松浦弥太郎【後編】100年後も古びない「くらしのきほん」をアーカイブとして残していきたい

佐々木俊尚さんと松浦弥太郎さん
松浦弥太郎さんがクックパッドで7月1日にローンチする「くらしのきほん」。いったいどんなメディアなのか? どんな思いが込められているのか? ローンチ前の新メディアを特別に見せてもらいながら、佐々木俊尚さんが、松浦弥太郎さんの頭のなかに迫りました!(写真・瀬野芙美香/構成・徳瑠里香)

前編はこちらからご覧ください。

自分たちでコンテンツを作る

佐々木 「くらしのきほん」というタイトルはどうやって決まったんですか?

松浦 僕は当初、「ライフパッド」とかクックパッドと絡めたタイトルを考えていたんですね。GWに有志でエンジニアたちに集まってもらいMTGをしたときに、「松浦さんが一番伝えたいことはなんですか?」と聞かれて、僕は「暮らしの基本を伝えたい」と答えたんです。すると、あるエンジニアが「メディアのタイトルもそれがいい!」と言ってくれて。すごいことを言ってくれたぞ、とその場で決めました。

佐々木 エンジニアの方からタイトルが挙がったんですね。

松浦 僕のほうがネットに対して身構えてしまって、ピュアじゃなくなっていたんです。GW初日にタイトルが決まってから、すべてがドライブしました。

佐々木 いまはどういう体制でやっているんですか?

松浦 僕と編集者が1名、デザイナーが1名。基本はこの3人で、現在専属のエンジニアを募集しています。エンジニアはいまは有志でお願いしているのですが、みなさんそれぞれ持ち場があるので。

佐々木 更新頻度はどれくらいですか?

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松浦 ローンチの段階では20コンテンツを用意していますが、ほぼ1日に1本ずつの更新です。基本的に内製でやろうという方針で、編集者が週に2〜3本ずつテキストを書いて写真と動画を撮って、コンテンツを作ります。自分たちでやればコストもかかりませんから。

松浦弥太郎さんがクックパッドで立ち上げる「くらしのきほん」は7月1日公開予定です。https://kurashi-no-kihon.com/

感情、行動をカテゴリーにする

松浦 カテゴリーは衣食住というジャンルではなく、「あこがれる」とか「まなぶ」とか感情や行動で分けています。今日の自分は何に接したいか、いまの自分の暮らしや気持ちに寄り添うものですね。

佐々木 それは、いまのコンテンツの動向に沿った先端の考え方ですよ。僕は最近よく、「いまやコンテンツは目的ではない、何かの課題解決のツールである」と言っています。悩みがあるとか、ごはんを食べたいとか、そういう日常の課題に対して、どうやってダイレクトに解決策を届けるか。だから、ジャンルではなくユーザーのライフステージを切り口に考える。その考え方と同じなので、とても驚きました。

松浦 記事はたとえば、「ありがとう」という感情カテゴリーのなかに「手紙を書くように」というタイトルでジャムの作り方に関する記事がある。タイトルは気分やムードを伝えるものにしています。ジャムは便に詰めるからラベルを書いて人にあげることで、ありがとうの気持ちを伝えることもできるんですね。

動画も料理の手順を説明するものではなく、料理の素敵なディティールを伝える。僕らはこの1分間の動画をジャムの「PV」と呼んでいます。

佐々木 料理の説明動画ではなく、料理のプロモーション。要するに料理の楽しさを伝える。たとえば日曜の朝起きて、今日は何をしようか、と思ったときにこのメディアを見てジャムを作りにチャレンジしたりする、と。

どうやってその発想に行き着いたんですか?

松浦 はじめは、衣食住、旅…など普通にカテゴリーを考えたんですが、全体像を想像したときになんてつまらないんだろう、と思ったんです。それに同じようなメディアがたくさんあるだろうなって。これではダメだと、何をやっても勝てない気がして2日間ぐらい打ちひしがれていたんです。

佐々木 逆に誰もやっていないことがほとんどないくらい、あふれていますからね。

松浦 打ちひしがれたいまの自分が必要としていることってなんだろう、って考えたときに、それは自分を助けてくれるものだと思ったんです。衣食住ではなくて、たとえば「大丈夫」という言葉。でも、「大丈夫」というボタンはどこにもない。結局、人は自分を助けてくれるものを探している。そのための感情や行動をカテゴリーにして、衣食住に当てはめていけばいい。「うれしい」という感情を動かすものは、掃除でもあり、手紙を書くことでもあり、旅することでもある。これは発明だ、これならできる!と思いました。

朝昼晩のリズムを共にするパートナー

松浦 それから1日のリズムをどうしてもインターネットの世界で表現したかったんです。1日3回、朝5時~「おはよう」、お昼に「こんにちは」、夜21時に「おやすみ」をテーマにミニエッセイを毎日更新します。はじめはネットが24時間ということに違和感があって、夜中の2時~4時までは閉めたかったんです。みなさんこの時間は寝ましょうと言いたくて。

佐々木 閉める!? そんなの聞いたことがない(笑)。発想が斬新ですね。

松浦 アクセスするとサイトが寝ているアイコンがあって…朝5時を待ってもらう。さすがにそれではインターネットの意味がないと、いまの形になりました。

佐々木 クックパッド本体との連携はあるんでしょうか?

松浦 料理のコンテンツについては、ホーム画面にある「公式キッチン」からクックパッド本体につながります。

暮らしをテーマにしていますが、結局コンテンツの半分くらいは料理になるんですね。暮らしの中心には料理があって、暮らしを楽しくしようと思うと料理抜きでは考えられない。

佐々木 「住」を変えるのは大変ですし、「衣」もお金がかかるし、「食」が一番日常でやりやすいですもんね。

松浦 僕も最近、毎日料理をしているんですよ。『暮しの手帖』時代は、横で見ているだけであまり実践しなかったんですが、いまは毎日なにかしら料理を作って、コンテンツを作っています。

佐々木 松浦さんがクックパッドに来てから料理を始めた、というのもすごい話ですよね(笑)

知識と情報ではなく、「知恵」を伝える

佐々木 コンセプトは暮らしの「基本の徹底」ということですが、このメディアで松浦さんのいう基本というのはどこなんでしょうか? 例えば、めんつゆやだしの素などがスタンダードになっているなかで…

松浦 僕はインスタントを食べようとだしから作ろうと自由だと思っているんです。これが良くてこれが悪いという感覚はナンセンス。ただ、情報と知識だけじゃなくて、知恵を知ってもらい。だしのとり方を知ったうえで、めんつゆを使おうよ、という発想です。

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佐々木 時間がないときはそれでもいいよね、と。

松浦 僕は、だしからとってめんつゆは一切使いません、という頑なな感じは素敵だとは思わないんです。普段忙しかったり節約したりしている人でも、読んだり見たりして、知恵をつけてもらえれば必要なときに選択ができる。

佐々木 自然野菜原理主義というのも息が詰まってしまいますもんね。日頃は瓶詰のジャムを使っているんだけど、子どもの誕生日に親子でジャムを煮てみよう、とか。

松浦 そうです。そういう選択肢を持てることが素敵だなあと僕は思うんです。

わかりやすいけど奥が深いコンテンツを

佐々木 紙からウェブへ移行して、コンテンツの作り方に変化はありましたか?

松浦 最初は同じかな、と思っていたんですがやっぱり違いますよね。例えば文字量は、雑誌では2000字程で表現していたものを800字程でまとめる。でも、文字量が少なすぎるとクオリティにも関わってくるので、そこは試行錯誤ですね。

佐々木 文字量に関しては、アメリカのクォーツというメディアが提唱している「クォーツカーブ」というのがあって、短いものか、そうでなければ思いきって長い記事が読まれると言われていますね。

松浦 写真もいいなと思っても、スマホサイズにするとダメなときがよくあります。タイトルの書き方も雑誌のようにめくるものではなく、見ていただいてなんぼの世界なので、コピー力が試されますよね。

佐々木 文章表現はどうですか?

松浦 変わりましたね。はじめはいつも通り書いていたんですが、どうも資料っぽくなってしまうんです。温かみがないような。もっと読者に声をかけるような、声をきくような、そういう要素を入れこむ。あとは、漢字も多いと離脱しちゃう気がするのであえて平仮名を使う。ブロックごとの行間も意識するし、身体的な感覚を大事にしています。

一度ユーザーをがっかりさせちゃうと戻ってこないと思うので、クオリティを担保することが求められますよね。小難しくすることが質を上げることにはならないし、簡単に書けばいいということでもない。そのチューニングが難しいです。

佐々木 わかりやすいけど奥が深い、というバランスが大事。

松浦 「Simple & Deep」を合言葉にしています。

PC時代を一気飛びして、紙からスマホへ

佐々木 それにしてもすごいですね、松浦さん。僕らが10年かけてやってきているメディアの先端を突然やってきて実現されている。

松浦 僕はほかのメディアを参考にしなかったので逆にそれが良かったのかもしれません。『暮しの手帖』も雑誌の経験が全くないまま編集長になり、今回もこれまでウェブメディアをやったことがない。いつもマイナスから始まるところが面白いのかもしれませんね。

佐々木 時代は紙からPCになって、PCからスマホへ切り替わったわけですが、松浦さんはある意味PC時代がすっぽり抜けている。逆にそれがいいのかもしれないですね。

松浦 最近インスタグラムを始めましたが、ブログもtwitterもFacebookも一切やったことがありませんから。

佐々木 失礼な言い方かもしれないのですが、「リープフロッグ」という言葉があって…

松浦 浦島太郎的っていう感じですか?

佐々木 いえ、蛙飛びという意味なんですけど、発展途上国こそインフラの基盤がないから新しいテクノロジーが普及しやすい、といった意味で使われる言葉で。松浦さんは途上国ではないんですが、PCを一気に飛ばしてスマホの世界にこられたことで最先端を受容されていることが、面白いなあと。

暮らしの百科事典を編む

松浦 紙のメディアにいたときにどうやってデジタル化するか、ということも考えていたんですがどうにも難しい。いま自分がウェブのコンテンツを作っていて、これを紙にすることはできるな、という実感があります。

佐々木 紙のコンテンツは結局PDFにするしかなくて、それでは読みにくい。逆は確かにありで、それこそ最近News Picksが雑誌を作ったり、TABILABOでもフリーペーパーを作ったりしています。それは憧れているというより、リーチの数を増やしているんですね。

松浦 ポケットに入れているのは、スマホだけでなく、小さな本でもいい。やっぱり紙の厚みとか感覚、ページをめくる快感は僕らにとって必要なものですから。

佐々木 生活のシーンで、紙がはまるものあるし、スマホがはまるものがある。そのシーンに合わせて必要なメディアを提供していく、ということが大事ですよね。「くらしのきほん」はすぐにでも本になりそうじゃないですか。

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松浦 実はどうやって本にしていくか、というところまでイメージしています。家に「くらしのきほん①、②、③」と続いていくと、それこそ暮らしの百科事典になるなあと思いますし、英語や中国語にすることもできるでしょう。

佐々木 それが一つのマネタイズの手段にもなりますね。

松浦 そうですね。いまはメディアを作ることに集中していますが、次のステップにこれを収益化することがありますから。

100年後も古びないものを残す

佐々木 このメディアをどんな人に読んでほしい、という意識している層はありますか?

松浦 基本的にはクックパッドを使っている30〜40代の女性が中心になると思うんですが、僕はコンテンツを作るときに、100年後の人たちを意識しています。100年後を生きる人たちによくぞこういうものを残しておいてくれた、と感謝されるような。100年後の人が喜んでくれるかということを意識して、ニュースやトレンドとはかけ離れているけども、アーカイブとして残っていくものを作りたい。

佐々木 基本は古びないですもんね。

松浦 そうなんです。例えばお母さんが嫁入りする娘に「ちゃんと『くらしのきほん』見ておきなさいよ」と言ってくれたらうれしいし、一人暮らしを始めた社会人に「くらしのきほん」でなんとかしていこう、と思ってもらえたらいい。そういうビギナーからベテランまでがおさらいするようなメディアでありたいんです。

佐々木 日本の生活文化は素晴らしくて、蓄積もされているしアップデートもされているんですが、ウェブ上にはまとまったものはないですもんね。4,5年前に創業者の佐野陽光さんにインタビューをさせていただいたんですが、「クックパッドは家庭料理を継承するためにある」ということをおっしゃっていて、通じるところがあるなと思いました。

松浦 僕らが手放してはいけないライフスタイルを継承していきたいですし、このメディアをきっかけに議論してもらえたらいいと思っています。

佐々木 いやー、非常に楽しみです! 本日はありがとうございました。

松浦弥太郎 × クックパッド
あなたのくらしはもっと楽しくなる
「くらしのきほん」は7月1日10時頃公開予定です。
こちらから→
https://kurashi-no-kihon.com

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