「原発稼動ゼロ」は実は「原発依存度15%」そのものだ! 「原発・エネルギーの基本方針」を何も決められない野田政権の迷走ぶり

〔PHOTO〕gettyimages

 野田佳彦政権が決めた「2030年代に原発稼働ゼロ」という方針は、実は「30年に原発依存度15%」というシナリオだった。そんな話を「偽りの原発稼働ゼロ方針」と題して10月1日付けの東京新聞コラムと同日発売の「週刊ポスト」の連載コラムに書いたら、大きな反響があった。今回は両方のコラムで書ききれなかった余話を書こう。

 コラムを読んでいない読者のために、まず要点を補足しながら、おさらいする。

原発ゼロは国民の目をあざむく情報操作

 政府は9月14日に「革新的エネルギー・環境戦略」を決めた。その中で「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する。その過程において安全性が確認された原発は、これを重要電源として活用する」と書いた。

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 この書き方は「ゼロを可能とするよう」という表現であり「ゼロを目指し」とか「目標とする」といった表現に比べれば、あいまいだ。それでも本来なら戦略を丸ごと閣議決定するのが普通なのに、19日の閣議決定は「『革新的エネルギー・環境戦略』を踏まえて(中略)柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する」と一段とあいまいになってしまった。全部でわずか5行だ。この書きぶりでは、何も決めていないのとほとんど同じである。

 新聞やテレビは「原発ゼロの閣議決定見送り」と大きく報じた。だが中身を見ると、実は14日の原発ゼロ方針自体がゼロではなく、原発依存度15%案そのものだった。

 どういうことかというと、政府は2カ月半前の6月29日に「エネルギー・環境に関する選択肢」を決めている。その中で2030年に原発ゼロとする、15%とする、20~25%とするという「3つの選択肢」を提示した。そこに2030年の省エネルギー量や再生可能エネルギー電力量などの見通しがシナリオごとに示されている。

 それと9月14日に決めた戦略を見比べると、ゼロ案を想定した数字ではなく、15%で想定した数字とぴったり合っていたのだ。

 たとえば、戦略では省エネ量が30年に7200万Kl(10年比19%減)、節電量は1100億kWh(10%減)、再生可能エネルギーの発電量は3000億kWhを見込んでいる。「3つの選択肢」によれば、省エネ量はゼロ案なら8500万kl、15%案なら7200万klなので、戦略は15%案そのものだ。家庭用燃料電池や次世代自動車の販売台数を含めて、その他の数字も同じである。

 これでは、いくら言葉で原発ゼロをうたおうと、実際にはゼロにならない。国民にはゼロを宣伝しながら、実は中身が15%というのでは、国民の目をあざむく一種の情報操作ではないか。以上がコラムの趣旨だ。

なぜか「美文調」が途中から官僚の作文に

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 政府から反論があるかと思ったが、まったくない。いまさら反論して「また何か書かれたら、やぶへびになる」と思ったのかもしれない。そこで、あえて政府に都合良く解釈してみる。政府が掲げたのは「30年代にゼロ」だから「30年に15%」でも問題はなく「39年まで残り最大9年でゼロにするのだ」という言い訳があるだろう。

 そもそも政府が当初、狙っていたのは15%案だった。ところが「3つの選択肢」を示して国民の意見を聞いてみたら、パブリックコメントでも討論型世論調査でも圧倒的に脱原発に支持が集まった。首相官邸前の抗議行動も続いた。衆院解散・総選挙も近い。それで途中から15%案をあきらめ、せめて言葉だけでもゼロを打ち出す必要に迫られた。

 ところが3つの選択肢を作った後になって、いまさら「30年代にゼロ」に路線変更するデータを作り直す作業は間に合わない。結局、表向きは「30年代ゼロ」、実質は「30年15%案」で数字上のつじつまを合わせたのが真相ではないか。先の言い訳のように「30年代ゼロ」と「30年15%」は論理的にも収まりがいい。「30年ゼロ」にならなかったのは、それでは経済界の反発が火を見るよりあきらかだったからだ。

 しかし、それならそれで30年代の見通しを示す必要がある。たとえば39年までだ。そんなロードマップはまったく示していない。つまり「言葉だけのゼロ」なのだ。この政権のいい加減さは、こういうところにある。官僚の発想で考えれば、もしも30年代ゼロを真面目に検討するつもりなら、それなりにロードマップを示すために数字を積み上げようと考えるはずだ。「詰めが甘い」と批判されるのは目に見えている。そんな批判こそ、プライド高い官僚はもっとも嫌う。

 ところが当初は15%案で着地するつもりだったから、39年までのシナリオを用意していなかった。選択肢を示した後になって方針転換したので、担当した官僚にしてみれば「いまさらふざけるな」という気分だったのではないか。まるで、あたかも自分たちの無能をさらけ出すような結果になってしまったからだ。

 そのあたりの気配は文章からもうかがえる。

 6月29日の「3つの選択肢」と9月14日の「30年代ゼロ」戦略は同じエネルギー・環境会議の決定だ。ところが、文章のスタイルが違う。たとえば戦略は「私たち」という主語を使っているが、選択肢では「我々」になっている。戦略は冒頭から「体言止め」で始まり、霞が関の文書ではまずお目にかかれない美文調スタイルだが、一方、選択肢は典型的な官僚の文章である。執筆者が違うのかもしれない。

振り回されているのは普通の国民ばかり

 10月4日付の日本経済新聞は、戦略を閣議決定して拘束力を持たせようとした古川元久国家戦略相に対して、岡田克也副総理が「待った」をかけて結局、閣議決定を見送ったという内幕を報じている。9月14日に見送り方針が固まったとしているが、政府部内で相当な綱引きがあったことは、数字の扱いや文章からもにじみ出ている。

 経済界は「30年代ゼロ案」に強く反発しているが、内心、それほどでもないのではないか。肝心の閣議決定を見送ったので、実質的には葬り去った、それが1つ。それに3つの選択肢を作った総合資源エネルギー調査会基本問題調査委員会の三村明夫委員長(新日本製鐵会長)は「戦略は『30年代に原発ゼロ』という表現だけを除けば(30年時点の原発依存度)15%案に沿った内容だ」とコメントしている(東京新聞、9月20日付)。

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 つまり、経済界もゼロ案は実質的に15%案であると理解していたのだ。

 さて、となると、一連の動きと報道で振り回されているのは普通の国民ばかりなり、という話になる。いったい、政府はこれから原発をどうしようとしているのか。なにか決まったのか、それとも決まっていないのか。

 結論は「決まっていない」とみる。なぜなら、あいまいな閣議決定に至る経過が以上のように迷走していただけでなく、当面の原発再稼働をめぐっても、野田政権は原子力規制委員会に丸投げしようとしている。それは、まさしく政府の腰が定まっていないからだ。おそらく、これからも迷走を続けるだろう。

 原子力規制委は国会同意を得ていない。ということは、国民から正統な信認を得ていない。再稼働に反対する多数の国民がいるにもかかわらず、もしも正統性に疑問がある原子力規制委が勝手に再稼働を判断できるとしたら、原発をめぐる民主主義統制(ガバナンス)はどう担保されるのか。根本的な疑問がある。

 野田政権は「政府が原発・エネルギーの基本方針を決める」という最低限の責務すら放棄しているかのようだ。
 

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