フォトログ:メキシコに根づき、数世紀続く暮らしを守るメノナイト
[アセンシオン(メキシコ) 19日 ロイター] - メキシコ・チワワ州のメノナイト派コミュニティーの起源をたどれば、1世紀も前にさかのぼる。自らの信仰を守るにふさわしい、外の世界から隔絶された農地を求め、最初のメノナイト派の入植者がやってきたのだ。
信徒たちはこの土地で、インターネットどころか電気すらほとんど使わない、簡素な生活を送っている。コミュニティーは、トウモロコシ、トウガラシ、綿花、タマネギを育てる何世紀も変わらぬ伝統農業によって自活している。
とはいえ、現代テクノロジーが間近に忍び寄るなかで、こうした生活を維持するのは困難かもしれない。100年前とは異なり、孤高を貫くのは容易ではない。
気候変動による干ばつの深刻化による地下水源の低下から、農業用ポンプを駆動するためのディーゼル燃料の高騰に至るまで、繁栄・成長をめざそうとすれば、こうしたコミュニティーにも特有の課題がある。
メキシコにはこの100年間、カナダから移住したメノナイト派の農民が定住しており、今も多くが健在である。
メノナイトは、16世紀にドイツや北海沿岸の低地帯、スイスで誕生した、プロテスタントからの分派である再洗礼派(アナバプティスト)の流れを汲み、兵役や階層的な教会組織を拒否している。長年に渡る迫害に苦しみ、農業と信仰を不可分とする教義を利用しようと考える支配層の庇護に頼ってきた。
スペイン語で「セイヨウネズの木」を意味する「エル・サビナル」と称するコミュニティーは、30年近く前、メキシコ北部チワワ州の、ほぼ砂漠とも言える乾燥地帯に築かれた。その土地は今、メノナイト派の農家により、多くは伝統的な農具を使って、実り豊かな農地に変貌している。彼らが暮らすのは自力で建てた質素なレンガ造りの家で、たいていは仕切りのない1部屋だけの造りだ。
干ばつの影響を受けやすいチワワ州にはメノナイト派のコミュニティーが複数あるが、農地を拡大していく中で、水への需要が増大してきた。ここ数年、政府がメノナイト派農家を優遇していると不満を抱く地元の農家から、メノナイト派が違法な井戸掘削を行っているとの告発が寄せられている。
10代の頃にエル・サビナルに入植したメノナイト派信徒のギレルモ・アンドレスさんは、「このあたりでは、ディーゼル式ポンプで水を汲み上げるのは非常にコストが掛かる。地下水はまだあるが、井戸をもっと掘らざるをえない」と語る。アンドレスさん一家は教義を厳格に守っており、電気の利用を避け、ディーゼル燃料を使って井戸の水を汲み上げているが、こうした手法のコストは上昇する一方だ。
メノナイト派の母語は、通常「メノナイト低地ドイツ語」、つまり低地ドイツ語、プロイセン方言、オランダ語が混ざり合った独特の言語だ。もっとも、地元の労働者との交流のある男性を中心に、多くのメノナイト信徒はスペイン語も話す。
学校から雑貨屋に至るまで、メノナイト派で必要とされるものはすべて、そのコミュニティーの境界内に自力で建設される。
メノナイト派の信徒は、12歳までで学校教育を終えるのが一般的だ。教室内で男女の席は分けられており、毎週日曜の教会での信徒席も男女別となっている。
埃が舞う白い道路では、10歳以下の子どもがトラクターを操作し、荷馬車を操っている姿を目にすることも珍しくない。
ここに暮らすメノナイト派信徒は青い目でブロンドの人々であり、若くして結婚し、家族を増やすことに熱心だ。子どもが10人以上いるという農家も多い。
彼らはこうして日々の暮らしの中で信仰を実践している。男性は畑で働くことが多く、女性は自宅で庭の手入れをし、子どもの面倒を見ている。
メノナイト派信徒と外界との交流は、もっぱら、コミュニティー内で労働者として働く地元住民とのやり取りや、街に買物に出ることだけに限定されている。
アンドレスさんは、「トラックやゴムタイヤ、電気を使うことなく、静かに暮らすというのが伝統だ」と話す。「私たちの伝統はロシアに始まり、ロシアからカナダへ、カナダからメキシコへと伝えられた」
「テクノロジーについては知らない。私はこのように生を受け、ずっとこのように暮らしている。これからも続けていきたい」とアンドレスさんは語った。
(Jose Luis Gonzalez記者、Cassandra Garrison記者 翻訳:エァクレーレン)
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