田隅本生
来歴
編集1934年(昭和9年)7月7日、兵庫県に生まれる[1]。1947年(昭和22年)4月、西宮市立甲東小学校卒業、西宮市立甲東中学校(3年後に甲稜中学校と改称して移転)入学[2]。1950年(昭和25年)4月、灘高等学校入学[2]。父親の転勤にともない、1951年(昭和26年)9月、都立戸山高等学校編入学[2]。その後、2つの大学を中退して京都大学理学部に入学[2]。1959年(昭和34年)、京都大学理学部動物学科卒業[1](在学中、専攻を地質学から動物学に変える[2])。1962年(昭和37年)、京都大学大学院理学研究科博士課程動物学専攻中途退学[1]。1968年(昭和43年)、東北大学医学博士[1](「Studies on the blood vascular system and its development in the rat teeth(シロネズミの歯の血管系とその発達に関する研究) 」)
1962年(昭和37年)東京医科歯科大学歯学部解剖学教室助手[1]、1967年(昭和42年)東北大学歯学部助教授[1]、1968年(昭和43年)日本モンキーセンター研究員[1]を経て、1971年(昭和46年)京都大学理学部助教授[1]。1995年(平成7年)京都大学理学研究科助教授辞職[1]。
2006年(平成18年)3月、食道がんの診断を受ける[2]。2012年(平成24年)5月21日、食道がんにて逝去[2]。享年72歳。
理学分野において、翻訳出版は主要な業績とは見なされない中、多くの訳書を残した[2]。
著書・訳書
編集(訳者名「櫻町翠軒」はペンネームである[2])
論文
編集- 国立情報学研究所収録論文 国立情報学研究所
- 田隅本生 (1980). “哺乳類研究グループの25年—未来のための回顧—”. 哺乳類科学 (日本哺乳類学会) 20 (1): 25-42. doi:10.11238/mammalianscience.20.1_25. ISSN 1881-526X.