コンラドゥス・リュコステネス
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コンラドゥス・リュコステネス | |
人物情報 | |
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別名 | Conrad Lycosthenes(コンラッド・リュコステネス) |
生誕 |
Konrad Wolffhard(コンラート・ヴォルフハルト) 1518年8月8日 神聖ローマ帝国 |
死没 | 1561年3月25日(享年:43) |
居住 | 神聖ローマ帝国 |
国籍 | 神聖ローマ帝国 |
出身校 | ハイデルベルク大学 |
学問 | |
時代 | ハプスブルク帝国時代 |
活動地域 | 神聖ローマ帝国 |
研究分野 | 文献学 |
研究機関 |
バーゼル 聖レオナルド教会 |
学位 | 修士号(1539年) |
脚注 箴言集の出版やユリウス・オブセクエンスの補訂などを手がけた。 |
コンラドゥス・リュコステネス(Conradus Lycosthenes, 1518年8月8日 - 1561年3月25日)は、アルザス出身の文献学者、モラリスト。箴言集の出版やユリウス・オブセクエンスの補訂などで知られる。本名はコンラート・ヴォルフハルト (Konrad Wolffhard) で、リュコステネスは「勇猛な狼」を意味する姓をギリシャ語化した変名である。コンラッド・リュコステネス (Conrad Lycosthenes) とも呼ばれる。
生涯
[編集]1518年にストラスブールに近いルファシュRouffachで生まれた。母方のおじにはチューリヒの聖書学者コンラート・ペリカンがいた。ハイデルベルク大学で学び、1539年に修士号を得た。1542年からバーゼルで文法学の教授として教鞭を執り、1544年からは聖レオナルド教会の執事に任命された。
書誌
[編集]- Commentarius in Plinium Juniorem de viris illustribus, Basel, Johannes Oporin, 1547
- Elenchus scriptorum omnium, Basel, Johannes Oporin, 1551
- Gnomologia ex Aeneae Sylvii Piccolominei ... omnibus operibus collecta, Basel, Heinrich Petri, 1551
- Julii Obsequentis prodigiorum liber, Basel, Johannes Oporin, 1552
- Apophtegmatum sive responsorum memorabilium ex probatissimis, Basel, Johannes Oporin, 1555
- Prodigiorum ac ostentorum chronicon, Basel, Heinrich Petri, 1557
- Wunderwerck oder Gottes unergründtliches vorbilden, Basel, Heinrich Petri, 1557
- Regula investigationis omnium locorum in tabula Helvetioe contentorum, Basel, la veuve de Michael Isengrin, 1560
- Theatrum vitae humanae, Basel, Oporin & les Froben, 1565