諸葛 信澄(もろくず のぶずみ、1849年10月21日(嘉永2年9月6日) - 1880年(明治13年)12月21日)は、明治時代の日本の教育者。通称・一郎、字は子常、号は秋芳。 官立東京師範学校(筑波大学の前身の一つ)および官立の校長を務めた。