辰己 茜(たつみ あかね、旧姓 : 石井(いしい)、1982年8月2日 - )は、関西棋院所属の囲碁女流棋士埼玉県出身。

 辰己茜 
ワールド碁フェスティバルの公開対局にて聞き手を務める辰己茜(2019年6月)
名前 辰己茜
旧姓 石井茜
生年月日 (1982-08-02) 1982年8月2日(42歳)
プロ入り年 2007年
出身地 埼玉県
所属 関西棋院
概要
戦績
女流名人 リーグ入り (2016)
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略歴

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囲碁愛好家で高校教師の父に教えられ、物心がつく前から囲碁を始める[1][2]。父は、その後2002年より囲碁教室を経営している[3]。小学2年生から緑星囲碁学園に通い、実力をつける。

1993年、上尾市立中央小学校5年で第14回全国少年少女囲碁大会4位入賞。翌1994年、6年生で出場した第15回全国少年少女囲碁大会では決勝戦で大橋拓文を下し優勝。初の女子の優勝者となる(2018年現在、小学校の部の女子の優勝は、辰己と万波佳奈(1995年)・向井千瑛(1999年)・加藤千笑(2013年)の4名のみ)。

1996年上尾市立東中学校1年時に出場した第16回全国少年少女囲碁大会では山森忠直に敗れ、5位に入賞。その後日本棋院院生となる。

1997年棋士採用試験で本戦には残るも、最下位に終わる[4]

1998年、棋士採用試験では、予選落ちに終わる[5]。女流棋士採用試験で甲田明子富紅梅らに次ぐ4位で入段ならず[6]

1999年、棋士採用試験では、本戦17位に終わる[7]。女流棋士採用試験で万波佳奈・渋澤真知子の次点の3位で入段できず[8]

2000年、棋士採用試験では、山田晋次上田崇史竹清勇の次点の4位に終わる[9]。女流棋士採用試験では3位に終わり、入段できず[10]。17歳の院生年齢制限で退会し、囲碁から遠ざかる。

2002年日本大学芸術学部美術学科に入学し、第1回全日本学生囲碁王座戦に出場し3位となる[11]

2003年、前述学生王座戦並びに世界学生王座戦に出場により、再度囲碁界へ戻り女流棋士採用試験を受けるも、入段した向井千瑛・奥田あやに次ぐ3位で入段ならず[12]

2004年、冬季棋士採用試験に臨み、外来予選は突破するものの合同予選で敗退し、本戦に残れず[13]。女流棋士採用試験では、向井芳織の次点である2位に終わる[14]

2005年全日本女流アマ囲碁選手権で優勝。朝日アマ囲碁十傑戦で8位に入賞し、女流棋士採用試験に臨むも、3位に終わる[15]

2006年、女流棋士採用試験に臨むも、4位に終わる[16]

2007年3月、全日本女流アマ囲碁選手権で再度優勝。6月、関西棋院の棋士と試験対局を2局打ち、宮本直毅に負・星川愛生に勝の内容が認められて、プロ入りが決まり8月1日付で初段となる。日本棋院の棋士採用試験で1回・女流棋士採用試験で3回の次点に終わるなど、日本棋院でのプロ入りは成らなかったが、関西棋院でプロ入りを果たした。入段後1年間は女流棋戦のみに参加棋戦を絞られていたが、その間の成績を認められて全棋戦の出場を解禁される。

2008年、第12期女流棋聖戦本戦入り、関西棋院新人賞を獲得。関西棋院第一位決定戦で横田茂昭九段を下しベスト8入りを果たす。2009年女流本因坊戦本戦初出場、挑戦者決定戦に進出などの活躍をしている。

2010年9月23日、囲碁界とは無縁の男性と結婚。結婚後も棋士名は変更しない旨を書いている[17]2011年1月に結婚式を挙行[18]

2011年8月11日、第30期女流本因坊戦挑戦者決定戦に進出。

2012年、第16期女流棋聖戦挑戦者決定戦進出。

2013年、第17期女流棋聖戦挑戦者決定戦進出。

2014年、3年連続女流名人戦リーグ入り(前期陥落も即復帰)。11月、長男を出産し、1か月半後に復帰した[19][20]

2019年4月、結婚後も旧姓のまま活動していたが、棋士としての登録名を本名の辰己茜に改名。

人物

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  • 2歳上の姉もアマチュア強豪で、囲碁棋士の仲邑信也の妻。辰己茜から見ると、信也は義理の兄、仲邑菫は姉の長女で姪にあたる[21]
  • 日本大学芸術学部では油絵に専念したが、2年間で中退。囲碁界に復帰し、プロ入りを果たした[22]
  • 趣味はテニスボウリング[22]

棋歴

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良績

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昇段履歴

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脚注

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  1. ^ ここに人あり 石井 茜さん (PDF) あぴお(上尾商工会議所情報紙)vol. 50(2007.5.1発行)
  2. ^ 帰省してきました。”. あかねん日記 (2011年7月28日). 2019年4月4日閲覧。
  3. ^ ソフィア囲碁研究会[リンク切れ]
  4. ^ 平成10年度棋士採用試験(東京)一般の部本選[リンク切れ]
  5. ^ 平成11年度棋士採用試験(東京) 一般の部 予選[リンク切れ]
  6. ^ 平成11年度棋士採用試験 女流特別採用の部 本戦[リンク切れ]
  7. ^ 平成12年度棋士採用試験(東京) 一般の部 本戦[リンク切れ]
  8. ^ 平成12年度棋士採用試験 女流特別採用の部 本戦[リンク切れ]
  9. ^ 平成13年度棋士採用試験(東京) 一般の部 本戦[リンク切れ]
  10. ^ 平成13年度棋士採用試験 女流特別採用の部 本戦[リンク切れ]
  11. ^ 日経net 2002年12月24日[リンク切れ]日経net 2003年1月7日[リンク切れ]
  12. ^ 平成16年度女流棋士(特別)採用試験本戦”. 日本棋院のアーカイブ. 2019年4月4日閲覧。
  13. ^ 平成17年度冬季棋士採用試験合同予選”. 日本棋院のアーカイブ. 2019年4月4日閲覧。
  14. ^ 平成17年度女流棋士(特別)採用試験本戦”. 日本棋院のアーカイブ. 2019年4月4日閲覧。
  15. ^ 平成18年度女流棋士(特別)採用試験本戦”. 日本棋院のアーカイブ. 2019年4月4日閲覧。
  16. ^ 平成19年度女流棋士(特別)採用試験本戦”. 日本棋院のアーカイブ. 2019年4月4日閲覧。
  17. ^ ご報告”. あかねん日記 (2010年9月25日). 2019年4月4日閲覧。
  18. ^ 結婚式”. あかねん日記 (2011年3月26日). 2019年4月4日閲覧。
  19. ^ 産まれました”. あかねん日記 (2014年12月6日). 2019年4月4日閲覧。
  20. ^ 勝負師とママ両立支援!競艇・将棋で産休ルール見直し…復帰へ環境整備、なり手確保”. 産経WEST. 2019年4月4日閲覧。
  21. ^ 天才囲碁少女の仲邑菫さん 義務教育優先主義は「雑音」か”. NEWSポストセブン. 2019年4月4日閲覧。
  22. ^ a b 上達への指南 石井茜初段の「9子局のボウシ対策」(4) 広い方から中央めざす(寄稿連載)”. 読売新聞オンライン (2010年8月27日). 2019年4月4日閲覧。

外部リンク

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