誹謗中傷・罵詈雑言・殺害予告・爆破予告――。一度炎上すると、その火を消すのは困難だ。日常生活が一気に破壊され、心身ともに疲弊する。前回は炎上すると何が起きるのかを解説した。後編は炎上させている加害者本人の素顔に迫る。なぜ加害者は会ったこともない私に嫌がらせをするのか。
(炎上し殺害予告され、生活が完全に破壊されるまでを語った前編はこちら)
どうしても犯人の顔が見たい
2015年7月1日の早朝、その日は大雨が降っていた。私は傘を持たず、スーツから雨が滴り落ちる状態で少年ハッカーDが姿を現す瞬間を待っていた。彼が勾留されている警察署から出て護送車に乗る一瞬を。私は彼の顔をどうしても一目見ておきたかったのだ。
10代のハッカーDは、ある出版社のサーバに不正にアクセスした容疑で逮捕されていた。私はこのDと因縁が深い。Dは2013年頃、インターネット上で肖像権侵害などの権利侵害行為を行っており、私はDの正体を追っていた。
Dのインターネット上での痕跡を追い、法的手段により断片的な情報を収集していが、あと一歩というところでDのTwitterのアカウントが消え、Dはゆくえをくらましてしまった。
そのDが、2014年末頃から、別の名前でランサムウェア(パソコンをロックし、ロックを解除して欲しければ、金銭を支払えと要求するもの)を作り、違法行為に及んでいた。このときは名前が異なっていたので、Dとこの人物が同一であるとは知らなかった。
また、2015年2月には、DはTwitterの連携アプリを運営する会社のサーバーを乗っ取り、私に対する殺害予告を連続して行っていた。
連携アプリの運営会社サーバーのセキュリティ上の脆弱さを狙い、サーバーに不正アクセスしたDは、数千回もの殺害予告ツイートを私に対して行った。Dは、以前とは別のTwitterアカウントを開設し、彼自身の行いを自慢していた。こうした多数の殺害予告は耳目を集めたのだ。
私は殺害予告を、逐一警察に相談していた。Dは一体何者なのか。私はDのTwitterを常に観察した。また、Dに関する情報がインターネット上に出ていないか、毎日調べた。
インターネットとは不思議なもので、インターネットユーザーの間で目立った行為をする者が出てくると、その人物についての情報が突如出始めることがある。
ある日、「Dが2013年頃の例のアイツではないか」という投稿が、インターネット掲示板に書き込まれた。その可能性を考えてみると、ハッキングの手口、Twitterでの同じような犯行自慢、彼の生活時間など共通点がいくつかあった。そこで、私は警察にその旨を連絡した。
その後、警察の地道な捜査によって、Dは逮捕された。Dは神奈川県に住む17歳の少年であった。私は特異な事件を起こしたDが、どのような人物なのか知っておかなければいけないと思っていた。
その私のもとに、Dが東京の警察署で勾留されているとの情報が入ってきた。被疑者が勾留中に検察庁で取り調べがなされる時は、朝、護送車に乗せられて検察庁に送致される。警察署から出て、護送車に乗る一瞬、Dは顔を現す可能性がある。その一瞬を、警察署の門の鉄格子の間からうかがいながら待った。
何分待っただろうか。雨でスーツはびしょ濡れになり、体が冷えてきたなと思っていたその時、警察署のほうが慌ただしくなった。Dが警察官に連れられ、姿を現した。Dは痩せており、暗めの色のTシャツと灰色の長ズボンを身につけていた。逮捕されたことへの不安だろうか、顔は物憂げで、足取りは心もとなかった。
少年の実像は、私が持っていた過大なイメージとは異なっていた。世間の注目を集める大胆な犯罪をする人物は、きっとふてぶてしく、豪胆な人間ではないかと勝手にイメージしていたのだ。「なぜ、彼は犯罪行為に手を染めてしまったのだろう」解消できない疑問を抱えた。
なお、この少年は、今は成人して新しい道を歩んでいるという。私は、Dのことを一切恨んでいない。Dがより良い方向に行くことを、心より願っている。