ドイツが踏んだ「前カタルーニャ州首相逮捕」という地雷の意味

他のEU加盟国は見て見ぬふり…

カタルーニャ州の独立問題

3月25日午前11時19分、カルラス・プッチダモン氏(55歳)が、車でデンマークからドイツに入ろうとしたところ、国境で捕まった。プッチダモン氏は、スペインのカタルーニャ自治州の前州首相である。

周知の通り、カタルーニャ州は以前より独立の機運が高い。問題の発端は18世紀初頭のブルボン家とハプスブルグ家の王位継承戦争にまで遡るというから根が深そうだが、喫緊の問題は、2015年のカタルーニャ議会選挙で、独立派の3党が政権をとったことだ。その後、紆余曲折の末、プッチダモン州政権が誕生。プッチダモン氏は独立派の頭目といえる。

〔PHOTO〕gettyimages

さて、去年の秋からスペインのカタルーニャ州で起こっていたことを、ざっとおさらいしてみたい。

●2017年10月1日、プッチダモン州首相は独立を問う州民投票を断行。スペイン政府の反発は大きく、独立派市民と警察の衝突が激化。
●開票の結果、独立支持は9割に及び、10月10日、スペイン政府との深刻な対立の中、プッチダモンが独立宣言に署名。
●怒ったスペイン政府は、秘伝の憲法155条を取り出す。「国家を分割させようとする行為が自治州で行われた場合、スペイン政府は同州の自治制度を中断させることができる」
●その結果、プッチダモン氏は国家反逆罪や扇動罪や公金横領で起訴され、ベルギーに逃亡。
●スペイン政府はプッチダモン氏の州首相の地位を剥奪。しかし、プッチダモン氏はベルギーで亡命政府を立て、そこからカタルーニャ自治州を治めるつもりだった…。

そもそも、EUの中で「亡命」とはおかしな話だが、ベルギー側は面倒に巻き込まれたくないのだろう、プッチダモン氏の存在はほとんど無視。一方、スペイン政府は、「前カタルーニャ州首相がベルギーに逃亡」と発表。食い違いが激しい。

その後、年末に州議会選挙が行われ、再び独立派が勝利した。プッチダモン氏も立候補し、不在のまま首相になりそうだったが、スペイン政府の圧力は強く、結局、今年、州首相の地位を降りた。いくら何でも、ベルギーからのリモートコントロールでカタルーニャ州を統治するのは無理か。

 

さて、今月、プッチダモン氏はフィンランドに旅行した。氏の独立運動を支持する同国の議員たちと会い、講演もしたという。そして、デンマーク経由でベルギーへの帰路についた。

彼の足跡は、フィンランド〜デンマーク〜ドイツとしか報道されなかったが、フィンランドとデンマークのあいだにはスウェーデンがある。フェリーか飛行機を使っていない限り、スウェーデンも通ったはずだ。

いずれにしても、プッチダモン氏は、デンマークからは車だったが、ドイツに入った途端、通報を受けていたドイツの国境警察に捕まった。スペイン政府から欧州逮捕状が発行されていたからだ。

欧州逮捕状というのは、EUの1国が発行したなら、他の加盟国もその人物の逮捕に協力しなければならない。国境を無くしたEUでは、犯人の追跡が困難になり過ぎ、それを解消するために2004年にできた決まりだ。これによって拘束されたプッチダモン氏は、ドイツの警察で調べを受け、そのあと拘置所に移された。

28日に彼を訪ねた欧州議会の議員の話では、プッチダモン氏は普通の囚人房に入れられているという。

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