ジョン・ペリー・バーロウ
ジョン・ペリー・バーロウ | |
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ジョン・ペリー・バーロウ、2006年のスイス・European Graduate School での講演 | |
誕生 |
1947年10月3日 アメリカ合衆国ワイオミング州サブレット郡 |
死没 |
2018年2月7日 (70歳没) サンフランシスコ |
職業 | 詩人, エッセイスト |
国籍 | アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ |
活動期間 |
1971年–1995年(詩人) 1990年–(エッセイスト) |
主題 | インターネット(エッセイ) |
公式サイト |
homes |
ウィキポータル 文学 |
ジョン・ペリー・バーロウ(John Perry Barlow, 1947年10月3日 - 2018年2月7日)は、アメリカ合衆国の詩人、エッセイスト、元牧場主、政治活動家、作詞家。電子フロンティア財団共同設立者、副議長。ワイオミング州サブレット郡生まれ。
1969年にウェズリアン大学で比較宗教学の学位を取得。1971年にワイオミングで畜産業 Bar Cross Land and Livestock Company を開業し、1988年に売却。作詞家としても活動し、1971年から1995年までグレイトフル・デッドに歌詞を提供した。
1986年にオンラインコミュニティ WELL に加入。それを通じて知り合ったミッチ・ケイパー、ジョン・ギルモアらとともに、1990年に電子フロンティア財団(EFF)を設立した。EFF はサイバー空間の自由と公正を保障する目的で設立された非営利団体で、1990年に起きたスティーブ・ジャクソン・ゲームズ(SJG)へのシークレットサービスの強制捜査を契機に設立された。EFF は SJG に対し支援を行い、SJG はシークレットサービスに対する訴訟で1993年に勝訴した。
1996年2月にインターネット上の猥褻情報を規制する Communications Decency Act(CDA, 通称・通信品位法)が米議会で可決されると、バーロウはスイス・ダボスにてサイバースペース独立宣言(A Declaration of the Independence of Cyberspace)を発表し、法案成立に抗議を行った。
2002年エンロンなどのコンサルタントをしていたが、意図的な不正ではなく希望的盲目だった[1]。
2018年2月7日にサンフランシスコの自宅で死去[2][3]。
脚注
[編集]- ^ ずる嘘とごまかしの行動経済学
- ^ “ジョン・ペリー・バーロウ氏死去 ネット権利主張の活動家、作詞も”. 共同通信社 (2018年2月9日). 2019年1月20日閲覧。
- ^ “追悼、ジョン・ペリー・バーロウ──彼は最後まで「インターネットの吟遊詩人」だった”. WIRED.jp (2018年2月10日). 2019年1月20日閲覧。