文・写真 エッセイスト メレ山メレ子
投稿者は30歳の男性。20代後半の彼女の誕生日に、交際1周年も兼ねたプレゼントを贈りたいと考え、5万円の予算で希望を聞きました。
彼女の答えは、「その予算では欲しいと思えるものが無い」とのこと。普段つけているものは最低10万円からと知って驚いたが、やはりアクセサリーを贈りたい。値段に関係なく、愛する恋人からのプレゼントなら 嬉 しいはず、という投稿です。
他人に意見を聞く前に、他ならぬ彼女に「無い」と言われているのですが……。
アクセサリーをあげたいという鉄の意志
このトピを見たのが8月11日で、続く投稿で「お盆休みのうちに百貨店で探す」とあり「絶対にやめて!!!!!」と書きこみそうになりました。「トピ探訪」なのに「トピ乱入」するところだった。しかし、よく読むとレスのほぼ全部が「絶対にやめて」と言っており、特に付け加えることがありませんでした。
わたしも大学生のころ、彼女にアクセサリーを贈ろうとしている友人に「相手のほうが詳しいものをサプライズで贈るな」と力説した思い出があります。しかし、頑として譲らないばかりか、「うちの彼女はメレ山さんみたいに 貰 ったものにケチをつけたりしない」と言われ、最終的に「ちょっとデパート行ってくる」と話を打ち切られました。
足りないのは予算ではなく好きなものへの理解
あまりデパートの1階に売っていなさそうなアクセサリーが好きです日頃はむしろ倹約家な印象だが、ボーナスで気に入ったものをひとつずつ買い足し、10万円~30万円のアクセサリーを身につけているというトピ主さんの彼女。どんなアクセサリーが好きなのかの判断材料は皆無ですが(ブランド名やふだんの服装を手がかりに想像を盛り上げたかった……)、少なくとも自分なりの審美眼を持っていることはわかります。
そういう人に「先日自分一人で百貨店などに見に行きましたが、女性の趣味はイマイチ分からず、選べませんでした」というレベルでアクセサリーを贈るのは、スニーカーで富士山に登るのに近い無謀さです。ボーナスが出るたびに30万円のアクセサリーを自分のために買う女性は、一種のオタクと呼んでもいいぐらいのこだわりがあるはず。
投稿者は「予算5万円では欲しいものがない」と彼女に言われて傷ついた節がありますが、アクセサリーに限らず好きなものがある人なら「次の臨時収入で買うもの」の候補リストは常に持っています。そのリストにたまたま5万円以下のものがなかっただけで、はした金扱いされたわけではないんです。
彼女にしてみれば「価値に理解のない人に無理に買わせるのは嫌だな」という思いもあるでしょう。好きなものを「こんなものが〇〇円もするのか」と横から言われるのは、オタクにとって七大屈辱のひとつ。
足りないのは予算でなく、彼女の好きなものへの理解です……。
「値段じゃない大切さ」がいちばん難しい
特にこの一節には考えこんでしまいました。
>たしかに、恋人にアクセサリーをプレゼントすることは私自身の憧れでした。
>しかし、彼女の意見を無視してでもアクセサリーをあげたいと思った理由は、もちろんそれだけじゃありません。
>大切なのは値段じゃないということに気づいてもらうためにも、私の予算でアクセサリーをプレゼントするのは良いと思ったのです。
アクセサリーの良さは、たしかに値段だけの序列では決まりません。宝石の質やブランドにこだわる人もいる一方、わたしは作家ものが好きなので余計にそう思います。個性的で攻めたデザインだけでなく、展示に行って作家さん自身から作品について教えてもらうのも楽しい。数年追いかけていると、作風の変遷を感じられるのも良い。素材がプラスチックでもすごくかっこいいものもあるし、価格も数千円から数十万円までと幅広い世界です。
虫や動物モチーフのアクセサリーがどんどん増えていきますでも、そういう非金銭的価値って、本当にその領域を楽しむつもりで見ないと見えてきません。しかも、自分よりずっとその分野に詳しい人に「こういう方向もアリかも」と思わせるのは非常に難しい。宝石好きならミネラルショーに一緒に行ってみるとか、彼女が好きな宝石の原石を鉱山から掘ってきて加工してもらうとか……5万円どころじゃなくかかりそうだな。
すれ違いが行き着く先は
最終的に、投稿者は3万円のディナーと2万円のネックレスをあげることにしたそうです。「アクセサリーを贈りたいというのは彼女の希望ではなく私の希望ですので、あくまでネックレスのプレゼントは脇役です」
5万円のものを贈ってつけてもらえなかったらショックだが、2万円なら諦めがつくといいます。もはや5万円の枠内でいかに自分の気持ちが傷つかないかが主軸になってしまっている。誰よりも値段にこだわっている。
彼女にあげたアクセサリーを身につけてほしいのは自分の希望だと自覚しているのなら、彼女ではなく自分の誕生日に贈ればよかったのに。
婚約指輪を筆頭に、アクセサリーには“変わらぬ愛の証”という役割が仮託されがちです。しかし、アクセサリーそのものが好きな人にはそれがかえって邪魔になることも多い。自分が気に入って買ったデザインリングでも、左手の薬指につけると「交際中」「誰かに買ってもらったもの」扱いされるのも、地味に面倒です。
これまで「昆虫のように周囲から理解されにくいオタク趣味はなにかと肩身が狭い」と思っていましたが……。アクセサリーやジュエリーのような、市場価値や社会との接点がそれなりにある趣味も、周囲の無理解と衝突する部分は多いのかもしれないですね。
アクセサリーを贈られた彼女の反応に関する後日談、いやむしろ彼女が立てたトピを、今すごく読みたいです。でも、ほとんどの場合はその後どうなったかは分からず、感情の断片が精霊流しのように流れていくのが小町のいいところなのかもしれませんね。
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【トピ探訪】は、発言小町に日々寄せられるトピの中から共感できるトピや展開が気になるトピを取り上げるリレーエッセーです。
【紹介したトピ】
【プロフィル】
メレ山メレ子(めれやま・めれこ)
1983年、大分県別府市生まれ。エッセイスト。平日は会社員として勤務。旅ブログ「メレンゲが腐るほど恋したい」にて青森のイカ焼き屋で飼われていた珍しい顔の秋田犬を「わさお」と名づけて紹介したところ、映画で主演するほどのスター犬になった。旅先で出会う虫の魅力に目ざめ、虫に関する連載や寄稿を行う。2012年から、昆虫研究者やアーティストが集う新感覚昆虫イベント「昆虫大学」の企画・運営を手がける。著書に『メレンゲが腐るほど旅したい メレ子の日本おでかけ日記』(スペースシャワーネットワーク)、『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)、『メメントモリ・ジャーニー』『こいわずらわしい』(ともに亜紀書房)。