ジョセフ・スティグリッツ「グローバリゼーションの悪い面について」
『現代ビジネスブレイブ グローバルマガジン』---「ニューヨークタイムズ・セレクション」よりTPP交渉が非公開で行われる理由
貿易協定を話題にすると、読者は目をトロンとさせがちだが、ここは私たちの誰もがかなり注意しなければならないところだ。現在、進行中の貿易協定案は、多くのアメリカ人をグローバリゼーションの悪い面に追いこむ恐れがある。
オバマ大統領の語り口からははかり得ないが、貿易協定に関する相反する見方が実際に民主党を引き裂いている。たとえばオバマ大統領は一般教書演説で、「雇用をさらに生み出す」であろう「新しい貿易連携」について穏やかに言及した。喫緊の問題は、TPPすなわち環太平洋戦略的経済連携協定であり、これは環太平洋地域の12カ国を、世界最大の自由貿易圏としてまとめようとするものだ。
米国通商代表部によれば、2010年にはじまったこのTPP交渉の目的は、参加国の関税および他の貿易障壁を軽減することによって、貿易や投資を増加させようとするものだ。しかしTPP交渉は非公開なので、われわれは提案された条項についてはリークされた草案に依拠して推測せざるを得ない。
同時に、米国議会は今年、議事妨害を阻止できる早期承認手続きの権限を与える議案をホワイトハウスに提出した。それが承認されれば、議会は提出された貿易協定がどのようなものでも、改定や修正はできない。単に承認するか却下するかしかなくなるのだ。
議論が噴出したのも無理はない。リークに基づけば、また過去の貿易協定が決着した歴史を鑑みれば、TPPの全体像を推測することはたやすく、その結果はかんばしくないからだ。米国と世界のエリートというごく少数の富裕層に、それ以外のすべての人々を犠牲にして利益を与えるという現実のリスクがあるのだ。このような計画が進行中であるという事実そのものが、経済政策が格差にいかに深い影響をおよぼしているかという証左だと言える。
規制の調和は底辺への競争のはじまり
さらに悪いことに、TPPのような協定は、より大きな問題、すなわちグローバリゼーションという、われわれのひどいミスマネジメントのひとつの側面でしかないのだ。
まず歴史を振り返ってみよう。一般に、今日の貿易交渉は、第二次大戦後に数十年間にわたって行われたものとは著しく異なる。当時の交渉の焦点は関税の引き下げだった。関税があらゆる面で引き下げられて貿易が拡大し、各国それぞれの強い分野での発展によって結果的に生活水準は向上した。雇用は部分的には失われたが、新しい雇用も創造された。
ところが今日では、貿易協定の目的が異なる。世界中の関税はすでに低く、焦点は「非関税障壁」へと移った。なかでも、協定を推進する企業の利益にとって重要なのが規制である。巨大な多国籍企業は、各国で食い違う規制がビジネスを割高にしているとクレームをつける。しかし規制の多くは、たとえそれらが不完全なものであったとしても、存在するだけの理由がある。すなわち、労働者や消費者、経済や環境を保護するためなのだ。
それだけではない。それらの規制は、各国の政府が市民からの民主的な要求に応えて導入したものなのだ。貿易協定の新たな推進者たちは遠回しに、自分たちは単に規制の調和を追い求めているのだと主張する。そう言えばその主張は、効率を促進する無害な計画という意味となり、クリーンに響く。もちろん、いたる所で規制を高い基準に合わせ強化することで規制の調和をはかることはできる。しかし企業が調和を提唱するとき、実際にそれが示すところは、底辺への競争(※)である。