段楊爾(だんように、生没年不詳)は、継体天皇の在位中である513年に朝鮮半島の百済から来日したとされる、文献に最初にあらわれる古墳時代後期の五経博士である。中国系の姓名であるため、百済に帰化していた中国人とみられるが、末松保和などの研究によると、中国南朝の梁の文化人であり、百済に帰化していた。