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イランイランノキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イランイランノキ
1. イランイランノキの花
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : モクレン類 magnoliids
: モクレン目 Magnoliales
: バンレイシ科 Annonaceae
亜科 : Ambavioideae
: Canangeae
: イランイランノキ属 Cananga
: イランイランノキ C. odorata
学名
Cananga odorata
(Lam.) Hook.f. & Thomson[1] (1855)[2]
シノニム
英名
ylang ylang[2], ylang ylang tree[4], cadmia[4], macassar oiltree[4], perfume tree[4], wooly-pine[4]
種内分類群
  • Cananga odorata var. fruticosa (Craib) J.Sinclair (1955)[2]
  • Cananga odorata var. odorata

イランイランノキ学名: Cananga odorata)は、バンレイシ科イランイランノキ属に分類される樹木の1種である。東南アジア原産であるが、世界中の熱帯域で栽培され、香料や材、観賞用に利用されている。特に花から抽出される精油はさまざまな香水に使用され、またアロマテラピーにも用いられている。低木から高木であり、は互生、葉腋から垂れ下がって咲く花は最初は緑色だが黄色くなり、強い匂いを放つ(図1)。

「イランイラン(ylang ylang)」の名はタガログ語で「花の中の花」を意味する alang-ilang に由来し、また属名の Cananga は、インドネシアアンボン島での現地名 kananga に由来する[5][6][4][7]

特徴

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低木から高木、ふつう高さ6–18メートル (m) だが、大きなものは 33 m になる[2][8](下図2a)。樹皮は平滑で明灰色(下図2b)、枝は横に伸び(下図2a)、小枝は褐色で若いときには毛があるが、後に無毛となる[2][4][8][9]

葉は2列互生する[8](下図2c)。葉柄は長さ1–2センチメートル (cm)、狭い溝がある[8]。葉身は狭卵形から長楕円形、9–23 × 4-14 cm、先端は鋭形から鋭尖形、基部は鈍形から切形(つまり次第に狭まるのではなく、急に葉柄につながる)でときに左右非相称、葉脈は羽状で側脈は7–15対、葉質は膜質から薄い紙質、葉脈上に毛がある[2][8](下図2c)。

2a. 全体
2b. 樹皮
2c. 植物画

花序は1個から数個の花からなり、腋生または短い枝の先端につき、花序柄は長さ2-5ミリメートル (mm)、苞は小さく早落性[4][8](下図2d)。花には甘い香りがあり、垂れ下がって咲き、花柄は長さ 1–5 cm、有毛、小苞がある[4][2][8](下図2d)。萼片は3枚、卵形で先端は鋭く尖り、長さ 5–7 mm、軟毛で覆われ、基部で合着、最初はつぼみを囲んでおり、開花時には反り返る[4][8](下図2d)。花弁は6枚、狭披針形で長さ 5-8 cm、幅 0.5-1.8 cm、線状披針形で基部はやや細く、先端は細長く尖り、また不規則に曲がりくねる[4][8](下図2d, e)。最初は緑色であり、次第に黄色に変わり、基部に紫褐色の斑紋がある[2][8]。花の開花後にも花弁が成長し、成長が止まって黄色く萎える頃に匂いが強くなる[7]雄しべは多数、長楕円形で長さ 0.7–2 mm、葯隔先端は円錐状、花の中心にある雌しべを囲んでおり、黄色[4][8](下図2e)。雌しべは10-12個、黄緑色、有柄、長さ約 4 mm、若い時期は有毛で後に無毛、柱頭は棍棒状で互いに密着し、向軸側にU字型の溝がある[4][8](下図2e)。

2d. 花
2e. 花
2f. 果実

1個の雌しべに由来する各果実は球形から楕円形の液果、長径 1.5-2.3 cm、黒色に熟し、長さ 1.5-2 cm の柄をもち、球状にまとまって集合果を形成する[2][4][8](上図2f)。種子は各果実に2-12個、およそ 9 × 6 mm、淡褐色、表面に紋様がある[2][4][8]染色体数は 2n = 16[10]

分布・生態

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インド東南アジアからオーストラリア北部まで自生状態で生育しているが[2][4]、古くから植栽されているため、真の自生地は明らかではない[7]。他にもアフリカ中南米中国南部、ミクロネシアなどで植栽されており、逸出帰化していることもある[2][4]

熱帯の多雨林雨緑林に生育している[4]。先駆種(植生遷移における初期段階に入り込む)としての性質ももち、人家付近や路傍で見られることもある[4]。成長も早く、1年で 2 m 以上伸びることもある[4]

栽培下では、高さ 9–12 m に達するとをつけるようになる[4]。多雨地域では、1年中花・果実をつけるが、乾期がある地域では、季節性を示す[4]中国では、花期は4月から8月、果期は10月から3月である[8]

果実リスコウモリサルに食べられ、種子散布される[4]

人間との関わり

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イランイランノキは、精油や木材の利用のため、また観賞用に世界中の熱帯域で広く植栽されている[4]

精油

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イランイランノキの花から得られる精油(下図3a)は、香料として広く利用されている。シャネルN°5(下図3b)、ゲランのサムサラなどの香水に使用されており[11]、また化粧品石鹸キャンドルなどにも使用される[12]。香りはとても強く、濃厚な甘さと、スパイシーさがある[6][13]。香りの成分構成には変化があるが、一般的にゲルマクレンD(17%)、酢酸ベンジル(12%)、リナロール(9%)、p-クレジルメチルエーテル(8%)、α-ファルネセン(8%)、β-カリオフィレン(5%)、安息香酸メチル(5%)、安息香酸ベンジル(5%)、酢酸ゲラニル(4%)、酢酸シンナミル(4%)、ゲラニオール酢酸リナリルメチルオイゲノールアンスラニル酸メチルネロリドールなどからなる[13][14]。品種ゲニュイナ(f. genuina)から得られたものはイランイラン油(ylang-ylang oil)、品種マクロフィラ(f. macrophylla)から得られたものはカナンガ油(cananga oil)とよばれ、後者の方がエステル類が少なくセスキテルペンが多く、価格が半分以下である[6][13]

花は早朝に摘み取られ、ふつう水蒸気蒸留によって精油が抽出される[13][11][6](下図3c)。長時間かけて蒸留されるが、早く溜出されるものから、エクストラグレード(特級、15%)、ファーストグレード(1級、15%)、セカンドグレード(2級、23%)、サードグレード(3級、47%)に分けられ、またファーストグレード以下はまとめてcompleteとよばれることもある[6][13][14][12]。また0-30分に抽出されるスーパーエクストラ、30–60分に抽出されるエクストラ、1–6時間に抽出されるサードに分けることもある[11]。後溜になるほどセスキテルペン類が多くなり、香気が弱くなる[14][13]。一方、有機溶剤抽出法で得られた精油(アブソリュート)も、ディオールのディオリシモなどに使われている[6]

3a. イランイラン油
3c. ノシ・ベマダガスカル)のイランイラン油抽出用の蒸留器

イランイランノキの精油は、近年ではアロマテラピーでも広く使われている。興奮、陶酔の作用、抗抑鬱作用、催淫作用があるとされる[15][12][5]インドネシアでは、新婚夫婦のベッドの上にイランイランの花を散らす風習がある[5]。科学的にはリラックス作用ではなく刺激作用が確認され、香りの吸引で鬱状態が軽減される可能性がある[16]。強い香りは悪心や頭痛を引き起こす場合がある[要出典]。精油には高い皮膚感作性が認められている[16][17]。化粧品・医学部外品成分の香料の中で、イランイラン油はアレルゲン陽性率が高い[18]

20世紀末頃に生産量が多かった地域は、中国広東省インドネシアコモロフィジーマダガスカルであった[4]

その他

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4. 街路樹として植栽されたイランイランノキ(フィリピン

イランイランノキは木材として利用されることがあるが、耐久性は低い[4]。スラウェシ島では、樹皮がロープとして使用されることがある[4]

イランイランノキは、熱帯域では街路樹や庭木として植栽される[4](図4)。またその生花は、伝統的な儀式や祭り、祝い事での装飾に用いられることがある[4]

おでき、脳痛、下痢、痛風、マラリア、眼病、リウマチの治療、駆風薬、通経薬として利用されることがある[4]

脚注

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出典

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  1. ^ Thomas Thomson (1817-1878) botanist or Carl Gustaf Thomson (1829-1899) entomologist
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p Cananga odorata”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2022年8月20日閲覧。
  3. ^ Phillip Parker King (1791-1856; 探検家) もしくは ジョージ・キング (植物学者) (1840-1909; 植物学者)
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad Cananga odorata”. Invasive Species Compendium. CABI. 2022年8月20日閲覧。
  5. ^ a b c 佐々木薫 (2016). “イランイラン”. きほんのアロマテラピー. 主婦の友社. p. 89. ISBN 9784074168354 
  6. ^ a b c d e f 吉儀英記 (2002). “イランイラン”. 香料入門 : 香りを学びプロを目指すための養成講座. フレグランスジャーナル社. p. 271 
  7. ^ a b c 植田邦彦 (1997). “クロボウモドキ”. 週刊朝日百科 植物の世界 9. pp. 103–107. ISBN 9784023800106 
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o Flora of China Editorial Committee. “Cananga odorata”. Flora of China. Missouri Botanical Garden and Harvard University Herbaria. 2022年8月19日閲覧。
  9. ^ 牧野富太郎 (原著) (2017). 新分類 牧野日本植物図鑑. 北隆館. p. 175. ISBN 978-4832610514 
  10. ^ 植田邦彦 (1989). “Cananga”. In 堀田満ほか. 世界有用植物事典. 平凡社. p. 209. ISBN 9784582115055 
  11. ^ a b c イランイラン”. LIBERTA用語集. 2022年8月20日閲覧。
  12. ^ a b c 津田啓一郎 (2017年3月15日). “イランイラン”. 生活の木ライブラリー. 2022年8月20日閲覧。
  13. ^ a b c d e f 堀内哲嗣郎 (2010). 香り創りをデザインする : 調香の基礎からフレグランスの応用まで. フレグランスジャーナル社. p. 416 
  14. ^ a b c 長島司 (2012). “イランイラン”. ビジュアルガイド精油の化学. フレグランスジャーナル社. p. 89 
  15. ^ クリシー ワイルドウッド 高山林太郎訳 (1996). アロマテラピーの精油でつくる自然香水. フレグランスジャーナル社. ISBN 978-4938344634 
  16. ^ a b マリア・リス・バルチン 田邉和子, 松村康生訳 (2011). アロマセラピーサイエンス. フレグランスジャーナル社. ISBN 978-4894792005 
  17. ^ アロマテラピー検定対策研究会 (2020). “イランイラン”. AROMA教科書アロマテラピー検定1級・2級合格テキスト&問題集第3版. 翔泳社. p. 62. ISBN 9784798164496 
  18. ^ 皆本景子 (2010). “化粧品, 医薬部外品成分中の皮膚感作性物質と接触皮膚炎”. 日本衛生学雑誌 65 (1): 20-29. CRID 1390001206363816704. 

外部リンク

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  • Cananga odorata”. Invasive Species Compendium. CABI. 2022年8月20日閲覧。(英語)
  • Cananga odorata”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2022年8月20日閲覧。(英語)
  • 津田啓一郎 (2017年3月15日). “イランイラン”. 生活の木ライブラリー. 2022年8月20日閲覧。