皮膚の常在菌でインスリンを作って体内に常時供給する糖尿病の画期的治療法が実現しつつある
血糖値を下げるホルモン・インスリンの分泌がうまくいかなかったり、インスリンの効きが悪くなったりすると、高血糖が常態化してさまざまな不具合や病気を引き起こす「糖尿病」の原因となります。そこで、糖尿病の進行によってはインスリンを注射する必要があるのですが、「インスリンを分泌できるように遺伝子改造した皮膚常在菌を体内に取り込むことで、自動的にインスリンを体内に供給する」という新たな治療法の研究を、生物学系ブログサイトであるGROWが紹介しています。
Getting Under the Skin
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2010年、分子生物学者のクレイグ・ヴェンター氏らの研究チームは、コンピューターに記録されたバクテリアのゲノム情報を元に、実際にゲノムを含むDNAを合成し、酵母に移植することで「合成生命」を世界で初めて作成することに成功しました。
カリフォルニア大学サンディエゴ校の小児科名誉教授であるアルベルト・ハイエク氏は、このヴェンター氏らの論文を読んで大きな衝撃を受け、「これでインスリンを生成する細菌を作れないだろうか?」というアイデアを思いついたとのこと。
インスリンは膵臓(すいぞう)内の組織で作られるホルモンですが、何らかの理由でこのホルモンが体内で作られなくなると、血糖値を下げることができなくなるため、糖尿病の原因となります。特に1型糖尿病は生まれつきインスリンの分泌不全を抱えているため、常日頃からインスリンの注射を行う必要があります。
しかし、アメリカではさまざまな理由からインスリンの価格が高騰しており、糖尿病を患う人たちの生活費が圧迫されているという問題があります。
インスリン市場がアメリカで地獄と化している理由は製薬会社や規制当局の癒着 - GIGAZINE
ハイエク氏が論文を読んだ翌年の2011年、なんとハイエク氏の自宅近所にヴェンター氏が運営するJ・クレイグ・ヴェンター研究所が建設されました。ハイエク氏は研究所に連絡を取り、ヴェンター研究所で合成生物学グループを率いるジョン・グラス氏の知己を得ます。当初は幹細胞を使った研究を計画していましたが、免疫学者のリチャード・ギャロ氏に相談したところ、皮膚表面の常在菌を使うアイデアを提案されたそうです。
ギャロ氏は2013年に、皮膚に常在する細菌が表皮だけではなく、表皮より2mm深い体内でも生息しており、一部が血管と相互作用する可能性があるという研究結果を発表しました。つまり、この表皮の常在菌のDNAを改変し、「血糖値の上昇を感知するとインスリンを分泌する」ようにプログラムすれば、自動でインスリンが分泌されるシステムを体に導入できるというわけです。
ハイエク氏やギャロ氏らの研究チームは、皮膚の常在菌の1種である表皮ブドウ球菌のDNAを改変し、1本のアミノ酸鎖からなるインスリン類似体を発現する遺伝子を組み込みました。このインスリン類似体は、体内で生成されるインスリンと同様に機能しますが、表皮ブドウ球菌の生息に適した温度でも安定しているのが特徴です。
また、この表皮ブドウ球菌に異常が起きた場合や、他者に感染してしまった場合に備えて、フェイルセーフを設ける必要があります。そこで研究チームは、DNAを構成するヌクレオシドの1種であるチミジンを合成するために必要な遺伝子を表皮ブドウ球菌のDNAから排除したとのこと。そのため、外部からチミジンを投与しなければ、改変した表皮ブドウ球菌は生きることができません。
そして、さらに重要なのは「必要な時にインスリンを分泌する仕組み」を導入すること。研究チームの一員でスタンフォード大学の生物工学者であるカイシャ・ベンジャミン氏は研究を重ね、グルコース濃度に反応させてmRNAレベルを増加させるいくつかの遺伝子を特定しました。次に、グルコースを検知する仕組みに関連するプロモーター領域を探しているとのこと。このプロモーター領域を、表皮ブドウ球菌のゲノムに追加したインスリン発現遺伝子の上流に配置すれば、血糖値が高すぎる場合にのみ細菌が適切な量のインスリンを送り出すようになります。
この研究プロジェクトは2013年から10年間続いていますが、記事作成時点で多くの課題が残っています。1つは、インスリンの生成量が予想よりも少ないこと。また、遺伝子操作された細菌から生成されたインスリンがすべての人に効果があるのかも不明です。
さらに、たとえばすべての課題を達成したとしても、この皮膚常在菌を利用した治療法が実用化されるためには規制当局の承認を得なければならず、そのゴールを達成するまでには時間・労力・予算で途方もない規模のコストがかかります。ただし、治療法が十分に普及して製薬会社間で競争が激化すれば、費用も抑えられるとのことです。
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