ある中小企業が突然、不正輸出のぬれぎぬを着せられました。
捜査した公安警察の手法に疑念が持たれています。
その内幕を明らかにしようと、記者は追跡を続けました。
約1年にわたる取材録をつづります。
連載「追跡 公安捜査」は全10回です。
このほかのラインアップは次の通りです。
第1回 「公安は同じことやる」大川原化工機事件、捜査員が私に語った警告
第2回 公園の植え込みに潜む秘密資料を「拾った」私 まるでスパイ映画
第4回「残された社員の奮闘」
第5回「『利用された』医師の後悔」
第6回「公安の聴取はあったのか」
第7回「調査報道の壁」
第8回「警部補たち異例の直訴」
第9回「長官狙撃事件との共通点」
第10回「正義のありか」
カップラーメンのスープの粉やインスタントコーヒーの粉末、粉ミルク……。
生活に身近な製品が、噴霧乾燥器で製造されていることはあまり知られていない。
化学機械メーカー「大川原化工機」は、国内ではこの装置のリーディングカンパニーとして知られる。
ただ、国内ではメーカーは10社程度に限られる狭い業界だ。海外に輸出している企業に絞ると、5社程度になる。
警視庁公安部は、このトップメーカーが不正輸出したとにらんで捜査したが、私(記者)はなぜこんなマイナーな業界に捜査のメスが入ったのか疑問もあった。
「大企業だと警察OBがいる。一方で、会社が小さすぎると輸出自体をあまりやっていない。100人ぐらいの中小企業を狙うんだ」
これは、大川原化工機を襲った冤罪(えんざい)事件を捜査した公安部外事1課5係の係長(警部)が日ごろから言っていた言葉だという。捜査関係者が私に証言した。
大川原化工機が、この言葉に沿って立件対象に選ばれたのかどうかは分からない。
ただし、従業員数は約90人で警察OBも雇っていない。条件には合致していた。
さらに取材を進めると、公安部が大川原化工機にターゲットを定めた背景事情が見えてきた。
「第1号の立件は注目される」
それは、輸出管理に関する調査研究をしている一般財団法人「安全保障貿易情報センター」が2017年春、民間企業の輸出管理担当者を対象に開いた講習会だ。
ここに公安部の捜査員も参加していた。
捜査員はそこで、噴霧乾燥器が生物兵器の製造に使われる恐れがあるとして輸出規制の対象になったことを知ったとされる。
ある捜査関係者は私に言った。
「5係は新しいもの好き。新しくできた規制での立件第1号は注目されるから、調べることにした。捜査で端緒をつかんだわけではなく、毎年参加している講習会に出ただけだ」
公安部が経済産業省に問い合わせたところ、噴霧乾燥器について輸出許可申請書を出していた会社は「X社」だけで、しかも1件のみだった。
X社以外は許可申請は不要と考えていたとなると、不正輸出があったとしても「故意」の認識を問うのが難しくなる。
ただ、ここで公安部に追い風が吹いた。
X社が当時、大川原化工機に対し、装置のノズル部分の特許を巡って訴訟を起こしていたのだ。
公安部はX社の関係者から業界の認識を聞くことにした。
複数の捜査関係者は「この会社は次第に公安部の見立てに沿うことは何でも言うようになった」と明かす。
不正輸出に関する大川原化工機への捜査網は、徐々に狭まっていった。
私はX社に取材を申し…
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