西虢(せいかく)は、姫姓の周朝諸侯国、始封の君は季歴の三男で、周の文王の同母弟の虢叔。周の文王の異母弟の虢仲が封ざれた東虢と区別するために、西虢と呼ばれた。西虢は周代の重要な封国で歴代君主は周天子の手下として重要な役割を果たした。 西虢は紀元前1046年に成立した。殷を滅ぼした周の武王が父の文王の土地を2人の叔父に封地として与えた。虢仲に与えられた制の地が東虢、虢叔に与えられた雍の地が西虢として知られるようになった。西虢の公は周の朝廷で要職を歴任した。