawango様からTwitterで色々言及を受けていたので追記。
julles njenga (@kawango) | Twitter
話題の書FREEのフリーミアムモデルは着眼点は素晴らしいが、ビジネスの指針とするには考察が浅いというか、むしろ確信犯的に分かりやすい安易な結論へ誘導している。
http://twitter.com/kawango/status/9241647277
ブログ記事はおおむね同意だが、ひとつだけ筆者のプレミアム会員にはいるかどうかの脳内モデルの間違っている点を指摘すると、差別化要因ひとつひとつでの損得でユーザが判断しているわけではない。感情は累積する。そして販促は多くの場合は触媒作用でしかなく決定を早めるだけの最後の一押し。
前者のtweetがフリーミアムモデル自体に対しての言及なのか、今回のエントリに関するものなのかわかりませんが、凄く的確なご指摘だと思います。
単純化やわかりやすさを意識し過ぎて、アウトプットとしてはかなり陳腐なものになってしまったかもしれません。
販促が決定を早めるだけの最後の一押しというのはメモ。