「処方薬依存」で働けなくなった
「これは史上最大の薬害ですよ」
2019年7月11日、厚生労働省が入る中央合同庁舎の1階会議室(東京都千代田区霞が関)で、処方薬依存の被害男性が役人たちを諭すように言った。
会議室を埋めた被害者や家族は、男女20人超。苦しみを訴える声は全国各地で急速に高まっており、各地の被害者の会代表らがこの日集結した。
複数の被害者から深刻な体験談を聞いた、厚生労働省障害保健福祉部などの職員5人は、神妙な面持ちで口をつぐみ、ただ頷くしかなかった。
睡眠薬や抗不安薬による薬物依存。それは精神科や心療内科などの医師たちが、長期の漫然処方で作り出した「薬害」であり、明らかな医原病といえる。
1980年代には、海外で強い依存性が指摘され、国内でも「麻薬及び向精神薬取締法」で麻薬と同等の扱いを求められてきたベンゾジアゼピン系などの睡眠薬や抗不安薬を、この国の医師たちは「依存性はない」「一生飲んでも大丈夫」などと言って患者に飲ませ続けてきたのだ。
被害者の中には、薬の影響で難治の眼病「眼瞼痙攣」を発症し、眼科で「ベンゾジアゼピンの長期服用が原因」と告げられた人もいる。
こうした患者の中には、服薬を止めても激しいまぶしさに悩まされたり、目を開けられなくなったりする人もいて、社会生活に著しい障害が出ている。「治療」と称して続けられた漫然処方が、患者たちに元の症状をはるかに超える深刻な障害を負わせたのだ。
処方薬依存の被害者の多さを示唆する数字がある。
医療経済研究機構が、健康保険組合の加入者約118万人を対象にベンゾジアゼピンの処方率を調査したところ、2012年10月からの1年間に、加入者の約5%にあたる5万8314人が、歯科を除く医療機関でベンゾジアゼピン系の薬を処方されていたのだ。118万人の中には、この間に医療機関を受診しなかった人も含まれるので、受診者への処方率はさらに高い。
処方率は年齢が上がるにつれて高まり、65歳から74歳の年代では約19%に達していた。このようにベンゾジアゼピンの処方率は極めて高く推移してきたので、処方薬依存の状態にある患者は、まだ気づいていない人も含めて相当数にのぼると見られている。
被害者が睡眠薬や抗不安薬を飲み始めた原因は、元をたどればハードワークや心労であることが多く、現代ビジネスの読者も他人事ではないだろう。厚生労働省にこの日集まった被害者の中には、処方薬依存による心身の不調で働けなくなり、失業や生活保護に追い込まれた人もいた。