デュボワは多くの宗教曲を創ったが、オペラ作曲家として成功を収めたいとの念願を抱いていた。近東に魅惑されて作曲したのが最初の舞台音楽《 La guzla de l'émir》であり、最初の4幕オペラ《 Aben-Hamet》であったが、新境地を開くことは到底できなかった。もう一つの大作オペラ《クサヴィエール Xavière》は、オーヴェルニュ地方を舞台とするはげしく劇的な筋書きをもつ。すなわち、寡婦となった母親が娘クサヴィエールを亡き者にしようとくわだてるが、司祭の手助けで襲撃をまぬかれ、仕来り通りのハッピーエンドに至るという物語である。
デュボワはほかに、バレエ音楽やオラトリオ、交響曲も作曲した。しかし、1922年に最愛の妻が亡くなると作曲意欲も無くなり、本人も2年後に亡くなってしまった。今現在、最も知られている作品は、オラトリオ《キリストの最後の7つの言葉 Les sept paroles du Christ》(1867年)やオルガン曲《トッカータ》(1889年)であろう。これらも時たま上演されるに過ぎないが、たくさんあるその他の作品は、今ではほとんど目立たないものになってしまった。
作曲家としてよりは教育者ならびに音楽理論家として持続的な影響力を及ぼしており、『対位法とフーガTraité de contrepoint et de fugue』や『和声法、理論と実践 Traité d'harmonie théorique et pratique』といった著作は今でも利用され続けている。「和声法はアンリ・ルベルの教本を長年使用してきたが、こぼれた規則も多く練習問題と若干の規則を補った」本が「アンリ・ルベルの和声教本への補遺と練習」である。この本を新規に改訂して出版したのが、『和声法、理論と実践 Traité d'harmonie théorique et pratique』である。
マルセル・ビッチュの提唱した「根音省略形」を、デュボワは一貫して「根音除去形」と説明している。現在委託先のLeduc社がTraité de contrepoint et de fugueを品切れにしてしまっており、amazonなどの通販サイトでは海賊版のNabu社によるリプリントの入手を頼るしかない。Traité de contrepoint et de fugueはルイジ・ケルビーニの教程から66年後の出版であり、ケルビーニに比べて禁則の数が増加している。日本の音楽大学が典拠としたのはデュボワ以降の理論家のルールであり、それ以前の理論家のルールは参照されていない。
Sadie, Stanley (Ed.) (1994) [1992]. The New Grove Dictionary of Opera. vol. 1, A–D, chpt: "Dubois, (François-Clément) Théodore" by Richard Langham Smith. New York: MacMillan. ISBN 0-935859-92-6
Imbert, I. (1892). Nouveaux profils de musiciens. Paris
Tiersot, J. (1918). Un demi-siècle de musique française. Paris
Widor, M. (1924). Notice sur la vie et les travaux de Théodore Dubois. Paris
Landormy, P. (1943, 1948). La musique française de Franck à Debussy. Paris