1月17日に緊急出版される広野博嗣『奔流 コロナ「専門家」は、なぜ消されたのか』(講談社)が発売前から話題になっている。当事者である西浦博氏自身が、自身のXで「自分で言ったこととはいえ、この国に関するエピローグの締めくくりを読んでつらい気持ちになってしまいました」と語っている。
政権と世論に翻弄されながら危機と闘ったコロナ感染症「専門家」たちの悲劇とは何だったか? 弩級ノンフィクションの一部を紹介しよう。
海外では惜しみない拍手が
2023年9月5日、私は京都駅の上にあるホテルの喫茶店で、京都大学大学院教授の西浦博に会った。尾身茂が新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長として最後に岸田文雄に面会してからちょうど1週間後のことだ。官邸からの去り際の朗らかな尾身の表情をどう見ていたのか。それを質問したかった。西浦は、こう答えた。
「あんまりだという思いはあります。キックアウトですよね」
なぜ、そう感じていたのか。
そもそも、日本のコロナ対策の総括としては、「日本はOECDの中でもベストランディングだった」と、西浦は見ていた。確かに、目安の1つである人口当たり累積死亡者数をみても欧米諸国より少ない。メディアでは「コロナ敗戦」といったやや自虐的な表現が目を引きやすいが、感染症危機の終わらせ方として他国よりも劣っていることはまったくない、と。ただ、「それぞれの局面ではギリギリのところまで行ったりはしているし、いろんな奇跡が組み合わさってのことです」とも付け加えた。
その奇跡を織り成したピースの1つ、立役者の1人が尾身に違いない。それなのに首相の15分間の面会で終わりにする政府の扱いは、「あんまりだ」というのだ。
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世界を見渡せば、コロナ対応の立役者には惜しみない拍手が送られてきた。
23年10月3日、新型コロナウイルスのmRNAワクチンの開発に大きな貢献をしたハンガリー出身のペンシルベニア大学の研究者、カタリン・カリコ氏にノーベル生理学・医学賞が授与されるというニュースが報じられた。
さらにその1ヵ月あまり前の8月3十日、英国では内閣に科学的助言を行ってきた首席科学顧問のパトリック・バランスと首席医務官のクリストファー・ウィッティという2人の医学者に対し、王立協会から王室勲章が送られた。コロナ対応に重要な役割を果たした、と国として報いる姿勢をかたちで示したのである。
感染状況を把握して説明するにも専門性が必要なのは英国も日本も同じで、英国の2人と尾身は似た立場だ。さらに尾身の場合、「五輪成功」を打ち出している手前、首相が認めがたい大会のリスク評価を示したり、平時に向けたロードマップを示したり、本来なら政治が責任を持って行うべきことでも積極的に動き、また、発信した。