ほんの数週間前に行われた「ソフトバンクによるイー・アクセス買収」は忘れ去られ、世間は「米携帯3位スプリント・ネクステルの大型買収」に沸いている。米国進出に燃えるソフトバンク。そんな中、同社に厳しい注文をつけた人物がいる。通信業界分析で有名な鬼木甫(おにき・はじめ)大阪大学・大阪学院大学名誉教授だ。
「ソフトバンクによるイー・アクセスの買収・合併について---消費者・国民の立場から」(意見表明)、2012年10月15日
長年、無線免許のオークション導入を提唱してきた同氏は、今月初めのイー・アクセス買収が電波の公平な利用を阻害する行為であると分析し、「総務省と公正取引委員会は積極的な対応を取るべきだ」と厳しい意見を述べている。今回は私のもとに送られてきた同氏の意見表明を紹介してみよう。
ソフトバンクに偏るプレミアム免許
10月19日午後、鬼木先生から私のもとに表記のメールが届いた。同氏は、情報通信の経済波及効果から通信行政や制度設計まで、通信関係の広い分野を長年に亘って研究してこられた。特に、1990年代中頃から続けている「無線免許の競売システムに関する一連の研究」は素晴らしく、電波免許制度のエキスパートとして通信業界や政府機関で高く評価されている。
鬼木先生は、総務省のパブリックコメントなどに積極的に意見表明を行うアクティブな活動を行っているが、今回のコメントもその一環と言える。
4ページほどの簡潔な意見なので読者のみなさんにもぜひ読んで頂きたいのだが、その骨子を以下にまとめてみよう。
1) 今年2月、ソフトバンクが900MHz帯免許を、夏にはNTTドコモ、KDDI、イー・アクセスの3社が700MHz帯の割り当てを受けた。このプレミアム帯の割り当てから半年も経たない間にソフトバンクはイー・アクセスを買収し、大量の周波数を手に入れた。
2) 日本の電波を管理する総務省が対応を怠り電波オークションの導入が遅れている。OECD加盟30ヵ国で、同制度を導入していないのはアイスランドとルクセンブルグ、日本の3国だけ。
3) 携帯電話事業者に割り当てられたプレミアム帯の価値は兆円単位に及ぶ。にもかかわらず割当直後にソフトバンクがイーアクセス社を買収し「公平・公正原則に著しく反する」事態となっている。
4) オークション導入法案を早急に成立させ、電波資産の割り当てに正当な代価支払いを義務づけることが急務である。
5) 総務省はプレミアム帯割り当て時に想定していた4社体制が3社に減少したことおよび、競争阻害の可能性を判断し、買収をストップすべきである。
6) イー・アクセス保有免許の「承継」(電波法20条)が申請された場合、総務大臣は競争阻害を理由に拒否すべきである。
7) 市場競争の監視にあたる公正取引委員会は、今回の買収を調査し、その状況を公表するとともに、適切な処置をとるべきである。
8) もし、総務省および公正取引委員会が、今回のイー・アクセス買収を容認すれば、今後携帯業界の寡占が進み、消費者・国民全体の利益を損なうことになる。
このように、鬼木氏はイー・アクセス買収を日本政府は阻止すべきであると明確に述べている。
電波オークション導入を潰した総務省
もう少し、問題点を掘り下げてみよう。
まず、今回の周波数割り当てでは、民主党が無線免許オークション導入を総務省に求めていた。しかし、制度設計に時間が掛かるとして総務省は抵抗し、今国会でのオークション導入法の成立をつぶした。
この背景には、NTTドコモおよびKDDIが使いやすい低い周波数(鬼木氏はプレミアム帯と指摘している)を持っており、同帯域を持たないソフトバンクが割り当てを強く総務省に求めていたことがある。
通信業界では、総務省が裁量行政を継続し、ソフトバンクへの割り当てを行うために、オークション導入法に抵抗したと噂されている。
ソフトバンクは念願の900MHzを2月に獲得し、次世代モバイル・サービスのネットワーク整備を強化すると宣言した。続いて、総務省はNTTドコモ、KDDI、イー・アクセスの3社に700MHz帯の割り当てを行っている。これはすでに900MHzを割り当てたソフトバンクを外し、残り3社への割り当てを行って公平性を維持しようという裁量行政だったと見られる。
しかし、イー・アクセスは割り当てを受けた直後にソフトバンクに高値で買収された。これで総務省が予定していた公平な周波数割り当ては破綻した。ソフトバンクは実質、900MHzと700MHzの両割り当てを確保し、同帯域で大手を上回る周波数を持つに至ったからだ。
公正取引委員会による調査を
また、オークションで免許が割り当てられていれば、巨額の免許料が国庫に入る。その後、その免許が転売されたとしても、それは最終的に国民の利益になる。しかし、ソフトバンクがイー・アクセスに支払った巨額の買収資金は、イー・アクセス社に巨額の利益をもたらすだけで、免許料という形で国庫には還元されない。
まったく意図していないのは明白だが、結果的に、総務省の裁量行政によって、イー・アクセスは巨額の利益を受け取ったことになる。
鬼木氏は、意見表明のなかで「日本では電波を管理する総務省が対応を怠り、2012年春になってようやく『オークション導入のための電波法改正案』が提出されたが、同年の通常国会では審議に入らなかった」と述べている。
この言葉は、同氏が長年、電波オークションの導入を提案してきたにもかかわらず、無視し続けてきた総務省への失望感にあふれている。
一方、鬼木氏が指摘するとおり、イー・モバイル買収の一件を総務省がどのように処理するかは、重要な問題だ。同省が是正に向けて対応を検討しているとの話は、あちこちでささやかれているが、まだ具体的な姿勢は見えてこない。
私としては、総務省が再び裁量行政による是正を試みるだけでなく、同氏が指摘する公正取引委員会による調査を実施し、その状況を国民に広く公開することを望みたい。
いずれにせよ、今回の事態を受け無線免許の割り当てが「不透明な裁量行政」ではうまく機能しないことは明白になった。今後、オークション制度の導入に弾みがつくことになるだろう。