帆
帆(ほ)とは、風により船の推進力を得るための器具である。ヨットなどの洋装帆船において英語「sail」からきたセイル(セール)またはこれが訛ったスルなどと呼称される。
ほとんどの帆は、帆の張る方向で区別され、横帆と縦帆のいずれかに属する。ヨットなど小型帆船では縦帆のみで構成されるが、遠洋航海を目的とした大型の帆船では横帆を主として縦帆と組み合わされた帆装が施されている。
歴史
帆の起源ははっきりしていないが、人類が船の使用を始めた直後に現れたと言われている。古代エジプト時代の墳墓から出土した花瓶(紀元前4000年頃のものと推定されている)の絵柄に帆をもつ船が描かれていた。初期は、追い風の時のみに使用する補助的な動力源であったが、その後の改良により帆のみで航行可能な帆船があらわれた。
中国では後漢時代の書『釋名(しゃくみょう)』に、織物の帆を使用したと推測される記述があり、また「柱を立つを椳(わい)と曰う。椳は巍(ぎ)なり。巍巍として高きかたちなり」と記されているが、椳とは観音開きの門の回転軸のことで(後述書 p.99)、左右に一軸ずつあった。すなわち門の軸のように船の両舷に一本ずつ柱が立っていたことを表している。これは横帆とみられる(後述書 p.99)。三国時代の『三国志』にも帆走の記述が度々見られる[1]。
和船の帆に関しては、古墳時代には絵で両舷の帆が確認されるが、中世になると、独自の形態=中央に帆柱で四角帆に変化する(詳細は「和船」の帆を参照)。10世紀中頃の『和名類聚抄』巻十一の帆に関する記述には、中国の『釋名』に関する引用が見られるため、早くから古文献的な歴史を認知していたことがわかる。帆布に関しては、江戸時代、正徳2年(1712年)成立の『和漢三才図会』の「帆」によれば、「昔は藁筵を用いたが、近年は木綿織物を用いる」と記載が見られる。
構造
帆は幾つかの支持棒で支えられており、船から垂直方向に帆を支えるための柱をマストと呼ぶ。また帆を水平方向に上方から支える支柱をヤード(Yard)または帆けたと呼ぶ。帆を下から支える支柱をブーム(Boom)と呼ぶ。
帆を張ったり、畳んだり、マスト等に固定する際にはロープが欠かせない。大型のセイルは滑車(プーリー)等を使用して張ることが多い。ロープの結び方としては、帆を張る目的で生み出された様々な方法が存在する。
ヨットでは、後述する縦帆を使用するが、その主帆では、セイルの前辺をラフ(Luff)、セイルの後辺のことをリーチ(Leech)と呼ぶ。
素材
古くは草などを編んだ莚(むしろ)が使われたと考えられるが、その後木綿生地の帆が一般的になった。15世紀に大麻による帆が使われるようになり風雨による劣化に強くなった。これにより長距離の航海が可能になり、大航海時代を支えた要因の1つにも数えられる。さらに17世紀から18世紀には重い大麻布から軽くて耐久性の向上した綿布へ回帰し、帆船の高速化に寄与した。現代の服飾雑貨で使用される帆布は、この木綿生地のことを指す。
日本の和船では、木綿や麻のほかに、わらやイグサ、竹などで編んだ莚も帆の材料として使われている。また古代のポリネシアでは、ラウの葉を筵に編んだラウハラと呼ばれる素材が使用された。
現代ではビニールやプラスチック繊維が一般的である。また競技用はさらなる軽量化や高耐久性を目的としてケブラーなどの先端素材が使われている。化学繊維は紫外線に弱いため長期間の保管ではカバーをかけることが多い。また帆走を主目的としないモーターヨットでは、航行中でも簡単に取り外しができるケースを使用することもある。
力学
帆が風により力を得る原理は、航空機や鳥あるいは風力タービン(風車)といったものの翼と基本的に同じである。風を受けている帆には、気流との相互作用により空気力が働いている。流体力学ではこの力を、流れの向きと垂直な成分の揚力と平行な成分の抗力に分けて扱うことも多い。風をはらんで張り出した帆の断面形(翼型)は適度な曲率を持っており、前縁付近での気流の剥離を抑制しうるため、平板状よりも効率がよい[注 1]。
帆走においては、帆の張りを曲線状のままで安定させることが、うまくスピードを出すための条件となる。風が弱くては帆が上手く張れず、適切な翼型を維持できずにスピードが出ない。一方、風が強すぎても帆がはためいてしまい、好ましい翼型を維持できずにスピードが出ない。
船の進行方向と風上方向との間を成す角度と、理論帆走速度と風速の比を示したものを帆走ポーラー線図(ポーラーダイアグラム)と呼ぶ。この線図はヨットなどの帆船の基本性能を評価するために一般的に用いられるものである。
直感的には完全に追い風の状態、すなわち船の進行方向と風上方向の成す角度が180度に近いほど、推進力が強そうだが、その場合帆の迎角を失速の範囲にする事になり、縦帆をもつヨットなどで実際に最も推進力が強いのは、100度から120度程度の、揚抗比が1を超える方向である。レース用のヨットなどでは、風向や風速の好条件がそろえば風速以上の帆走速度が出る場合もある。
横帆
横帆(おうはん、角帆、square sail)とは、船の中心線と交差する方向に帆を張るものである。西洋帆船ではその形状から角帆とも呼ばれる。いつごろ人類が最初に帆を発明したかは定かではないが、追い風の力を船の動力に得ることを目的としたいわゆる帆掛船が最初で、横帆が最初の帆のスタイルであると推定されている。
横帆は、追い風だけでなく、帆の向きを風の向きに交差する方向に変えることである程度対応できることが経験則から分かってきたようだ。風の方向が一定している遠洋での帆走では、横帆が有利であった。初期のころは、1本のマストに1つの横帆を張っていたが、帆が大きくなるとその扱いは難しくなる。そこで、横帆を複数の帆に分割して張るようになっていく。
一方で、横帆は進行方向前方からの風を受けると、風上側の帆の縁がはためいてしまい、帆の張りを維持するのが難しい。このため横帆による帆走は風上に対しては不向きで、また風の向きが変化しやすい沿岸部の帆走にもあまり向いていない。
以上の特徴により横帆は、大洋航海を目的とした大型帆船の主帆として用いられることが多い。また風の状況や作業性の向上のため、1本のマストに複数の横帆を張る構成がとられるようになっている。
帆船の各帆の名称
大型帆船のシップ帆装においては、最大で30を越える帆が使用され、それぞれに個別名称がつけられている。シップ以外の横帆を備えた大型帆船においても各帆の名称は基本的にこれに倣い、縦帆の帆船においても転用されている例が存在する。
各マストの一番下のものはコースセイルである。後述するが区別するためにマストの名称を用い、例えばメインマスト(図におけるマストD)のコースセイル(図における帆12)であれば「メインセイル」と呼ばれる。その上の帆は、帆が張られたマストの部位を冠して、
- トップセイル(Topsail) - 1枚の場合もあるが、操帆難易度などの問題から2枚に分割して張られる場合もある。
- ローワートップセイル(Lower topsail) - トップマストのうち、下側に張られた帆。図におけるマストDの帆13。
- アッパートップセイル(Upper topsail) - トップマストのうち、上側に張られた帆。図におけるマストDの帆14。
- トガンセイル/トップギャラントセイル(Topgallant sail) - トップセイル同様、2枚張られる場合もある。
- ローワートガンセイル(Lower topgallant sail) - トガンマストのうち、下側に張られた帆。図におけるマストDの帆15。
- アッパートガンセイル(Upper topgallant sail) - トガンマストのうち、上側に張られた帆。図におけるマストDの帆16。
- ロイヤルセイル(Royal sail) - 図におけるマストDの帆17。
- スカイセイル(Skysail) - 図におけるマストDの帆18。
- ムーンセイル(Moonsail)
と呼称する。例えばトップセイルが2枚の場合、メインマストの下から3番目(図における帆14)は「メインアッパートップセイル(Main upper topsail)」となる。
コースセイル
コースセイル(course sail)とは、帆船において各マストの一番下に設置された帆である。大抵は各マストにおいて最も大きい。
名称はマストの名前がそのまま用いられ、メインマストの場合は「メインセイル(mainsail)」、フォアマストの場合は「フォアセイル(foresail)」、ミズンマストの場合は「ミズンセイル(mizzensail)」と呼ばれる。その中でもメインセイルは1隻の帆船の中でも最も大きい帆であり、帆走において最も重要な帆である。
- 「コースセイル」という名称
- 通常は横帆を持つ帆船において用いられる言葉である。縦帆の帆船でもトップセイルを備えるようなガフセイルを持つ帆船でもコースセイルと呼ぶ場合があるが、ラテンセイルやバミューダ帆装の場合はコースセイルとは呼ばない。
- 「メインセイル」という名称
- 横帆やガフセイルに限定されず、バミューダ帆装など縦帆の帆船においても広く用いられる。前述したが、共通して通常メインマストに張られた最も大きい帆を指す。ヨットなど1本マストの小型帆船ではスピンネーカーの方が大きい場合があるが、「メインセイル」という呼称は操作しないエクストラセイルには用いないため、マスト後方の縦帆を指す。
トップセイル
トップセイル(topsail)とは、帆船においてトップマストに設置される帆である。海面近くの風の状況に関わらず、安定した風を得る目的で使用された。
- 横帆の船において
- コースセイルの上、トガンセイルの下に設置される。最古のものはローマ帝国の時代に使用され始め、15世紀にはヨーロッパの広範囲で使用されるようになっていた。元々はメインマスト、フォアマストにのみ小さな帆が設置されていたが、17世紀中頃までに徐々にサイズと重要性が増していった。
- 大きなトップセイルは強風の中での操作が難しく、また危険性を含んでいた。そのためより少ない人員で容易に操帆できるように、19世紀中頃の商船でトップセイルが分割されるようになった。それ以降の大型の帆船では、1枚の場合もあるが多くは2枚に分割して張られる。その場合は下側が「ローワートップセイル(Lower topsail)」、上側が「アッパートップセイル(Upper topsail)」と呼ばれる。
- 縦帆の船において
- ガフセイルの帆船においては、
- ガフセイルの上に設置される三角形の小さな縦帆
- ガフセイルの上に設置される四角形の横帆
- の2種類をトップセイルと呼んだ。1. の場合は通常1枚のみであるが、2. の場合は横帆帆船と同じく2枚に分割される場合がある。カッターボートやスループ、スクーナーなど小型帆船においては1. のタイプのトップセイルが一般的である。大型の帆船では2. のタイプのトップセイルも多く見られ、スクーナーの場合は特にこの形を「トップスルスクーナー」と呼んでいる。
- トップセイルを備える縦帆はガフセイルが最も一般的であるが、ラテンセイルなど他の縦帆でもトップセイルを持つ例ことがある。ただし、近年急激に普及したバミューダ帆装では、帆の形状からトップセイルは設置されない。
トガンセイル/トップギャラントセイル
トガンセイル/トップギャラントセイル(topgallant sail)とは、帆船においてトガンマストに設置される帆である。
横帆の帆船が大型化していく過程で、効率よく風を受けるため帆も大きくなっていき、そのために操帆を容易にするためにトップセイルを分割してトガンセイルが生み出された。その後、同様の理由からトガンセイルも2枚に分割されるようになっていくが、元々トガンセイルはトップセイルより小さいため、比較的分割される頻度は低い。2枚の場合、下側が「ローワートガンセイル(Lower topgallant sail)」、上側が「アッパートガンセイル(Upper topgallant sail)」である。
ロイヤルセイル
ロイヤルセイル(royal sail)とは、帆船においてロイヤルマストに設置される帆である。トガンセイルの上に設置される小さな帆で、当初は「トガンロイヤル(topgallant royal)」と呼ばれていた。16世紀頃に登場して大きな帆船のみで備えられ、弱い順風時に使用される[3]。
スカイセイル
スカイセイル(skysail)とは、帆船においてロイヤルマストの上部に設置される帆である。速度を重視した帆船に用いられた。古くは最上部の帆として定着していたが、時としてより上にムーンセイルが設置される。
ムーンセイル
ムーンセイル(moonsail)とは、帆船においてロイヤルマストのさらに上部に設置される帆である。クリッパーなど特に速度重視で設計された船に使用される、非常に特殊な帆である。
月にも届きそうな高さであることからムーンレイカー(moonraker)とも呼ばれる。通常は他の横帆と同じ台形だが、時として三角形の横帆が置かれる場合もある。そういったものはスカイスクレイパー(skyscraper)と呼ばれる。
スタンセイル
スタンセイル(stunsail、stuns'l)とは、帆の面積を広げる目的で張られる補助的な帆のことである。主に弱い風のときに使用されるエクストラセイルである。スタディングセイル(Studding sail)、スタッドセイル(Studsail)などと呼ばれる。
古くは横帆の大型帆船で用いられ、ヤードを左右に延長する形で設置される。呼称は延長している帆と、船体の左右どちらに設置されるかにより決定される。
近代では縦帆でも使用される例があり、スパンカーの場合はスパーを延長し、リーチを拡張する形で設置される。1950年代にシドニーで小型ボートに用いられたのが最初で、こういったスタンセイルを特に「リングテイル(Ringtail、アライグマ)」と呼ぶ。
バウスプリットセイル
バウスプリットセイル(bowspritsail)とは、バウスプリットに取り付けられる船首の角帆である。上向きに取り付けられたバウスプリットに設置されたスプリットトップマスト(sprit topmast)に張られ、スプリットトップセイル(sprit-topsail)とも呼ばれた。またドイツでは、前方の視界を遮るため「ブラインド(blind)」と呼ばれた。
バウスプリットセイルは特にキャラックで広く使用された。18世紀中ごろ、同じような役割を果たすジブの登場によりバウスプリットセイルは使われなくなっていった。
スピンネーカー
スピンネーカー(スピン、spinnaker)とは、ディンギーやヨットにおいて使用されるエクストラセイルである。ヨットなどで使用される唯一の横帆で、ジブと並んで重要な帆の1種である。
スピンネーカーはマストの上部から船首あるいはバウスプリットに向けて張られる。順風を受けて風下に向かう際に使用され、風を受けて大きく膨らむ姿を凧に例え、スピンネーカーで帆走することを「飛ぶ(flying)」と表現する。
縦帆
縦帆(じゅうはん、fore-and-aft sail)とは、船の中心線に沿った方向に帆を張るものである。横帆に比べて風力を推進力に変換する効率の面では劣る一方、風上方向への推進が行い易く、帆の向きを変えることで船に旋回力を与えることが容易である。一般に1本マストの小型船は縦帆の構成が多い。大型帆船ではシップ帆装の場合は、ジブやスパンカーなどに用いられるが、18世紀頃には、オランダで3本マストすべてに縦帆を用いた大型帆船のスパンカー(スクーナー)と呼ばれるものも存在した。
船の技術史によれば、順風に適した横帆ではなく、マストを軸とする回転の容易な縦帆の登場が、人の海洋進出にとって画期的な発明だったとされる。縦帆の登場は7世紀から8世紀頃、アラブ人が東アフリカからインドにまで航海を行っていたダウ船のラテンセイルだとされるが、ポリネシアに拡散した人々はそれ以前の3500年前ごろから三角形のクラブクロウセイルで定常的な南東貿易風に逆らって進んだという[4]。東インドからインドネシアにもプロアと呼ばれる船が存在し、こちらを起源とする説もある。
ラテンセイル
ラテンセイル(latin-rig、ラティーンセイル、lateen sail)とは、その形状から大三角帆ともいわれ、最も古くから存在する縦帆の一種である。上述の縦帆の長所を持ち、イタリアのジェノヴァやヴェネツィアの船にも広く採用された。大航海時代の大型帆船には最後尾のマストにラテンセイルを張り、船の操作にたいし舵の機能を果たすようになった。風をはらんで翼の形となった三角帆の向きを変えれば逆風でもジグザグ前進できるのが特徴である一方、帆を張り出す面を変えるとき帆の向きを変えるための作業が発生することが欠点である。特に帆を大型化するとこの作業は困難を極めるようになった。後にマスト前方部分は存在しなくても問題がないことが分かり、風上側の縁を極端に短くしたラグセイル、なくしてしまったガフセイルが現れた。
7〜8世紀に縦帆の中で最初にアラブ人が発明し、季節風を駆使して交易に乗り出した結果、海のシルクロードが形成されたとされる。12世紀頃にはヨーロッパに伝わり地中海沿岸に広く普及したと推定される。大航海時代に東洋に伝わり、ジャンク船にも取り入れられ、日本でも安土桃山時代から江戸時代初頭の朱印船にラテンセイルを持つものが現れている。現在においても、紅海から東アフリカ沿岸のザンジバル島にかけてなどでは、ラテンセイルをもつダウ船が実用として使用されている。
ラグセイル
ラグセイル(lug sail)とは、ラテンセイルの前部を切り落としたような形状の縦帆である。一見横帆のようでもあるが、形状は上端よりも下端の方が長い不等四辺形であり、マストがヤードに対して極端に前寄りに固定されている点が横帆と大きく異なり、機能的にはラテンセイルと同等である。
イギリス沿岸などの北ヨーロッパの小型船に用いられた帆装である。スクーナーでこの帆が多く見られ、1823年に進水したフランスのトップスルスクーナーLa toulonnaiseもラグセイルが使用していた。その他フィフィーなどを含むラグセイルを備えた小型船を、ラガー(lugger)とも呼ぶことがある。
ガフセイル
ガフセイル(gaff sail)とは、ラテンセイルの前方部分を全て切り落とした形状の縦帆である。マスト上方に船尾方向に向かって「ガフ」と呼ばれる支柱を配し、帆の上端を固定している。ラグセイルと比較して機構が簡単で操作しやすいため、縦帆の代表格とされスループ、ケッチ、ヨールなどに一般的に広く使用されていたが、近年ではその座をバミューダ帆装に譲る形となっている。
18世紀のイギリス海軍で、横帆のみを持つ帆船の横帆の後方に小さなガフセイルが備えられた。これをドライバー(driver)と呼ぶ。1811年に描かれたフランスの戦列艦Le Wagramの絵にもドライバーと思われるものが描かれているとされる。
ドライバーが進化したものとして、操作性を高める目的でブリッグやシップなど横帆のみを持つ帆装において、横帆の後方にドライバーより大きなガフセイルが張られる場合がある。そういったガフセイルをスパンカー(spanker)と呼ぶ。まれにスパンカーを複数持つ場合があるが、上を「アッパースパンカー(Upper spanker)」、下を「ローワースパンカー(Lower spanker)」と呼んで区別する。
スプリットセイル
スプリットセイル(split sail)とは、不等四辺形の対角線に沿って支柱を持つ形式の縦帆である。ほぼガフセイルと同じであるが、帆を支える支柱がマストの根元から斜め上方に突き出て支持する形になっている。この支柱自体を「スプリット」と呼ぶ。スプリットセイルの技術は16世紀のオランダでガフセイルから派生して生まれたが、歴史的に見ると紀元前2世紀に最初の縦帆として登場している[5]。
帆はスプリットの上端に固定されており、通常下側にブームは持たない。ブームを持たないという特徴は、甲板における貨物の運搬を容易にし、港や運河など十分な広さのない場所での省スペースでの運用や停泊を可能とした。スプリットをマストに束ねることで省スペースの帆の収納を可能としたが、それは同時に必要なときに帆で甲板を覆えないことを意味した。
次第にスプリットは廃止され、後マストから前マストに張られたロープにステイセイルを備えるようになっていく。
バミューダ帆装
バミューダ帆装(bermuda rig)とは、17世紀にバミューダ諸島で生み出された縦帆の形式。グリエルモ・マルコーニが開発した初期のラジオアンテナと見た目が似かよっていたため、マルコーニ帆装(marconi rig)とも呼ばれる。
ガフセイルでは帆は上側に設置された支柱に固定されたのに対し、バミューダ帆装では下側に設置したブームに固定される。下側が固定されていることによりガフセイルと比較して操帆が容易であり、急速に普及し現代では最も一般的な縦帆となっている。登場した初期のものはブームを用いず、甲板に直接設置されていた。
バミューダ帆装はしばしばジブとセットで用いられ、特に近代のヨットでは最も一般的な帆となっている。
ステイセイル
ステイセイル(stay sail)とは、18世紀に使われるようになったマストの間に斜めに張られたロープに置かれた三角形の帆である。マストから1つ前のマスト、あるいはバウスプリットへ向かって張られる。フォアマストからバウスプリットに張られるものを特にジブ(Jib)と呼ぶ。マストが1本の場合はステイセイルとは呼ばず、全てをジブセイルと呼ぶ。近代のヨットにおいてはスピンネーカーと並んで重要な帆の1種である。
ステイセイルやジブは1つのマストから1枚のみとは限らず、複数張られる場合も存在する。ジブは3枚持つのが最も一般的な構成である。上から順に、
- ジブトップセイル(Jib topsail)
- ジブ(jib)
- ステイセイル(Staysail)
と呼ばれる。より大型の帆船では最大4枚のジブを備えるのが一般的である。そういった帆船ではフォアマスト以外にも多くのステイセイルを備えるため、ジブに単なる「ステイセイル」という名称は用いない。その場合は上から順に、
- フライングジブ(Flying jib)
- アウタージブ(Outer jib)
- インナージブ(Inner jib)
- フォア(トップ)ステイセイル(Fore(top)staysail) - 後述する「フォア(トップ)マストに備えたステイセイル」という意味の系統的な名称。
と呼ばれる。
ジブ以外のステイセイルは、ステイセイルが張られるマストの部位の名称を使用して系統的に呼ばれる。例えばメイントップマストから前方に張られるステイセイルは「メイントップステイセイル(Main top staysail)」である。また、同じ部位から2枚張られる場合は「ローワー」「アッパー」を付けてこれを区別し、例えばメイントップマストから2枚張られるのであれば、上のものは「メインアッパートップステイセイル(Main upper top staysail)」と呼ばれる。
ジャンク帆
ジャンク帆(Junk rig)とは、ラグセイルの一種で[6]主に中国など東洋で使用されたジャンク船に用いられた縦帆である。
中国独自の発明と考えられており、ラテンセイルと並び最も古くからの縦帆と考えられている。ジャンク帆の大きな特徴は、帆をバテン(バッテン)と呼ばれる多数の竹などでできている骨組みで支えていることである。緊急時にもブラインドのように簡単に巻き上げることができ[6]、風に関係なく帆の形を維持でき安定した揚力を発生させることができた。
ジャンク帆(ジャンク船)は、古くから存在したが、機能的に成熟したのは宋の時代ともいわれている。マルコ・ポーロの『東方見聞録』でヨーロッパに紹介され、大航海時代に入って実際にジャンク船を目にしたヨーロッパ人は、その操作性の高さに大きな衝撃を受けたといわれている。
クラブクロウセイル
クラブクロウセイル(crab claw sail)あるいはオセアニックラテン(Oceanic lateen)またはオセアニックスプリット(Oceanic sprit)とは、古代からオセアニアで広く用いられていた縦帆に類する帆である。帆の形状は二等辺三角形で、カニの爪のような形をしている為に「クラブクロウ」と呼ばれる。
クラブクロウセイルは単体の他の単純な帆より優れた特徴を持つ帆であり、近年の実験の結果風上への航走能力ではラテンセイルよりも優れていることがわかっている。
その他帆の呼称
エクストラセイル
エクストラセイル(extra sail)とは、帆走する際に操帆しない帆を指す。最も一般的なものはスピンネーカーで、その他にスタンセイル、現代のスパンカーセイル、ステイセイルやトップセイルなども含まれる。
ヨットレースでは、エクストラセイルが許可されているかどうかに応じて、多くの場合で部門分けされている。エクストラセイルが許可されていないレースやクラスは、non-spinnaker あるいは no flying sails 等とも呼ばれている。
トライセイル
トライセイル(trysail)とは、嵐の際に風に対抗するためにフォアマストとメインマストの後ろに設置される帆のことである。
帆の運用
帆を張る作業を展帆作業、畳む作業を畳帆作業という[7]。帆船が着岸した状態ですべての帆を張る訓練を、総帆展帆(そうはんてんぱん)あるいはセイルドリル(sail drill)といい、イベント(寄港記念など)で実施されることもある[7]。
特殊な帆
船に大型の蛇の目傘を取り付けて帆として使用する帆傘船が高知県の浦戸湾などにみられた[8]。帆傘船の傘は竹先に取り付け、傘の向きや傾きを調節して操船するもので日除けにもなった[8]。
帆の文化
- 日本では帆の家紋が複数あり、「一つ帆巴」、「二つ帆の丸」、「三つ帆の丸」、「変わり三つ帆の丸」、「四つ帆の丸」、「五つ帆の丸」、「三つ割りの帆」、「糸輪に三つ重帆」、「糸輪に真向き帆」、「抱き帆」、「浪に三つ帆」、「浮線帆」、「六角帆」、「石持ち地抜きの真向き帆」、「霞に帆」、「水に帆」、「浪の丸真向き帆」、「帆の丸に剣片喰」、「三つ寄せ帆」、「追い掛けの帆菱」、「丸に一つ帆」、「変わり帆丸」、「細輪に四つ帆」、「松葉菱に覗き帆」、「尻合わせ三つ帆」、「陰三つ帆の丸」、「二つ帆菱」、「陰二つ帆の丸」がある[9]。
- 帆に関することわざが散見し、「得手に帆を揚げる」は江戸いろは[要曖昧さ回避]かるたの「え」の「得手に帆を揚ぐ」として採用されている。
脚注
注釈
出典
- ^ 『大王の棺を運ぶ実験航海 -研究編-』 石棺文化研究会 2007年 第三章 阿南亨 p.99.
- ^ 例えば河内微小流動プロジェクト[リンク切れ]を参照。
- ^ Dean King, A Sea of Words: A Lexicon and Companion to the Complete Seafaring Tales of Patrick O'Brian, 3rd ed. (New York: Henry Holt, 2000)
- ^ 国立民族学博物館『旅 いろいろ地球人』(淡交社、2009年)[要ページ番号]
- ^ Casson, Lionel (1995): "Ships and Seamanship in the Ancient World", Johns Hopkins University Press, ISBN 978-0-8018-5130-8, pp. 243–245.
- ^ a b ブライアン・レイヴァリ著、増田義郎、武井摩利訳『船の歴史文化図鑑:船と航海の世界史』悠書館、2007年。ISBN 9784903487021、pp.62-65.
- ^ a b “やわたはま広報 2016年11月号 Vol.140”. 八幡浜市. p. 4 (2016年1月1日). 2021年9月18日閲覧。
- ^ a b “高知県立歴史民俗資料館だより 岡豊風日 第79号”. 高知県立歴史民俗資料館 (2012年7月1日). 2021年9月18日閲覧。
- ^ 古沢恒敏編 『正しい家紋帖』 金園社 1995年 pp.36 - 37.帆単体の紋が多く、帆船の紋は3つ。
参考文献
- 吉田文二 『船の科学』 講談社ブルーバックス、1976年、p.299、ISBN 4061178946
- 小笠英志 『4次元以上の空間が見える』 ベレ出版 ISBN 978-4860641184 のPP.242-248に、帆船が風上の方へ進むことができることを感覚的に納得できる説明が載っている。この説明は手軽な実験で確かめられる。その実験も載っている。