コンテンツにスキップ

行動経済学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

行動経済学(こうどうけいざいがく、: behavioral economics)とは、経済学モデル理論に心理学的に観察された事実を取り入れていく研究手法である[1][2][3][† 1]

行動経済学は当初は主流派経済学に対する批判的な研究として生まれたが、1990年代以降の急速な発展を経て米国では既に主流派経済学の一部として扱われるようになった[4][† 2]

なお、通常は「行動経済学」といえば第二世代以降の行動経済学(新行動経済学)を指すが[5]、本記事では第一世代の行動経済学(旧行動経済学)についても併せて解説する。

概要

[編集]

従来の新古典派経済学が採用していた仮定は

  • 人々はベイズ確率的に推論する。
  • 人々は静的な選好を所与として意思決定する
  • 人々は期待効用を最大化する。
  • 人々は動学的意思決定において将来の効用を指数的に割り引く。
  • 人々は自身の効用のみに関心を持つ。
  • 人々の選好関係は帰結の集合上に定義される。

といった特徴を持っており、

という単純な形をした最大化問題によって経済主体の意思決定が定式化される[6]

ただし、は選択空間、は状態空間、ベイズ・ルールに従って更新された主観的確率、は静的な選好、は正しい確率分布を表している。

しかし、心理学的な研究によってこれら仮定の重要な誤りが明らかになっていった。

こうした伝統的な経済理論に対して、行動経済学の目標は心理学的エビデンスとの整合性を満足する代替理論を構築することであり、行動経済学の研究は次の三つに大分される[7]

  • 選好関係に関する新しい仮定
  • がどのように形成されるか
  • 実際にが最大化されるか

歴史

[編集]

第一世代(旧行動経済学)

[編集]
男性用小便器に蠅の絵を描いておくと、男はそこへ目掛けて小便をする。これはセイラー2017年ノーベル賞受賞)が「利用者の注意を特定の方向に向かせる」ナッジ理論の象徴的事例として紹介している「ハエマーク」[8]である。

行動経済学研究の萌芽は19501960年代のKatonaやサイモンの研究に見ることができる[9]。彼らは「ありのまま経済行動を研究しよう」とか「現実を描写するような経済学を築いて行こう」といった素朴な方針の下に、「満足化原理」などの様々なアイディアを提案したが、それらの多くは一般性を欠いていたため、現在の行動経済学に受け継がれることはなかった[9]

しかし、人間の経済行動がヒューリスティックスや行動バイアスにより定型的に左右されるという旧行動経済学者の基本的な人間観は、現在の新行動経済学にも踏襲されている[9]

第一世代の研究者としては、ハーバート・サイモンダニエル・カーネマンリチャード・セイラーらがノーベル経済学賞を受賞している。

新行動経済学

[編集]

第二世代

[編集]

1990年代になると、社会心理学の観点から新古典派経済学のモデルの問題点を指摘するだけに留まらず、代替的なモデルを作り出す潮流が生じた。これが第二世代の行動経済学: second-wave behavioral economics)である[10]。 例えば、David Laibsonは心理学的動機に基づく新しい変数を主流派マクロ経済学に導入し、Ernst Fehrは利己性の仮定を緩めたモデルを労働経済学に導入した[10]

第二世代の行動経済学者は、新古典派経済学のモデルを踏襲しつつも、新古典派が採用していた利己性・合理性・時間整合性などの仮定を緩和することによって、心理学的エビデンスに整合する理論の構築を目指している[10]

実験経済学との関係

[編集]

行動経済学と実験経済学は本来は全く異なるものである。

ただし、実験経済学者の川越敏司は、「両分野が統合して一つの分野に向かいつつある」と述べている[9]

学会・組織

[編集]

行動経済学会

[編集]

日本国内における行動経済学の学術団体。まだ行動経済学が注目されていなかった2002年に(ただし2002年時点では既にJELやJEPで特集記事が30件以上あり,カーネマンの論文は1万件以上引用されていたため,「注目されていなかった」というのは自己申告である)、川西諭真壁昭夫山口勝業の3人で立ち上げられたワークショップを発展させ、のちに加わった大竹文雄加藤英明筒井義郎を加えて6人を設立準備委員として、2007年に行動経済学会が設立された[11][12]

関連する用語一覧

[編集]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 行動経済学は心理学と経済学(しんりがくとけいざいがく、: psychology and economics)と呼ばれることもある[3]
  2. ^ 21世紀に入ってからは、行動経済学はジョン・ベイツ・クラーク賞受賞者を輩出している[4]

出典

[編集]
  1. ^ 大垣 & 田中 2014, p. 4.
  2. ^ 大竹 2015, p. 90.
  3. ^ a b Rabin 2002.
  4. ^ a b Rabin 2002, p. 657.
  5. ^ 大竹 et al. 2017.
  6. ^ Rabin 2002, p. 660.
  7. ^ Rabin 2002, p. 661.
  8. ^ 『実践 行動経済学』p.14、リチャード・セイラー著、日経BP社、2009年、
  9. ^ a b c d 大竹 et al. 2016.
  10. ^ a b c Rabin 2002, p. 658.
  11. ^ 外部リンク<見つかりません >行動経済学会:設立の目的と経緯。2017年最終閲覧。[リンク切れ]
  12. ^ 「行動経済学:理論から行動へ」 長期投資仲間通信「インベストライフ」

参考文献

[編集]
  • 大垣昌夫; 田中沙織『行動経済学:伝統的経済学との統合による新しい経済学を目指して』有斐閣、2014年。ISBN 978-4641164260 
  • 大竹文雄「行動経済学:伝統的経済学の枠組みを広げて現実の人間行動を描写する」『総力ガイド!豪華61人の経済学者による徹底解説 これからの経済学 マルクス、ピケティ、その先へ』日本評論社〈経済セミナー増刊〉、2015年、90-91頁。 
  • 大竹文雄, 亀田達也, マルデワ・グジェゴシュ, 川越敏司「パネルディスカッション「行動経済学の過去・現在・未来」」『行動経済学』第9巻、行動経済学会、2017年、46-64頁、doi:10.11167/jbef.9.46ISSN 2185-3568 
  • Rabin, Matthew (2002). “A perspective on psychology and economics”. European Economic Review 46 (4): 657-685. doi:10.1016/S0014-2921(01)00207-0. ISSN 0014-2921. https://doi.org/10.1016/S0014-2921(01)00207-0. 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]