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オンコセルカ症

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オンコセルカ症
ブユの触角から出てきた回旋糸状虫(100倍拡大)
概要
診療科 感染症内科学, 熱帯医学
分類および外部参照情報
ICD-10 B73
ICD-9-CM 125.3
DiseasesDB 9218
eMedicine med/1667 oph/709
MeSH D009855

オンコセルカ症(オンコセルカしょう、: Onchocerciasis)は、河川盲目症(かせんもうもくしょう)としても知られ、回旋糸状虫によって引き起こされるフィラリア感染症である[1][2]。感染者の99%以上はアフリカ31カ国に暮らしているが、ラテンアメリカの一部地域にも感染者がいる[2]。症状はひどいかゆみ、皮下のこぶ、失明であり、感染による失明ではトラコーマに次いで多い原因になっている[2][3]世界保健機関(WHO)による顧みられない熱帯病20疾患のひとつである[2]

2017年に、少なくとも2億2000万人がオンコセルカ症の予防療法を必要とし、感染者のうち1460万人が皮膚疾患を持ち、115万人が視力障害を抱えていると推定される[1]イベルメクチンの年1 - 2回の集団投与(MDAと呼ばれる)は、オンコセルカ症撲滅の核となる戦略であり、米製薬メルクから「メクチザン」のブランド名で無償提供されている[1][4]。数十年にわたる撲滅活動により、オンコセルカ症の撲滅が確認された国はコロンビア(2013年)、エクアドル(2014年)、メキシコ(2015年)、グアテマラ(2016年)の4カ国である[2][1]

原因

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回旋糸状虫を病原体にし、感染したシムリウム属のブユに繰り返し咬まれることで伝染する[1][5]。このブユが河川の近くに生息することが「河川盲目症」という病名の由来となっている[5][3]

ライフサイクル

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寄生虫の一生を、ブユとヒトの宿主を通じて以下のステップでたどることができる[1][5][6]

  1. 雌のブユが感染したヒトの血液を餌として吸い、同時にミクロフィラリア(回旋糸状虫の子虫)を体内に摂取する
  2. ミクロフィラリア(子虫)はブユの体内で約2週間かけてヒトに感染できる状態(感染幼虫)に成長する
  3. このブユがヒトを吸血した際、ブユの口吻から感染幼虫がヒトの体内に侵入する
  4. ヒトの体内に侵入した幼虫は12 - 18カ月かけて成長する
  5. 成長した雌の寄生虫は、皮膚表面近くで10 - 15年生き続け、数百万(一日あたり700 - 1500匹)のミクロフィラリアを産む
  6. このヒト生体内のミクロフィラリアを、別のブユが血液とともに吸うことで循環する

診断

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診断は皮膚サンプルの生検や抗体検査、PCR検査等で行うことができる[5]。皮膚生検はもっとも一般的な診断方法であり、皮膚のサンプルを採取し、生理的食塩水に浸して幼生が出てくるかを観察する[7]

予防

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この病気に対するワクチンはなく[1]、唯一の予防方法はブユに咬まれるのを避けることである[5]。回避方法はディートを含む虫よけ剤の使用と、長袖・長ズボン衣服の着用、蚊帳の使用がある[5]。その他、殺虫剤の散布によりブユの数を減らす取り組みがされている[1]。牛に対するオンコセルカ症の感染を予防するワクチンは第3相試験段階にあり、弱体化した幼虫を注射した牛は、感染に対して非常に高いレベルの防御力を身につけた[8][9]。この発見は、同様のアプローチで人をオンコセルカ症から守るワクチンを開発できる可能性を示唆している[8][9]

治療

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アフリカで失明した大人を導く子供たち

集団投与(MDA)プログラムでは、オンコセルカ症の治療薬はイベルメクチン(商品名:メクチザン)であり[1][10]、150μg/kgの単回経口投与を年に1 - 2回行う[3][7]。ミクロフィラリアは成虫になるまでに12 - 18カ月かかるため、1回の投与でミクロフィラリアを麻痺させ死滅させることで大幅な減少が1年以上続き、推奨用量以上の投与は副作用の発生率が高く有害である可能性がある[7][6]。この薬は、成虫を殺すことはできないが、メス成虫の不妊化を進め、6カ月ごとの投与では不妊化がより早く進む[3][7]。成虫は症状を引き起こさず、成虫の周りに形成されるこぶ(小結節)で10 - 15年生き続けるため、投薬は10 - 15年間行うことが推奨される[1]。イベルメクチンは、冷蔵を必要とせず、年1 - 2回の服用でよく安全性が高いため、最小限の訓練を受けた地域の保健員によって広く投与されている[11][12]

ガーナの研究では、イベルメクチンの投与にもかかわらず2000年から2005年の間に有病率が2倍になり、寄生虫が薬剤に対して耐性化していることを示唆している[13][14][15]。そのため、別の抗寄生虫剤モキシデクチンの臨床試験が行われている[16][17]

ドキシサイクリンは、ボルバキアと呼ばれる寄生虫の生存と胚発生に必要な内共生細菌を弱らせるので、一部ではこれも使われている[7][18]

歴史

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オンコセルカ症はアフリカで生まれ、奴隷貿易によってアメリカ大陸に運ばれた[19][20]。この病気の原因となるミクロフィラリア寄生体は、1874年にアイルランド人海軍外科医のジョン・オニールによって最初に特定された[21]。オニールは、アフリカ西海岸でよく見られる「クロウクロウ」と呼ばれる皮膚病の原因を突き止めようとしていた[21]。1915年にロドルフォ・ロブレス医師が初めてこの寄生虫を眼病に関連付けた[22]

撲滅プログラム

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1974 - 2002年に西アフリカで行われた「オンコセルカ症対策プログラム(OCP)」は、河川に幼虫駆除剤を散布してブユの発生を抑制し、1988年からはイベルメクチンの集団投与によりオンコセルカ症を排除していった[23][24]。この活動は世界保健機関(WHO)、世界銀行国連開発計画(UNDP)、国連食糧農業機関(FAO)の共同で行われ[23][24]、60万人の失明を未然に防ぐことができた[5][23]

米製薬メルクは、1988年から保健省や世界保健機関(WHO)などの非政府開発組織(NGDO)と協力し、「メクチザン寄付プログラム(MDP)」を通じて、イベルメクチンを流行地域の人々に無償で提供している[12]

1995 - 2015年、「アフリカ・オンコセルカ症対策プログラム(APOC)」が、イベルメクチンを中心に19カ国を対象に行われ、その活動の一部はWHOの「顧みられない熱帯病(NTDs)撲滅のための特別プロジェクト(ESPEN)」に引き継がれた[25]

1992年、イベルメクチンを使用したアメリカ大陸の「オンコセルカ症制圧プログラム(OEPA)」が開始された[26]。2013年、汎米保健機構(PAHO)は、16年の努力の結果、コロンビアが世界で初めてオンコセルカ症を撲滅した国となったと発表した[27]。2022年現在、アメリカ大陸のオンコセルカ症撲滅プログラムは、ブラジルとベネズエラの国境に住むヤノマミ族に焦点が当てられている[28][29][30]。オンコセルカ症の撲滅が確認された国は、コロンビア(2013年)、エクアドル(2014年)、メキシコ(2015年)、グアテマラ(2016年)である[31][28]。当初の予測では、2012年までにアメリカ大陸からこの病気が根絶されるとされていた[31]

2019、新型コロナの混乱により、オンコセルカ症に対するイベルメクチンの集団投与(MDA)は、2020年から一時中断された[32][28]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j Onchocerciasis”. WHO (2022年1月11日). 2022年7月19日閲覧。
  2. ^ a b c d e オンコセルカ症について(ファクトシート)”. 厚生労働省. 2022年7月19日閲覧。
  3. ^ a b c d オンコセルカ症(河川盲目症)”. MSD (2019年3月1日). 2022年7月19日閲覧。
  4. ^ “Reflections on the Nobel Prize for Medicine 2015--The Public Health Legacy and Impact of Avermectin and Artemisinin”. Trends in Parasitology 31 (12): 605–607. (December 2015). doi:10.1016/j.pt.2015.10.008. PMID 26552892. 
  5. ^ a b c d e f g Parasites - Onchocerciasis (also known as River Blindness)”. CDC (2019年9月6日). 2022年7月19日閲覧。
  6. ^ a b オンコセルカ症”. MSDマニュアル家庭版. 2022年10月15日閲覧。
  7. ^ a b c d e Resources for Health Professionals”. CDC (2021年11月10日). 2022年7月19日閲覧。
  8. ^ a b 2020 vision of a vaccine against river blindness”. riverblindnessvaccinetova.org. 2022年7月19日閲覧。
  9. ^ a b Peter J. Hotez, Maria Elena Bottazzi, Bin Zhan, Benjamin L. Makepeace, Thomas R. Klei, David Abraham, David W. Taylor, and Sara Lustigman, Roger K Prichard (January 2015). “The Onchocerciasis Vaccine for Africa—TOVA—Initiative”. PLOS Negl Trop Dis 9 (1): e0003422. doi:10.1371/journal.pntd.0003422. PMC 4310604. PMID 25634641. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4310604/. 
  10. ^ Murray, Patrick (2013). Medical microbiology (7th ed.). Philadelphia: Elsevier Saunders. p. 792. ISBN 9780323086929. https://books.google.ca/books?id=RBEVsFmR2yQC&pg=PA792&hl=en 
  11. ^ “Ivermectin and River Blindness”. American Scientist 98 (4): 294–303. (2010). オリジナルの2010-07-05時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100705115143/http://www.americanscientist.org/issues/feature/2010/4/ivermectin-and-river-blindness 2010年6月20日閲覧。. 
  12. ^ a b “Operational lessons from 20 years of the Mectizan Donation Program for the control of onchocerciasis”. Trop Med Int Health 13 (5): 689–96. (May 2008). doi:10.1111/j.1365-3156.2008.02049.x. PMID 18419585. 
  13. ^ Hoerauf A (2008). “Filariasis: new drugs and new opportunities for lymphatic filariasis and onchocerciasis”. Current Opinion in Infectious Diseases 21 (6): 673–81. doi:10.1097/QCO.0b013e328315cde7. PMID 18978537. 
  14. ^ “River blindness resistance fears”. BBC News. (2007年6月14日). オリジナルの2007年8月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070808233457/http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/6753003.stm 2007年6月15日閲覧。 
  15. ^ “Prevalence and intensity of Onchocerca volvulus infection and efficacy of ivermectin in endemic communities in Ghana: a two-phase epidemiological study”. Lancet 369 (9578): 2021–9. (June 2007). doi:10.1016/S0140-6736(07)60942-8. PMID 17574093. 
  16. ^ [No author listed] (11 July 2009). “Fighting river blindness and other ills”. Lancet 374 (9684): 91. doi:10.1016/S0140-6736(09)61262-9. PMID 19595328.  (editorial)
  17. ^ Study Comparing Moxidectin And Ivermectin In Subjects With Onchocerca Volvulus Infection”. clinicaltrials.gov (2008年11月14日). 2022年7月19日閲覧。
  18. ^ Brunette, Gary W. (2011). CDC Health Information for International Travel 2012 : The Yellow Book. Oxford University Press. p. 258. ISBN 9780199830367. https://books.google.ca/books?id=5vCQpr1WTS8C&pg=PA258&hl=en 
  19. ^ Zimmerman, PA; Katholi, CR; Wooten, MC; Lang-Unnasch, N; Unnasch, TR (May 1994). “Recent evolutionary history of American Onchocerca volvulus, based on analysis of a tandemly repeated DNA sequence family.”. Molecular Biology and Evolution 11 (3): 384–92. doi:10.1093/oxfordjournals.molbev.a040114. PMID 7516998. 
  20. ^ Harvard African Expedition [Internet]”. 22 December 2015時点のオリジナルよりアーカイブ18 October 2015閲覧。
  21. ^ a b O’Neill, John (1875). “O'Neill J. On the presence of a filaria in craw-craw”. The Lancet 105 (2686): 265–266. doi:10.1016/s0140-6736(02)30941-3. オリジナルの2016-02-02時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160202041235/https://web.stanford.edu/class/humbio103/ParaSites2006/Onchocerciasis/filaria_original_description.pdf. 
  22. ^ Lok, James B.; Walker, Edward D.; Scoles, Glen A. (2004). “9. Filariasis”. In Eldridge, Bruce F.; Edman, John D.; Edman, J.. Medical entomology (Revised ed.). Dordrecht: Kluwer Academic. p. 301. ISBN 9781402017940. https://books.google.ca/books?id=C7OxOqTKYS8C&pg=PA301&hl=en 
  23. ^ a b c Onchocerciasis Control Programme (OCP)”. Programmes and Projects. World Health Organization. 2009年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月15日閲覧。
  24. ^ a b “The Onchocerciasis Control Programme in West Africa (OCP)”. Ann Trop Med Parasitol 102 Suppl 1: 13–7. (September 2008). doi:10.1179/136485908X337427. PMID 18718148. 
  25. ^ African Programme for Onchocerciasis Control (APOC)”. Programmes and Projects. World Health Organization. 2009年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月15日閲覧。
  26. ^ Onchocerciasis Elimination Program for the Americas (OEPA)”. Programmes and Projects. World Health Organization. 2011年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月15日閲覧。
  27. ^ “NEWS SCAN: Columbia ousts river blindness; Vaccine-derived polio in India; Danish Salmonella trends”. CIDRAP News. (July 30, 2013). オリジナルのSeptember 9, 2017時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170909053027/http://www.cidrap.umn.edu/news-perspective/2013/07/news-scan-jul-30-2013 
  28. ^ a b c Progress in eliminating onchocerciasis in the WHO Region of the Americas: disruption of ivermectin mass drug administration in the Yanomami focus area due to the COVID-19 pandemic”. WHO (2021年10月1日). 2022年7月19日閲覧。
  29. ^ Brazil and Venezuela border is the last place in the Americas with river blindness”. Outbreak News Today (2015年9月29日). 1 October 2015時点のオリジナルよりアーカイブ3 October 2015閲覧。
  30. ^ Onchocerciasis Elimination Program for the Americas (OEPA)”. World Health Organization. 20 September 2015時点のオリジナルよりアーカイブ。3 October 2015閲覧。
  31. ^ a b Sauerbrey, M (September 2008). “The Onchocerciasis Elimination Program for the Americas (OEPA).”. Annals of Tropical Medicine and Parasitology 102 Suppl 1: 25–9. doi:10.1179/136485908x337454. PMID 18718151. 
  32. ^ What does the COVID-19 pandemic mean for the next decade of onchocerciasis control and elimination?”. Oxford University Press (2021年1月29日). 2022年7月17日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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