日本式で成功した唯一の中国男性アイドル
「三次元の人間になんてハマるもんか!ましてや実力もない、顔だけが売りのアイドルになんて!!」
子どもの頃からアニメオタクだった私はずっとこう思ってきた。ところが、2014年、そんな私がアイドルにどうしようもないほどに惚れてしまった。しかも、中国のアイドルに!
当時、就活がうまくいかず、学業でも悩んでいた。苦しんでいる私を見かねて、友達が勧めてくれたのが、中国国産の男性3人組アイドルグループ「TFBOYS」の楽曲だった。男性といっても、当時の彼らの平均年齢は14歳。まだ、子どもみたいなものだ。
「これを見たら元気になるよ」と言われても半信半疑だった。しぶしぶ見始めたが、あっという間に引き込まれた。一生懸命に練習する姿、3人が楽しくはしゃぐ光景、なによりも夢に向かって真っすぐ進む姿に心を打たれ、すっかり癒されてしまった。
当時の私には知るよしもなかったが、TFBOYSの育成メソッドはジャニーズなど日本アイドルの方式を輸入したものだ。アニメオタクとして断固拒否していたはずの日本式アイドルが、中国経由で迂回した形にはなったが、私を癒してくれたのだった。
TFBOYSがとりこにしたのは私だけではない。当時は無名アイドルだったが、怒濤のような勢いで出世し、今や中国では国民的アイドルグループだ。各メンバー個人のWeibo(中国版Twitter)フォロワー数だけでも合計8000万人超だ。
さて、この原稿はなにも私のTFBOYS愛を伝えるためのものではない。TFBOYS誕生から現在にいたるまでの歴史はそのまま、中国アイドルブームの台頭と重なっている。ところが日本式アイドルの育成メソッドで成功した男性アイドルグループの事例はTFBOYSだけ。残る成功例はみな韓国式で育っているのだ。
なぜ日本式アイドルは中国に根づかなかったのか? この問いはそのまま、韓流アイドルは中国で人気なのに、日本のアイドルは中国では成功できないという現状を説明する答えとなっている。
TFBOYS、アイドルの育て方に新しい風
TFBOYSは、日本式アイドルの育て方を取り入れて最も成功した中国国産アイドルグループだ。メンバーは王俊凱、王源、易烊千璽の3人。2013年10月にデビューし、翌年には当時中国最大の音楽サイト「音悦Tai」が選ぶ内陸人気歌手アワードを受賞した。
さらに中国で視聴者数が最多の怪物バラエティ番組「快楽大本営」に出演するなど、破竹の快進撃を続けている。当時はまだアイドルブーム到来前だったので、いずれも快挙と言える。
TFBOYSの所属事務所「時代峰峻」は、「中国版ジャニーズ事務所」とも呼ばれたが、それは優秀な成果を収めたことに加え、ジャニーズ的、日本アイドル的な育成メソッドを採用したことによる。
小学校低学年から加入できる練習生の制度はジャニーズと共通しているし、曲風やパフォーマンスも元気で明るく、日本のアイドルソングっぽい。未熟で未完成なアイドルたちを表舞台にあげることで、ファンは彼らの成長を楽しみ、可能性を感じ、そして何より「夢」を与えてもらえる。
日本のアイドル、特に地下アイドル界隈では、「無名時代から武道館でのライブ開催まで」といった夢を追うことが、王道のストーリーだ。デビュー直後の困難を乗り越え、ライブやイベントを通して成長していき、知名度を上げながら、テレビ出演など徐々に活動分野を広げて、そして最後に武道館でライブをやり遂げる。その過程をともに楽しむことでファンが定着していく。
TFBOYSの成長は、日本アイドルのファンには非常に馴染みやすいストーリーだろう。1期生として入所した王俊凱は歌手になりたくて、いくつものオーディションを受けてきたが失敗。時代峰峻所属後も、個人でリリースしたミニアルバムは話題にならなかった。ヒットしなかったのは彼だけではない。他の練習生も同じだ。苦しいなか、他の練習生は次々と退所していく。
そんな中、3期生の王源と組んで、ネットで発表したカバー曲がプチヒット。さらにダンスメンバーとして易烊千璽が加わりTFBOYSの3人がそろったが、当時はまだごく一部のアイドル好きのみが知る「地下アイドル」だった。
「ネット進出」という戦略が当たった
ジャニーズのような実力ある、日本のタレント事務所なら、定期的なイベント開催やテレビ出演など、メディアに露出するチャンスを獲得できるのだろう。しかし当時の時代峰峻のような新興企業には、メディアとのパイプはない。TFBOYSの3人は中学校に在籍中で時間的な余裕もない。
そこで、彼らが選んだ戦略は、自らどんどんコンテンツを制作してネット上で配信することであった。
その試みは正解だった。2013年3月、王俊凱、王源がダブル主演のオリジナルウェブドラマ「男子学院自習室」、ウェブ番組「TF少年GO」が動画サイト「ビリビリ動画」で大ヒット。メジャーシーンに進出するきっかけとなった。これらのドラマとネット番組には、アイドルをはじめとした日本のサブカルチャーの影響が色濃く反映されている。
「男子学院自習室」ではまだデビューしていない練習生もメンバーに入れ、男子校、帰国子女の転校生、生徒会副会長×委員長、不仲から強い友情で結ばれる…など、オタクがついつい同人誌を作りたくなるような、二次創作しやすい要素が盛り沢山だった。「TF少年GO」も日本のバラエティ番組っぽい構成で、ゲームやコント、お便りなどのコーナーで、出演者の素の一面が見られる。
配信先のビリビリ動画は、日本アニメを多く配信するなど、日本のサブカルチャーとの親和性の高さで知られる。そのサイトで人気が出たのは、予想外のようで予想通りだったかもしれない。ウェブドラマ、ウェブ番組でつかんだファンは、TFBOYSのさらなる活躍、もっと大きい舞台で輝くという夢のため、あらゆる手段で課金しまくり応援した。このファンの力が、彼らを内陸人気歌手アワードの表彰台に送り込んだ。
突然出現した、中学生の3人組アイドルは中国のエンターテイメント業界を驚かせた。アワード授賞後、彼らはすぐバラエティ番組のゲスト主演を果たし、高視聴率を叩き出した。そこからテレビの出演が次々と決まり、デビュー3年目で中国版紅白歌合戦と呼ばれる「春節聯歓晩会」に出演する快挙を見せた。
日本式の限界、そして韓国式の導入
先述の通り、TFBOYSの所属事務所はジャニーズと同様の練習生制度を採用している。いわゆるジュニアに相当する練習生たちは、TFBOYSメンバーと共同出演する機会もあり、下積みをしながら人気アイドルを目指した。しかし、TFBOYSの成功に続くことはできなかった。
そうなったのには理由がある。初期のTFBOYSは日本アイドル路線で、ファンも「グループ3人の成長を応援しよう」という人が中心。和気藹々とした「箱推し」ファンがメインであった。
ところが人気爆発後には新たに韓流アイドルのファンが流れ込んできた。日本のアイドル好きと比べると、韓流アイドルファンは「完成したアイドルを好きになる」「グループよりも個人が好き」という傾向が強い。自分の「推し」の人気を、後輩に譲るなんて許せないと、練習生の台頭に強い拒否反応を示す人が多かった。
ファンの構成だけではなく、アイドルビジネスのあり方も変化している。TFBOYSの成功により、男性アイドルグループの可能性と価値が認識され、実力のある企業、芸能事務所が次々と参入してきた。激しい競争が続き、アイドルがどんどん増えてくると、未熟さゆえの可能性を売りにした日本式アイドル育成の限界が露呈した。育成には時間がかかる。最初から完成形を見せる韓流アイドルのほうがいいというわけだ。
この状況に、日本式アイドル育成を続けてきた時代峰峻も変わっていく。2015年から、時代峰峻は韓国事務所の育成方法を取り入れ始めた。練習生たちへの管理を厳しくし、月末にはテストを実施。練習生をチームに分けて、バトルさせる。負けたチームの最下位メンバーはクビとなる。つまりサバイバル番組の方式を取り入れたわけだ。
この路線変更は一定の人気をもたらすが、一方でダメージも大きかった、日本式のアイドル育成にこだわったスタッフ、練習生がやめていき、新たなグループをなかなかデビューさせられなくなった。
2018年、どうにか残りのメンバーから人気のある5名を選抜して「台風少年団」としてデビューさせた。しかし、当時は「偶像練習生」(アイドル練習生)など韓国のアイドルオーディション番組をリメイクしたリアリティショーが、社会現象レベルのブームを起こした年である。その勢いに埋もれ、わずか1年で解散に追い込まれる。
アイドルビジネスの成熟に伴って、ファンは変化していった。未熟さと可能性を武器にした日本式は廃れ、より完成したアイドル像が求められるようになった。日本式で育成されたアイドルは、今のファンから見るともたもたしていて物足りない。
2018年以後、韓国のアイドルサバイバル番組「PRODUCE101」をリメイクした番組が中国では数多く放送されているが、3~4カ月の放送期間で、参加者同士のバトルからアイドルとしての成長まで見て取れる。数年かけて成長を追う日本型と違って、数カ月に濃縮されているのだから刺激が強い。
TFBOYS所属の時代峰峻、またほかの日本式アイドルの育成方法を採用している事務所も、渋々ながらとはいえ、所属練習生を韓国式オーディション番組に参加させるようになった。その中には高い票数を得てデビューできた練習生もいる。やはり日本式で育てられたアイドルに需要はまだまだあると思うが、それも日本式アイドル育成の一つの挫折とも捉えるであろう。
中国国産アイドルと日本アイドルのこれから
TFBOYSとその事務所の歴史を見ると、中国国産アイドルおよびアイドルビジネスの変化がよく分かる。日本式アイドルの育成方法を取り入れて成功したが、同じやり方はいつまでも通用しなかった。むしろ今目立つのは韓国式育成方法だ。
中国のアイドル市場が拡大するなか、日本の芸能事務所も中国進出に積極的だ。ジャニーズやAKBなど多くのアイドルが、中国のSNSにアカウントを開設するなどアプローチしている。中には数十万、数百万のフォロワーを集めるアイドルもいて、「日本のサブカルチャーは中国で大人気」などと伝えられることも多い。だが、中国アイドル市場全体を見ると、日本アイドルの人気はニッチなものでしかない。
2021年、エイベックス所属のタレント3名がオーディション番組「創造営2021」を経て、中国のアイドルグループとしてデビューした。彼らは現地でも大人気で、SNSでの投稿は毎回数万のリツート、コメントがついている。
一方、日本アイドル代表のジャニーズやAKB、乃木坂系メンバーたちの中国SNSでは、コメントはついてもせいぜい1000件程度しかない。中国国産アイドルや韓国アイドルと比べると、その影響力は微々たるもの。日本のサブカルチャーが好きな私は、日本びいきだが、正直このままだと実力があっても中国国産アイドルに勝てないだろう。
日本のアイドルが中国で売れるためには、あるいは世界で売れるためには、今の路線では限界があるのではないか。日本好きな私としては悔しいところだが、現状は厳しい。