赤ん坊・幼児が泣くの表現・描写

......だった。車内に反響するくらいの声で、周囲の乗客も顔をしかめている。神経に障る泣き声ではあったが、誰も怒るわけにいかない。やりどころのない苛立ちが、列車内に漂う。「赤ん坊の泣き方ってすごいね」成瀬の顔を見た。「あの泣き声で、車内吊り広告が剥がれそうだ」「アピールだ」「アピール？」「赤ん坊が泣くのは、自分がそこにいるのを認めてほしいからだ。アピールしているんだよ。人の赤ん坊は親の助けなしでは生きられないからな」......

......それくらい真剣に顔を寄せ合っていた。母親たちの話があまりにも乱暴なものだから、それであの赤ん坊は泣き出したのかもしれない。　泣き声はわんわんと響いている。「あの泣き方は警報装置のようで気になるな」響野が言う。　ベンチを取り囲む主婦たちは、大きな口を開けて喋っていた。母親が必死にあやしてはいるものの、泣き止む気配はなかった。母親がほとほと疲れ......

......いに、この老人を捕えたのを知った。しかし彼の微笑の意味はたれも知っているものがない。 　猪熊（いのくま）の爺（おじ）は、寝たまま、おもむろに手をのべて、そっと赤ん坊の指に触れた。と、赤ん坊は、針にでも刺されたように、たちまちいたいたしい泣き声を上げる。平六は、彼をしかろうとして、そうしてまた、やめた。老人の顔が――血のけを失った、この酒肥（さかぶと）りの老人の顔が、その時ばかりは、平生とちがった、犯しがたいいかめしさに、......

......は、夜叉権という名を欺（あざむ）かない、無情な眼を角ばらして振り向いた。 「――さッ、持ってゆけ！」 　ごろん、と因果な肉塊は、うしろに立っていた雲霧の足元へ、抛り出された。ひッ――と泣いていたのが、途端に、黙って、裂けた笛みたいに、ぴくともしなかった。 　はッ――と雲霧は足を竦（すく）めた。脛（すね）から背へ、冷たいものが、さっと這いのぼった。それは、全身を憤怒の火にして、ぶるッと、彼の本性が、その唇をつよく噛んだと思うと、 「......

......調ではなく、元気のいい男の声。それに交じって、嬰児（あかご）の泣き声が、近づいてくる。 「来たそうな」 　女房は、土間を抜けて、裏へ駈け出した。乳ぶさをひろげて、待ちながら、 「おうおう泣いて。――飢（ひも）じゅうなったか」 　と、いった。裏口から、入って来た男は、 「やれ、今日は、弱らせられた。――この、泣き虫め」 　と、台所の縁へ、菅笠を抛（ほう）り出した。笠には、一目につくように、 　みやこ......

......いしていると、凸坊が驚いて、玩具（おもちゃ）をほおり出して一緒に泣き出してしまった。 「オイ！　凸坊！　おばちゃんに負けないでもっともっと大きい声で泣け、遠慮なんかしないで、汽笛の様な大きな声で泣くんだよ。」 　恭ちゃんが凸坊の頭を優しく叩くと、まるで町を吹き流してくるじんたのクラリオネットみたいに、凸坊は節をつけて大声をあげて泣いた。私の胸にはおかしく温か......

......アラ」勲を無視して、まどかは雪見に甘える。「もうすぐご飯でしょ！　コアラ食べたらご飯食べられないでしょ！」　ちょっと度が過ぎるくらいにきつい口調でたしなめられ、まどかは弾けた泣き声を上げた。「食べるのおっ！」ヒステリックな金切り声で叫ぶ。「少しだけやればいいじゃないか」　勲が口を挿むと、雪見は言いかけた何かを呑み込んだ。「もう……チョコレートは駄目......

......いたし、ご機嫌斜めの理由も考え詰めてみれば思い当たる節があるものだった。　しかし、ここ最近は、まったくどうしていいか分からない制御不能の状態が何度あったことか。一方的にフルボリュームで泣き喚かれ、コミュニケーションが一切通じない。怒るも駄目、なだめるも駄目、触るも駄目、離れるも駄目。今までの経験や理解を超える別人まどかを相手にして、こちらはただ途方に暮れるしかないのだ。　昼近くに起きてか......

......よ！」「武内さん！」「奥さん！」「帰る！　帰る！　帰る！」　そう叫んだまどかに、次の瞬間、武内が手元のバウムクーヘンを鷲掴みにして思い切り投げつけた。　まどかがけたたましく泣き出した。「何すんだっ!?」　俊郎が立ち上がった。尋恵もとっさにまどかを抱き寄せた。「はっ！　私が悪いんですか!?」　武内は興奮したように視線を左右にさまよわせ、鼻息を荒......

......なずいた。二人とも半袖のワイシャツ姿で、腕にスーツの上着を掛けている。「新幹線も混んでいて閉口したな」　夏休みのせいで指定席が取れず、ずっと立ち通しで来たのだ。自由席に陣取った若い母親に抱かれた赤ん坊が泣き通しだったことも、疲労感を倍加させていた。「ともかく、急ごう」　富田は吉岡とともにタクシー乗り場へ向かった。昨日の晩、敦子には電話を入れてあった。彼女は結婚して、谷口という姓に変わっていた。自宅は市内の......

......のわたしに救いを求めるように振り向いた。誰もいないことに気づいて、自分が取り残されたことに気づいて、彼女はスイッチがパチンと切り換わるように明確に泣き始めた。　身体のどこかが破れてしまいそうなくらいの乱暴な泣き声は、わたしの〝残酷な気持ち〟を満足させてくれた。もっともっと泣いてほしいと、際限なく願った。今日のように、その泣き声を抱き締めて癒してあげる人が誰もいないなら、......

......んで泣いていた。　わたしが扉の陰から出てくると、彼女は一段と声を大きくして、バターのような太腿を震わせながら、わたしの身体に飛びついてきた。しっかりと力を込めて抱き上げてやると、泣き声は、どうして自分を一人にしたんだという怒りの気持ちを含んだ叫び声に変わった。そして、涙と鼻水で潤んだ頬を胸にこすりつけてきた。あの、赤ん坊だけが持つ不思議な香りが胸にしみ込んだ。　小さな子供は泣く時いつでも、誰かの胸に飛び込んでくる。広......

......で厶いますわ」看護婦は謙作の言葉を非難するように云った。　赤児は指でも触れたら、一緒に皮がむけて来そうな唇を一種の鋭敏さをもって動かしていたが、それを開けると、急に顔中を皺にして泣き出した。　直子は首だけそっちへ向け、手を差し延べて、産着のふくれ上った肩を指で押し下げるようにして見ていた。その眼がいかにも穏やかで、そしてそれはいかにも、もう母親だっ......

......いた。「ちょっと背中の方を出して下さい」　看護婦は袖の肩から赤児のいやに力を入れて屈げている小さな手を一つずつ出して、裸の赤児を医者の方に背中を向け、横にした。赤児は両手を担ぎ、両足を縮めて、力一杯に無闇と泣いた。腹を波打たせながら泣く、その声が謙作には胸にこたえた。直子は怒ったような妙に可愛い眼をして黙ってそれらを見ていた。　医者は叮嚀に背中を調べた。そして尻から一寸ばかり上に母指の腹程の赤い所を見附けると、尚注意深くそこ......

......オイ、どうしたらいいか──どうすればいいのか」余り烈しく泣かれる時に謙作は思わず、こんな独りごとを云う。こう云う場合の癖だった。が、実際どうしようもなかった。　赤児の声は段々に嗄れて来た。到頭仕舞いに顔ばかり泣いていて、声は出なくなった。これは赤児には苦痛の表明の二つを一つにされたようなもので、不憫な事だった。が、まわりの者には絶えざる刺激の泣声が聴えなくなっただけでも幾らか助かった。　直子の乳......