「セミの羽」に触れた細菌が破壊される秘密がスパコンにより判明、抗菌作用だけでなく自己洗浄作用も発揮
by David Good
夏の風物詩ともいえるセミの羽には、触れたバクテリアを殺してしまう強力な抗菌作用があります。アメリカのストーニーブルック大学とオークリッジ国立研究所の研究者らが、スーパーコンピューターを用いてセミの羽の微細構造の働きを明らかにし、細菌を破壊して自然に自己洗浄するメカニズムを突き止めたことを報告しました。
Structure-Based Design of Dual Bactericidal and Bacteria-Releasing Nanosurfaces | ACS Applied Materials & Interfaces
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.2c18121
Scientists use ORNL’s Summit supercomputer to learn how cicada wings kill bacteria | ORNL
https://www.ornl.gov/news/scientists-use-ornls-summit-supercomputer-learn-how-cicada-wings-kill-bacteria
Cicada Wings Kill Superbugs on Contact, And We May Finally Know How : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/cicada-wings-kill-superbugs-on-contact-and-we-may-finally-know-how
ストーニーブルック大学の高分子材料科学者である古賀忠典氏と遠藤まや氏がセミの羽に注目したきっかけは、2012年に科学誌「Small」に掲載された論文です。羽の表面の微細構造が細菌に穴を開けて破壊するとの報告に触発された古賀氏らは、セミの羽にあるナノサイズの柱状構造「ナノピラー」を自己組織化という現象で再現する研究を開始しました。
古賀氏は研究の目的について、「セミの羽は実に美しいピラー構造をしているので、これを利用しつつ構造の最適化も行いたいと考えました。これまで、セミの羽がバクテリアの付着を防ぐことまではわかっていましたが、そのメカニズムは不明でした。そこで、ピラーの大きさや高さ、ピラーとピラーの間隔を変えることで、バクテリアを死滅させるのに最も効果的な構造を確認しようというのが、このプロジェクトの全体像です」と説明しています。
ナノ試料の作成を担当したブルックヘブン国立研究所のダニエル・サラット氏が、包装材などで広く使われているポリスチレンとアクリル樹脂を使ったポリマーでナノピラーを作って細菌を付着させる実験を行ったところ、細菌が死滅するだけでなく破壊された菌体が自動的に除去されることがわかりました。
セミの羽には、高さと柱同士の間隔が150ナノメートル(nm)のナノピラーがありますが、サラット氏が高さ10nm、幅50nmのナノピラーを70nm間隔で設置したところ、大腸菌を最も効果的に破壊し、少なくとも36時間は菌を寄せ付けないことが示されました。
微細構造を使って細菌を殺す研究はこれまでにも行われてきましたが、死んだ菌がそのままになっているとそこにゴミや別の菌が付着して抗菌効果がなくなってしまうため、死んだ菌の除去は材料科学者にとっての鬼門だったとのこと。
この画期的な作用の発見について、サラット氏は「菌の細胞が死ぬとその破片が表面にこびりつき、それが仲間の菌がくっつく足がかりになりますが、ここで多くのバイオメディカル材料の研究者がつまずいてきました。なぜなら、周囲の環境に多かれ少なかれ有毒な可能性がある化学物質を使わずに、表面のゴミにうまく対処できるものが見つからなかったからです」と話しています。
実験によりナノピラーが菌を殺すことが確かめられましたが、なぜ破壊された菌が除去されるのかという謎が残りました。そこで、研究チームは次に、オークリッジ国立研究所のナノフェーズ材料科学センターに勤めるヤン・マイケル・カリーヨ氏に依頼して、具体的にどのようなメカニズムで菌が破壊されるのかを調べました。
カリーヨ氏が約100万個の粒子を使った分子動力学(MD)シミュレーションを行ったところ、菌がナノピラーの表面に接触した際に、脂質の膜がナノピラーと強い相互作用を起こしていることがわかりました。具体的には、脂質の膜がナノピラーの表面に強力に吸着することで、膜がピラーの表面や角に張り付いて引っ張られ、最終的に破れて菌が破壊されてしまったとのこと。
また、死んだ菌がナノピラーから剥がれた後には破片が残りますが、これが水にさらされるとミセルという細かい粒子になって洗い流されてしまうため、この働きが自己洗浄作用を発揮していることもわかりました。
遠藤氏は今回の研究結果について、「私たちは当初、高いナノピラーが細菌の膜に針のように穴を開けていると考えていましたが、ナノピラーが高くても短くても細菌は自動的に死滅しました。さらに予想外なことは、表面に破片が吸着しなかったことです。これまで、セミの羽の表面がきれいなのはセミが羽を動かしてゴミを振り払っていたからではないかと考えられてきましたが、私たちの研究によりセミの羽はただ自動的にクリーニングされていることが証明されました」と話しました。
身近な素材で菌を物理的に破壊し表面をきれいに保てるという今回の研究により、医療機器の表面で薬剤が効かない「スーパーバグ」が繁殖することを防ぐコーティングなどが実現すると期待されています。
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