GoogleがSafariの設定を迂回してトラッキングしていたとされる件について(2)
http://d.hatena.ne.jp/mala/20120220/1329751480
の続き。書くべきことは大体既に書いてあったので、補足だけ書く。
Googleは制裁金2250万ドルを支払うことでFTCと和解した
まさか(まともに調査されれば)こんなことになるとは思わなかったので驚いた。異常な事態である。そしてGoogle側の主張を掲載しているメディアが殆ど無いのも異常な事態である。
2250万ドルもの制裁金(和解金)が課せられるのは、2009年に書かれたヘルプの記述が原因だという。
- 問題の記述 http://obamapacman.com/2012/02/google-willfully-bypasses-browser-privacy-settings/
- WSJが書いてるのも、google-opt-out-pluginのことである。http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204880404577225380456599176.html
これはdoubleclick.netに対して恒久的にオプトアウトCookieをセットするためのブラウザ拡張機能で、オープンソースで公開されていて、見ればわかるけれど、積極的にアップデートされるようなプロジェクトではない。http://code.google.com/p/google-opt-out-plugin/source/list
2009年は Safari3,4のころで、正確に言えば、2009年時点でもこの記述は正確ではない。何らかのタイミングでファーストパーティとしてdoubleclick.netを訪問して、その際にトラッキングcookieがセットされる挙動があれば、引き続きトラッキングされる状況になる(広告のiframeを直接表示したら確実、広告クリック時にid cookieがセットされていたかは未確認)。そもそもこれは一般ユーザー向けのヘルプセンターにあるような文書ではない。技術ドキュメントに近いものだ。Google Chromeに対しても同等の案内が書かれている。
つまりGoogleは単に「この拡張機能がサポートされていないブラウザではサードパーティCookieをブロックする設定を使え」という案内をしていたところ
- http://www.google.com/ads/preferences/html/intl/ja/plugin/browsers.html#chrome
- http://cache.gyazo.com/2cac3dc2e18496512cd5e80d1bc688fc.png
Safariの仕様変更( https://bugs.webkit.org/show_bug.cgi?id=35824 )という外的な要因で、記述内容が不正確になったに過ぎない。「Googleがウソをついていた」のではなく、リリースノートに記載されないような、Safariの仕様変更で、ヘルプの記述が後から嘘になってしまったのだ。Googleはこの問題が起きた直後に、Safariに対しては「全てのCookieを許可」する設定にしていても、UserAgentでSafariを判別してテスト用のCookieすら発行しないという変更を行なっている。
- https://twitter.com/bulkneets/status/171556744504418304
- https://twitter.com/bulkneets/status/171557083420958720
google.comとdoubleclick.netのCookie連携の導入に関わらず、2010年のSafariの仕様変更によって、doubleclickのid cookieが多くのケースでセットされる状況になっていた。腫れ物に触れるように、Safariに対して一切の doubleclick.netドメインのCookieを設定しないようにしなければ、トラッキングCookieが自動で設定される状況になってしまった。
Safariだけ逆方向へと変更が進んだサードパーティCookieのポリシー
(ブラウザ側の立場で書くので以後Cookieの送信と書かれているのは、ブラウザからサーバーへのCookie送信のことを指す)
- Firefoxは、Firefox3において、サードパーティCookieの送信もブロックするという変更を行った 参考: http://d.hatena.ne.jp/mala/20111125/1322210819
- Google Chromeは about:flagsの設定で、サードパーティCookieの送信も無効化する設定が2011年1月頃に追加 http://www.thechromesource.com/block-all-third-party-cookies-appears-in-chrome-experiments/
- 後に、単に設定画面でサードパーティCookieをオフにするだけで、送信もブロックされるようになった http://code.google.com/p/chromium/issues/detail?id=98241 http://code.google.com/p/chromium/issues/detail?id=113401
- Firefoxと同等に、これも「インターネットをブッ壊すので元に戻したほうが良いのでは」と書く人がいる https://groups.google.com/a/chromium.org/forum/?fromgroups#!topic/chromium-discuss/kfsb9V5IPcQ
この手の、インターネットが壊れる(Facebookが動かない)系の主張は、よく見られる。中には、デフォルトでブロックしつつ互換性のためにCookie受け入れポリシーを緩和してきた、Safariのポリシーを是とする人もいるだろう。サードパーティCookieが無効なら無効で、ポップアップウィンドウを開くなり、画面遷移するなりして、迂回手段をとって動作するWebサイトを作ることが出来るのだが、Webサイト側のバグではなく「ブラウザ側のバグなのでは」として報告されてしまうことが後を絶たない。ユーザーはそんなこと知ったこっちゃ無いので、単に動かないサイトが出てくると困るし、他のブラウザを使うようになってしまう。
もしアップルが推奨するブラウザを使っていて機能しないサイトを見つけたら、 苦情を申し立てましょう。 そのサイトが、 Web 上でもっとも進化したものに対応できるブラウザでもうまく機能しないのはなぜなのか、 サイトオーナーに説明を求めるとよいでしょう。
Appleも当初はこんな具合に強気だったわけだが、実際のところ動作しないサイトが多くて他のブラウザに乗り換えられてしまうと困るので、WebKit側ではWebサイトとの互換性のための涙ぐましい努力、改善・改悪が行われてきた。他のブラウザにとっては、セキュリティホールとして判断されて修正された問題が、Safariに限っては仕様として維持され、Facebookが動かないだとか◯◯が動かないだとかそんな理由で、サードパーティCookieの受け入れポリシーが緩和されてきた。こういう時に他のブラウザはドメインごとにCookieの受け入れポリシーをカスタマイズ出来るようにしてきたのだが、Safariにはそれもない。他のブラウザが、サードパーティCookieのブロックと言った場合に「厳格なブロック」を行うポリシーを採用する中、デフォルトでサードパーティCookieをブロックするというポリシーを持っているSafariは、サードパーティCookieをブロックするという設定を維持したまま(ユーザーのプライバシーを守りますという体裁を保ったまま)、動作しないWebサイトを動作するようにするために、むしろCookieの受け入れポリシーを緩和してきた。
サードパーティCookieの送信をブロックしないのはセキュリティ上の問題でもある。クリックジャッキングの問題、JSONハイジャック、XSSやCSRFをこっそり踏まされても気付かない問題、特定サービスにログインしているかどうか判別できる問題。ブロックしているにも関わらず、サードパーティCookieの送信は行われるというポリシーは、これらの問題を全く解決しない。「送信をブロックしない」時点でセキュリティ上の意味も無く「既にCookieがセットされている場合は追加のCookieも受け入れ」というポリシーによって(例えば広告クリック時に「トラッキング目的ではない」Cookieをセットしたとしても)Safariは多くのトラッキングCookieも意図せずに受け入れてしまう状況になっている。(無論、サードパーティCookieの送信をブロックしない段階で、GoogleやFacebookやAmazonなど諸々の「既にログインしてるWebサイト」による外部埋め込みパーツにおけるアクセスログ取り扱いを信用していなければ、それはユーザーに取ってトラッキングCookieと同等の意味を持つことになる)
数年前までは、サードパーティCookieをブロックすることでトラッキングを拒否できます、というのがブラウザ開発者側の(あるいはWeb開発者、広告関係者の)全体的な総意であったが、今やサードパーティCookieに依存したWebサイト、サードパーティCookieをブロックすると動作しないWebサイトが多くなりすぎてしまった。彼らは「全てのCookieを受け入れるように」とブラウザの設定変更を促してしまう。だからユーザーはトラッキング拒否したくても、動かなくなるサイトが出てくると困るからサードパーティCookieを迂闊にオフに出来ない状況になってしまっている。なのでサードパーティCookieの設定とは独立して、技術的には何ら意味も持たない「ウェブをブッ壊すことが無い」純粋な意思表示の仕組みを用意しましょう(まあそれにCookieに限らずトラッキング手段はあるし)というのが、DoNotTrackの実態である。
サードパーティCookieの泥沼へようこそ。FTCが立ち入るには3年半は早かった、せめてDoNotTrackが機能するようになってからにしてくれ。(DoNotTrack普及後に)DoNotTrackを無視したのでGoogleに制裁金を、という話になるのであれば理解できる。SafariのCookie受け入れポリシーは、デフォルト設定を維持したままWebサイトとの互換性を解消するという無理難題タスクを課せられた結果、最早ポリシーとは呼べない魔窟となっており、あれはDoNotTrackでもなんでもない。SafariのCookie受け入れポリシーのことをDoNotTrackと呼ぶのは、今すぐやめろ。それと、サードパーティCookieオフにして動かない系の話の多くにFacebookが絡んでいるので、Facebookはこの争いに巻き込まれる資格がある。
なぜGoogleはこのような不名誉な和解を受け入れたのか
極めて不名誉な決定にもかかわらず、Googleは争わなかった。理由は容易に推測できる。
- 1. 多くの一般消費者は上記↑のような事情を、技術的背景を、一切理解出来ないだろうから
- 2. 深入りして調査されると、面倒くさいことになるのが目に見えているから
1については言わずもがな、問題は2である。そもそもこの問題の発端である、google.comとdoubleclick.net間のcookie連携について。doubleclick.netで提供されるGoogle Adsenseから、極めて限定的だが、google.comで提供されている +1の情報が参照されていることになるからだ。Adsenseに+1ボタンを表示するオプションは、現状Googleアカウント作成時にデフォルトでチェックされている。この程度の同意で、doubleclick.netで行われている匿名トラッキングとGoogleアカウントを、ガッツリ紐付けるようなことは、まず無いだろう。doubleclick.net側から参照できるGoogleのユーザー情報はどの程度のものか、きちんと個人を特定できないようになっているのか、_drt_ cookieの役割は何であるのか。それは、どうあがいてもサーバーサイドでの出来事であり、それが安全な方法で実装されているのかどうかは一般ユーザーからは観測することが出来ない。そういった対外的には観測不能なことについて、消費者の代わりに調査するのがFTCの本来の役割であろう。FTCは役割を果たさなかった。
まとめ
- ユーザーを欺く説明をしてきたのはむしろAppleの方であり、Google側の責任を追求するのは、極めて不公平なことである
- FTCは役割を果たさなかったし、技術音痴のマヌケである
- 技術系のライター、編集者はこの程度のことは調べて書け
- この決定を受けてFTCを支持している人間は、全員例外なく阿呆である
いちいち具体名とか挙げたくないけど、一部の技術者であったり、あるいは情報系の法学者だとか教授だとかそれなりの肩書きを持っている人間が、この決定をGoogleが何か悪いことをして制裁金を課せられたぐらいにしか思っていない。単なる前提知識不足では済まされない、メディアリテラシーの不足、インターネットに対する理解不足、本当に悲しむべき、深い深い断絶を感じている。どんだけ脳みそが単純化してるんだ、狂牛病にかかってないか疑ったほうがいい。