赤字は気にしない「AbemaTV」がテレビを支配する日

単なるお調子者たちではないらしい

儲かると判断したから、やるだけ―。藤田氏は飄々とそう答える。日本のメディアの勢力図が塗り替えられるかもしれない大勝負に打って出たサイバーエージェントの「勝算」はどこにあるのか。

タダですぐに見られる

「社員の9割以上の人間が、番組の詳細を知らされていなかったんです。それ以上に驚きなのは、番組中のCMを提供しているクライアントたちすらも『元SMAPの3人が出る』ということ以外はほとんど知らされていなかったということでしょう。

3日にわたる生放送でなにが起きてもおかしくないのに、よくクライアントもCMを出してくれたと思いました」(サイバーエージェント社員)

'17年11月2日、メディア業界を揺るがす歴史的な「事件」が起こった。

元SMAPの稲垣吾郎(43歳)、草なぎ剛(43歳)、香取慎吾(40歳)の3人が、インターネット番組『72時間ホンネテレビ』に生出演したのだ。

昨年末のSMAP解散以来、3人がはじめて顔を揃えたということもあり、累計視聴回数は驚異の7400万回を突破した。

元SMAPの3人は、矢沢永吉や市川海老蔵など錚々たるメンツの芸能人計132組とのカラミをこなす。なかでも視聴者のあいだで話題になったのは、かつてSMAPのメンバーだった森且行氏(43歳)との「再会」が果たされたシーン。

現在はオートレーサーとして活躍する森氏のレースを観戦し、思わず涙を流す香取の姿は、ジャニーズ事務所による厳しいマネージメントから逃れられない地上波では、決して見られなかっただろう。

この番組を放送したのは、インターネットテレビ局「AbemaTV」。日本のITベンチャーの先駆者「サイバーエージェント」が'16年4月に開局したメディアである。

AbemaTVへのアクセスは誰にでも簡単にできる。パソコンで公式サイトを開けばすぐに再生が始まるうえ、アプリをダウンロードすればスマホでも視聴可能で、会員登録も年会費も必要ない。

ニュースにドラマ、アニメから麻雀にいたるまで、ケーブルテレビのようにジャンル分けされた全24チャンネルをいつでも楽しむことができる。番組間にCMが流れ、そこから広告収入を得るのは民放と変わらない。

驚くのは、サイバーエージェントがコンテンツにかける本気度だ。AbemaTVはサイバーエージェント60%、テレビ朝日40%の共同出資で運営されていて、『報道ステーション』をはじめとするニュース番組やテレ朝制作のバラエティ番組も観ることができる。

「開局当初は地上波の深夜番組をさらに低予算にしたようなクオリティの番組しかありませんでした。

ですが直近では、一般人が元プロボクサーの亀田興毅とのマッチに挑む『亀田興毅に勝ったら1000万円』、そして『72時間ホンネテレビ』のように、ポジティブな意味で『ネットしかできない』コンテンツを作れるようになったのが強みです」(百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏)

徹底したリアリスト

視聴者層は「テレビ離れ」が進んだといわれる20代から30代が7割だ。番組企画と編成はAbemaTVのスタッフが行い、実際の現場を回すのはテレ朝のスタッフ。

制作のノウハウがあるテレビ局とスマホ世代に合わせた媒体を持つITベンチャーが「共同戦線」を張ったからこそ、若者にウケる番組を作れている。

ライブドアや楽天とともに、「すぐに淘汰される」と否定的な評価を受けることもあったサイバーエージェントも、来年で創業20周年を迎える。

同社が誕生したのは1998年3月。インターネットでの広告事業にいち早く参入し、わずか2年後の'00年には東証マザーズに上場した。

 

創業者の藤田晋氏(44歳)は、当時26歳での最年少上場記録を打ち立てたことが話題を呼び、メディアにたびたび登場するようになった。

AbemaTVのオファーを大物芸能人が快諾するのは、藤田社長自身のコネクションも大きいが、その派手な交遊録から、単なる「お調子者社長」と軽く見る人も多いかもしれない。

ところが藤田氏は、上場後も「アメーバブログ」や出会い系アプリに至るまで、さまざまな事業を堅実に展開してきた。

現在はインターネットテレビだけでなく、VR(仮想現実)映像や仮想通貨の取引所など、新しい市場拡大が見込めそうな分野に幅広く着手している。

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「実際、藤田さんは徹底したリアリストで、ネットテレビを始めた理由もただ単に『儲かるから』と言っていました。

『下火になりつつあるメディアを盛り上げたい』とか、変な気概や忖度は持たない人です。だからこそ、ビッグビジネスを回せるのでしょう」(藤田氏と親交のある経営者)

そんなサイバーエージェントの'17年度('16年10月~'17年9月)連結売上高は3713億円、営業利益は307億円にのぼる。

前年度営業利益が172億円だったテレビ朝日を優に超える数値をたたき出すほどに成長した同社だが、売り上げのうち半分以上を占めるのは「本業」であるインターネット広告事業だ。

1位でなければ意味がない

AbemaTVも相当に儲かっていると想像するだろうが、実際は真逆だ。'17年度は、同事業に関連して209億円もの「赤字」をたたき出し、来期も同じく200億円のマイナスを見込む。この赤字を計上するのはサイバーエージェント側だ。

「ここのところ藤田社長はAbemaTVのスタジオに出ずっぱりで、マークシティ(本社が入る渋谷のビル)で姿を見かけなくなりました。

ですが、『面白い番組を作って動員数を増やし、広告収入を得る』というビジネスモデルは、これまでテレビ局がやってきたことと変わらない。テレ朝との関係も含め、不安を感じている社員はゼロではない。

共同出資にもかかわらずサイバーエージェント側だけが赤字を被るのはおかしいと言う株主もいるからです。この事業をすぐに黒字化する算段は藤田社長もないはず」(サイバーエージェント幹部)

ベンチャー企業と放送業界の関係といえば、'05年に堀江貴文氏率いるライブドアがニッポン放送株を大量購入し、メディア帝国を掌握しようとした騒動が脳裏によぎる。

「競合相手でもあるわけだから、できればITベンチャーと組みたくないという本音も一部からは漏れています。でも、いまのテレビ局には自らリスクを取って新しい事業に踏み込んでいく体力はない。

ならばニュースやバラエティといった、インターネット放送でも独自性が確保できるコンテンツを提供する立ち位置のほうがリスク回避にもなると経営陣は考えています」(テレビ朝日総合編成局幹部)

では、サイバーエージェントがテレビ局を「買う」可能性はあるのか。この問いに対し、関係者は「ノー」と口を揃える。

「もともとサイバーエージェントは、メディアではなく広告事業を行う企業で、その本業を拡大するためにどうすればいいかを考えた結果、ネットテレビに参入したにすぎません。

それなのに広告市場が縮小しつつあるテレビ業界をわざわざ買収するなどしてメディア王になろう、という心づもりはまったくないでしょう」(ITジャーナリストの西田宗千佳氏)

藤田氏とテレビ朝日会長・早河洋氏の酒席でのひと言からはじまったAbemaTV。これほどの赤字を出しても巨額を投じ続ける、その勝算はどこにあるのか。

「その答えは、新しいメディアの『市場開拓』にある」と語るのは、かつてTBSでネットコンテンツ事業を手がけ、現在はメディア・コンサルタントとして活動する氏家夏彦氏である。

「2020年、次世代通信規格『5G』が実用化されれば、これまで以上に高速かつ大量のモバイル通信ができるようになります。そうすると既存の活字メディアも含め、あらゆる情報が動画を使ったコンテンツに置き換わっていくのです。

それまでにAbemaTVが新しいメディアのプラットフォームとして成功していれば、市場で圧倒的なイニシアチブを獲得することができる。

ただの検索サイトからオークション、株式まで扱うようになったヤフーのように、巨大なマージンを生み出すことを藤田社長は期待しているのです」

放送業界が下火になる一方で、これからは動画が儲かる―。話が転倒しているようだが、前出・鈴木氏は「YouTubeの例を見るとその意味が分かる」と解説する。

「183兆円という世界最大の資産を運用するセコイア・キャピタルは、かつてYouTubeに投資していた際『月100万ドルの赤字なら容認するし、いくらでも追加出資する』と宣言しました。ただ、一方で『とにかく1位になれ』とも要求し続けた。

結果、一介の無料動画サイトだったYouTubeは約2000億円でグーグルに買収されるまでに成長し、現在も動画市場で圧倒的なシェアがあります。

インスタグラムやフェイスブックといったSNSを運営するITベンチャーがそうですが、一度市場を手中に収めれば、簡単に1000億円単位で資金が動く。多少痛みをともなっても、その可能性に賭けるのは経営者として合理的な選択です」

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'16年7月、ソフトバンクの孫正義氏が英国の半導体設計会社・アーム社を3兆円で買収したとき、業界では大きなどよめきが起こった。当座の利益に直結しない超巨額の投資だったが、藤田氏の挑戦と規模は違えども軌を一にしている。

孫氏はあらゆる商品がネットワークで結ばれるIoTの時代に不可欠となる半導体を押さえることで、次世代のイニシアチブを獲れると判断した。これが、時代の最先端を走るリーダーの肌感覚なのだ。

先に市場を支配する

繰り返しになるが、同社の主軸はあくまで広告事業にある。インターネットメディアを多角的に展開することで企業のブランドネームを上げ、広告収入を増やす。その収益をメディア事業に投資することで、さらなる事業の活性化につなげる。

既存のテレビ局とも、また広告代理店とも違ったビジネスモデルを持っているのが大きな強みだ。

藤田氏と共著のある一橋大学特任教授の米倉誠一郎氏はこう語る。

「1年以上前から、藤田氏は『今後の情報ツールのメインになるのは動画で、それはテレビの枠にはまったものではない。ここに自分のエネルギーのすべてをかける』と語っていました。

彼がかつて最年少でサイバーを上場させたときには、メディアでの露出を嫌がらない性格も相まって軽侮する人間も多かった。

あらゆる物事に手を出しているように見えますが、彼が目指していることはシンプルで、次の時代の潮流に乗り遅れない企業にサイバーエージェントを育てることだけ。

第三次産業革命の到来を信じ、エレクトロニクスの開発に全力を注いだ高度経済成長期の日本企業と変わらない熱量と求心力を持っているのです」

だが、そんなサイバーエージェントがこれから歩む道のりは決して平坦ではない。足をすくわれかねないほど、今後のメディア環境は激変していくからだ。立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏はこう指摘する。

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「近いうち、アマゾンやネットフリックスといった海外の配信メディアも、ネットでのリアルタイム放送局を作るでしょう。

AbemaTVはいま200億円の赤字を出していますが、逆に言えばこれ以上の金額での勝負は難しい。

一方でサービスの展開地域が200ヵ国にのぼる海外のメディアは一本のドラマシリーズに200億円以上かけることも可能です。

そのうち、民放も独自のネット配信に力を入れてくるはず。それまでに市場で支配的な立ち位置を確立できるかにかかっています」

残された時間は少ない―そのことを知っているからこそ、サイバーエージェントは誰よりも早く一歩を踏み出したのだ。

「週刊現代」2017年12月9日号より

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