病室に入ったのは僕だけだった。白い壁の部屋がいっそう真っ白に見えた。白紙に戻す、の「白紙」にふさわしい白さだった。
......。「それも、後悔しているよ。逃げなければ良かった、って」 祖母が死んだ時の病院を思い出す。駆けつけた時には、もう死んでいた。静香は病院の駐車場で待っていたので、病室に入ったのは僕だけだった。白い壁の部屋がいっそう真っ白に見えた。白紙に戻す、の「白紙」にふさわしい白さだった。祖母と最後に会話ができなかったことが、残念だった。「お祖母様は最期にこんなことを言ったのですよ」とその言葉を伝えてきた看護婦は、どことなく不思議そうな顔をしてい......
飾りけも何もない板張りの病室
......げとげしくなっていた。で、葉子は後ろを振り向きもせずに、箸の先につけた脱脂綿を氷水の中に浸しては、貞世の口をぬぐっていた。 こうやってもののやや二十分が過ぎた。飾りけも何もない板張りの病室にはだんだん夕暮れの色が催して来た。五月雨はじめじめと小休みなく戸外では降りつづいていた。「おねえ様なおしてちょうだいよう」とか「苦しい……苦しいからお薬をくだ......
有島武郎 / 或る女(後編) 青空文庫関連カテ病室
ベッドの下にジャッキがついていて、ちょうど腰のあたりで曲がり、上半身が寝たまま30度の角度まで起こせる。
桑木はその暗い部屋から出て本館二階の普通病室に移された。個室だったが窓から溢れている外光が眼に痛かった。その窓枠の下には届けられた花がいくつもならんでいた。知り合いの人たちの見舞だが、赤い、華やかな色はこれまでの灰色の壁だけの部屋とは別世界だった。桑木は地獄から帰還したような心持になった。
......うであった。彼は陰気な、暗い重症患者室に横たわってはいたが、心は早くも画室にあった。それから、写生のために車を走らせている運転台の自分の姿も浮んだ。 四日後に、桑木はその暗い部屋から出て本館二階の普通病室に移された。個室だったが窓から溢れている外光が眼に痛かった。その窓枠の下には届けられた花がいくつもならんでいた。知り合いの人たちの見舞だが、赤い、華やかな色はこれまでの灰色の壁だけの部屋とは別世界だった。桑木は地獄から帰還したような心持になった。 孝子は花を届けてくれた人たちの名前を云った。「これ、高岡さんからよ」 彼女はカトレヤとカーネーションのまじっている花束を指して云った。花瓶が足りないので病院か......
(伸子の父の病の、)恐ろしい時は過ぎ去った。いろいろな人々が彼の寝台の周囲に出入りしはじめた。笑声もした。茶器が運び込まれる。伸子は、最も恐怖や不安や必要に満ちていた時は自分達から遠のき、鳴りを鎮めていた世間が、再びさり気なく姿を現したのを見る、一種の清新さと皮肉とを、日常生活の復帰から感じた。
......々まだ劇しい頭痛が再発したりした。佐々は、初めての日こそ勇み立って次の間まで出て来たが、翌日から、洗面所へ立つだけでやはり終日臥床していた。しかし、いずれにせよ恐ろしい時は過ぎ去った。いろいろな人々が彼の寝台の周囲に出入りしはじめた。笑声もした。茶器が運び込まれる。伸子は、最も恐怖や不安や必要に満ちていた時は自分達から遠のき、鳴りを鎮めていた世間が、再びさり気なく姿を現したのを見る、一種の清新さと皮肉とを、日常生活の復帰から感じた。 このごろ、朝の寒さはなかなか厳しい。伸子は気疲れが出た故か、毎朝床離れが辛かった。十分眠った筈なのに、目が醒めても筋肉が弛緩しているのを感じ、背中がベッドに貼......
点滴のしずくの音が聞こえそうなくらい静かな午後だ。
......ドをなでている。弟は腰の後ろに羽まくらをあてて上半身を起こし、わたしに横顔を見せている。わたしは、ベッドの脇のソファーにゆったりと腰掛けて、弟の横顔を見ている。点滴のしずくの音が聞こえそうなくらい静かな午後だ。そして病室は、すべてがきちんと清潔に保たれている。床やユニットバスのホーローは丁寧に磨き込んであるし、シーツには程よく糊がきいて染み一つない。わたしたちは、いろ......
(病室の)部屋の角には金庫のような冷蔵庫があった。
......あるような感じがした。 入口の左手はユニットバス、右手は小さなガスレンジと流し台になっていた。窓際にはシンプルな形の布張りのソファー、枕元には木製の丸テーブル、部屋の角には金庫のような冷蔵庫があった。どれもみんな無駄のないさっぱりとしたデザインだったが、クールというほどでもなかった。それはきっとすべてが新品というわけでもなく、きちんと使い込まれてまた同じよう......
小川洋子 / 完璧な病室「完璧な病室 (中公文庫)」に収録 amazon関連カテ冷蔵庫病室
(広めの個室の病室)部屋の中は、トイレもお風呂もついていて、簡単なソファセットもあり、堅苦しいベッドがある以外は、ワンルームマンションのようだ。
......。私は三十五歳が四十二歳になっただけだけど、優子ちゃんは高校生が社会人になったんだから当たり前か」 梨花さんは一息に話しながら、私を部屋の奥まで連れていった。 部屋の中は、トイレもお風呂もついていて、簡単なソファセットもあり、堅苦しいベッドがある以外は、ワンルームマンションのようだ。「いい部屋だね」 私が部屋中見回して言うのに、梨花さんは「久しぶりに母親に会ったのに、最初に部屋の感想言う?」とけらけら笑った。「いや、元気そうで……。あの」 ......
瀬尾 まいこ「そして、バトンは渡された (文春文庫)」に収録 amazon関連カテ病室