安倍政権を支えた「言論文化」
2020年8月28日、2012年12月に政権を民主党から奪還した自民党政権において、一貫して自民党の総裁、そして内閣総理大臣を務めた安倍晋三首相が辞任を表明しました。
安倍が首相を務めている間、雇用指標や株価などは上昇を続けましたが、他方で森友学園・加計学園問題に代表されるような身内への利益誘導や、「悪夢の(ような)民主党政権」を連呼することによって自分の正当性を担保するような姿勢、そして主要閣僚の、とりわけ「森友(モリ)・加計(カケ)」問題以降に顕在化した記者や市民を見下すような態度などが批判されてきました。
さらに言うと、安倍政権においては、稲田朋美が防衛大臣を辞任するきっかけとなった防衛省の日報問題や、厚生労働省における障碍者雇用の「水増し」問題、そして利益誘導が指摘されていた「桜を見る会」をめぐる公文書の取り扱いなどといった、政権運営の根本に関わる問題が立て続けに起きました。
しかし、これらの問題については、立憲野党(国民民主党、立憲民主党、社会民主党、日本共産党)や一部の市民が追求をし、または追求を続けるよう求めてきましたが、このような姿勢は、むしろ「野党は自分たちの生活に関わるような問題に取り組んでくれない」というものとして少なくない市民に受け入れられ、そしてうやむやのまま次の自民党総裁、そして首相が決まろうとしています。
「野党は批判ばかり」という市井の声は、一部の左派においては「第一次安倍政権下で”改正”された教育基本法下で育った若者の、権力に従順な態度」「批判や「政治的なもの」を忌避する近年の日本人の心性」などといった具合に、最近の日本人、とりわけ若い世代の「心の問題」として捉えられる傾向があります。
ただ若者論の研究をしてきた私としては、若い世代の権力や権威に従順とか、批判や「政治的なもの」を忌避する心性とかいった指摘も、少なくとも1990年代以降を通じてほぼ一貫して見られるものであり、そういった「日本人論」「若者論」に収斂させてしまうのは、むしろ社会の分断を促進してしまうのではないかと思います。そうすると権力者の思う壺です。
安倍政権やその周辺の人物、そしてその(「消極的」含む)支持者は、成果やいいところは現政権のもの、悪いところは左派の責任として処理してきました。
例えば、雇用指標でも失業率については民主党政権以降現在の安倍政権末期に至るまでほぼ一貫して低下傾向であり、また自殺者についてもこちらも民主党政権以降現在に至るまで下降傾向にあります。
これについては、前者については団塊の世代の労働市場からの退場や、非正規雇用者の増大など多方面から検証される必要がありますし、後者についても民主党政権下における自殺対策なども関わってくるはずです。
しかし、(特に「消極的」支持者においては)安倍晋三政権下における金融緩和の効果であると主張し、それを左派は受け入れよ、それを受け入れないのは正しいリベラルたる資格はない、もしくは「人殺し」であるという主張する向きまであります。
本稿では、若者論、そして「論壇」の研究を行っている立場から、現政権を支えた「言論文化」についてデータを少し交えつつ考察してみようと思います。