松浦 董子(まつら ただこ / しげこ、1908年(明治41年)7月12日 - 1989年(平成元年)1月22日)は、日本の旧華族。父は旧平戸藩第12代藩主松浦詮伯爵の次男で分家の松浦靖(まつら はかる)子爵、陸軍中佐で大正天皇の侍従を務めた人物。母は久我通久侯爵の次女・節子(さだこ)。戦後凋落しながらも自尊心を守り続けたことで知られ、その生き方は死とともにマスコミで大きく取りあげられた。