私がもし依頼されたなら…
日産元会長、カルロス・ゴーン氏(64)の事件は日々情報が更新され、細部についての報道・論調もメディアによって違う状況だ。とはいえ特別背任容疑においては、自ら行った投資の負債の担保として、証券を使った事実は揺るがない。
「経済界の巨人」への憧憬と親近感も手伝って、「私ならあの状況下で、ゴーン氏にどう指南したか」ということを考え続けている。
1月31日の日経新聞で、ゴーン氏のインタビューが報じられた。東京拘置所に収容されている最中でのインタビューということもあって、わずか1106文字の一問一答だったが、冒頭で日産の不正調査について問われると、ゴーン氏は「策略であり、反逆だ」と答え、自分に非がないと強く主張している。
ゴーン氏の特別背任容疑は、新生銀行との間で個人資産を金融派生商品で運用していたところ、リーマンショックの影響を受けて負債が生じたことに起因する。
その金融派生商品を日産に付け替えたが、証券取引等監視委員会から「違法」の指摘を受け、自身の資産管理会社に再移転。新生銀行の要望もあり、再移転の直前には、知人のハリド・ジュファリ氏から、「日産」に対する30億円の「SBL/C」(スタンドバイ・エルシー=信用状)を信用保証として差し入れてもらう。
その後、自ら決済できる「CEO予備費」から約16億円を、ジュファリ氏の会社に「販売促進費」として支払わせた。これがジュファリ氏への「謝礼」であり、個人の資産運用で生じたコストを日産に肩代わりさせた、というのが検察の見方だ。
いまやルノーからも会長を解任され、「一被告」となったゴーン氏。闇の世界に生きていた人間として、心情的には東京地検特捜部よりゴーン氏にシンパシーを感じているのは、偽らざるところだ。
そこで、もしも私があのときゴーン氏に「投資顧問になって、助言してくれ」と依頼を受けていたとしたら、どう対応しただろうか――。
②ジュファリ氏の負担を最小限にし
② 日産を巻き込まない
この3つを同時に満たす方法を自分なりに模索してみた。蛇の道は「猫」ということで、国際金融の世界に生きた、元経済ヤクザの腕の見せ所といえよう。
『元経済ヤクザも驚愕「ゴーン事件、カネの流れから見えて来るもの」』(https://gendai.media/articles/-/59508)では、私自身の実務経験を元に「SBL/C」について解説をした。今回はこの解説を読んでいただけたことを前提に進めたいと思う。
「リーマンショックの煽りを受け、投資で18億円超の評価損が生じ」「新生銀行から追加の担保を求められたゴーン氏が」「なぜSBL/Cを選択したのか」を考えてみたい。
疑いを逃れるために
国際金融の世界では、ポピュラーな送金手段として多くの証券が行き交うが、新生銀行から18億円超の評価損に対する担保を求められたゴーン氏に信用保証を差し入れる場合、もっともクリーンな方法は「30億円の現金」ということになる(注:ジュファリ氏が新生銀行に差し入れたのが約30億円のSBL/Cであったことから、ここでも30億円としている)。
あるいは30億円分の「小切手」を送れば済むだけの話だ。国際送金の多くはSWIFT(国際銀行間通信協会)のシステムでやりとりされるのだが、現金も小切手も、もちろんSWIFTで送ることができる。
SWIFTは「MT」の後に3桁の数字を付けて書き出される一種のプログラム(私たちは「プロトコル」と呼ぶ)によって、送金先や経由地点などを指定する。現金や小切手は「MT100番台」から始まるのがルールだ。
アメリカ同時多発テロ事件、9.11以降、国際社会では犯罪資金、テロ資金の移転防止を目的に、国際間の資金移転が厳しく監視されている。かつては人権への配慮などの観点からSWIFTは秘匿されていたが、9.11以降、アメリカはこの「ブラックボックス」をこじ開け、テロ組織などに流れるカネの流れをつかめるようにした。
日本を除く他国の銀行間では、多額のマネーを送付する人物を、常に自動的にリスト化して情報共有がなされている。脱税を目的として資金移動を繰り返したり、あるいはテロリストや犯罪者であれば「危険人物」「要注意人物」として、その人物の取引内容が記録され、銀行間でその情報が共有される仕組みだ。
現金や小切手をストレートに送金する場合、送る側、受け取る側の名前がSWIFTにダイレクトに現れる。SWIFTは電子情報だから「MT100番台」でソートをすれば、簡単に両者の名前を把握することができるということだ。
スモークガラスの黒いベンツで歌舞伎町や六本木に行けば、たとえ後ろめたいことがない人でも「事情聴取をしてください」とお願いしているようなものだが、それと同じく「MT100番台」で巨額の現金の送受信をするということは、疑惑を持たれるリスクが付きまとうことを意味する。まったく悪いことをしていなくても、そうした疑惑を持たれることが、円滑で健全なビジネスにとってマイナス要因になることは言うまでもない。
つまり、「現金」「小切手」での巨額の取引はできるだけやりたくない、というのが裏も表も含めた国際金融に生きる住民の間では常識となっている。必然、この方法は選択肢から外れることとなる。
POFか、BDか
そこで登場するのが証券だ。証券は本人の手を一度離れて、金融機関を介するがゆえに、現金や小切手の取引に比べて監視の目がはるかに届きにくい。ということで、国際金融の住民たちはSWIFTで送受信する時、「MT500番台」や「MT700番台」で送ることができる証券を好むのだ。
私が今回のようなケースで、「個人投資に失敗した。30億円を海外の知人に補てんして貰えるので、うまいやり方を教えて欲しい」と相談を受けたら、まずSWIFT上で行われる「POFコラテラル」と呼ばれる送金方法を勧めるだろう。
コラテラルとは「担保」の意味だが、「担保として用意した現金」(キャッシュ・コラテラル)に対して、金融機関から「資金証明」(Proof of Funds=POF)を相手銀行に通知してもらうという仕組みだ。「POFコラテラル」はこの略称である。
ゴーン氏の場合では、POFコラテラルを利用するためには、ジュファリ氏が実際に30億円を自分の口座に用意しなければならない。また、その30億円はロックされ、手続きが終わるまで1円も動かせない。ただし、個人対個人ということで、この取引は日産が介在する必要性のないクリーンなものだ。この手段を選んでいた場合、ジュファリ氏は実際にゴーン氏のために30億円を用意するのだから、「ジュファリ氏は極めて高いリスクを負った」というゴーン氏側の主張も正しいことになる。
しかし、ゴーン氏はこれを選ばなかった。
次に考えられるのは、BD(バンク・ドラフト)だ。BDの「D」はドラフト(手形)のことで、銀行が支払いを保証する小切手のことだ。
これを送ると、相手先銀行で手続きをすれば72時間以内に現金化されるのが基本ルール。ただし、この発行には現金の裏付けがなければならない。結局、BDを選ぶ場合でも、ジュファリ氏は30億円分の担保を用意しなければならない。また、ゴーン氏側と新生銀行間で定められた期間、30億円はロックされる。
さらにBDは、それを提出した側が支払い不能となった場合に備えて、振り出される相手側にも額面相当のクレジットライン(与信枠や融資枠)が必要だ。そもそも30億円ものクレジットラインがゴーン氏にあったならば、ジュファリ氏から振り出してもらう必要もなかった。当時、損失は日産に付け替えられていたこともあって、BDの振り出し先は「日産」ということになる。
私はゴーン氏側が巨大資本を持つ「日産」のクレジットラインを、意図的に利用したのではないか……と推察しているが、いずれにせよBDは利用できない。
残ったのはSBL/C
次に考えられるのがBG(バンク・ギャランティー=保証)、すなわち銀行保証書を利用する方法だ。これは発行者から依頼を受けた銀行が、依頼者の与信能力に応じて発行する「保証書」である。依頼者は銀行に額面相当の担保の差し入れと、保証料、手数料を支払わなければならない。
正規に銀行から発行させるのであれば、ジュファリ氏は額面相当の担保(つまり30億円相当の担保)を用意する必要があるうえ、保証料と手数料の支払いが生じる。またBD同様に、「日産」のクレジットラインが必要となる。
BGは証券としてだけではなく、貿易などの商取引にも利用される。表の世界の利用法としてはBGとSBL/Cの実用上の差はほとんどなく、その時々の相手業者の指定によって選択されることが多いとされている。
しかし、ゴーン氏とジュファリ氏の取引をクリーンなものにする限界点が、BGによる差し入れだと私は考えている。私がゴーン氏の相談を受けたならば、POFコラテラル→BD→BGの順番で推薦するだろう。
ジュファリ氏がゴーン氏のために30億円の現金を用意してくれるならPOFコラテラルを、ジュファリ氏が30億円の担保を用意し、日産のクレジットラインが利用できるならBDを、それが難しければBGを勧める。というのはBGには30億円を用意しなくてもすむ方法があるからだ。説明しよう。
BGとSBL/Cは国際金融の舞台でもよく似た証券だ。共に証券としてリースされていて、リースの標準的な相場は、SBL/Cが額面の9.5%に対して、BGは10%とその差額もわずか。
そして両者ともに額面よりはるかに安い金額で作ることができる。
証券としてBG、SBL/Cを発行するには、それを補償する資産(バックアセット)が必要となる。しかし、一連の証券の性質を見て、「30億円のBG(あるいはSBL/C)のバックアセットには、30億円かそれに近い担保や与信が必要なのではないか」と思ったら、それは大きな間違いだ。
この世界には、「ジャンク債」と呼ばれる「クズ債権」が存在する。額面1億円の債権を1万円で入手するというのもざらで、こうした債券はペーパーマネーとして実際に機能する。そして、立派なバックアセットとして利用することができるのだ。
大げさな言い方をすれば、わずか数十万円の現金で入手した額面30億円の「クズ債権」をバックアセットにして、額面30億円のBG、SBL/Cを発行することは可能ということだ。
さて瓜二つの兄弟のような証券だが、なぜゴーン氏はあえて「SBL/C」を選んだのか――。
無論、ここからは推測になるが、その違いは「生みの親」にある。BGは銀行しか発行できないが、SBL/Cは金融機関だけではなく、ブローカー(業者)も発行できるのだ。ということはSBL/CはBGより、モラルが低く、透明性が低いと言える。
その上で、私はジュファリ氏のSBL/Cはブローカーが発行した物だと考えている。
SBL/Cが差し入れられたのは、証券取引等監視委員会が、ゴーン氏が負債を抱えた金融商品を日産に付け替えたことを「違法」と指摘した後だ。このモラルが崩れた状態で、正規の金融機関にSBL/Cの発行を依頼しても断られる可能性は高い。
指摘を受けたということで、再移転は喫緊の課題となっていた状況だ。この場面で、急ぎでSBL/Cの発行を依頼するにはブローカーしかありえない、というのが、国際金融の世界に身を置いた私の感覚だ。
このように、国際間の送金方法として利用される各証券の性質を裏と表の両面からひも解くと、①ジュファリ氏がほとんど自己負担をせず、②巨大企業「日産」を利用して、③「違法性」を意識しながら、あのタイミングで発行でき、④ジュファリ氏、ゴーン氏の2人で最大限の「利益」を享受できる証券は、「SBL/C」しかなかったのだ……ということが推察できるのだ。
なぜ行ったのか
表の経済は、法令を遵守するがゆえに、「一般道」を走る速度でしか進めない。対して地下経済の世界は「違法ギリギリの合法」という「高速道路」を自ら作り、一直線に走ることを強みとしてきた。その世界に生きた私でも、もしもゴーン氏から「SBL/C」の差し入れを指示された場合、私の方からゴーン氏との取引を断っている。地下経済人の感覚では「リスクが高すぎる」と判断するからだ。
ではなぜゴーン氏はこれを行ったのか――それは日本の金融捜査の緩さを認識していたのではないかと、私は考えている(もちろん、意図的に行っていたとすれば、の話だが)。その大きな背景になるのが「共謀罪」の成立だ。
「人権」を巡る議論を経た結果、ようやく「共謀罪」が成立したのが2017年のこと。国連の国際間組織犯罪条約、通称「パレルモ条約」の加盟条件だったことで、法制化された。
共謀罪においては、とかく人権問題に注目されがちだったが、パレルモ条約に締結しなければ、国際的な金融犯罪の情報共有は行われない。先述したように、不審者リストが共有されているネットワークから日本の銀行が排除されているのも、その影響である。
同時に金融犯罪の捜査体制の出遅れもある。
資金洗浄やテロ資金供与などを扱うために、国連のFATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会の略)は、1990年、各国に疑わしい金融取引を調査、分析し、捜査するFIU(金融情報部門)の設立を求めた。日本においては00年にようやく金融庁内に「JAFIO」が創設され、07年に国家公安委員会へ移管され「JAFIC」となっている。しかし、その矛先は主に「暴力団」などドメスティックな金融犯罪に向いているのが現実だ。
今年1月にはゴーン氏が、09年にオマーンの日産販売代理店のオーナーから私的に3000万ドル(約33億円)を借り、「中東日産」を経由する形で、「CEO予備費」から代理店に計約3500万ドル(同約38億円)を送金していたことが明らかになった。今後、捜査の焦点は「オマーン・ルート」へと向かうことが報じられている。
ゴーン氏の事件が単なる「特別背任」ではなく、金融犯罪の可能性も否定できないのではいか、ということは何度も主張した通り。しかし、国際金融捜査のアプローチが行われなければ、「ジュファリ・ルート」「オマーン・ルート」などから、ゴーン氏への資金還流の有無は確認できないというのが、日本の現状でもある。
当事者に関係する口座ばかりか、時に金融機関そのものを凍結して、資金ルートを解明するアメリカであれば、保釈も認められたかもしれない。ゴーン氏のケースは金融監視の緩い日本だからこそ起こったことであり、しかし、それゆえに拘留状態が続いている、とも考えられるのだ。
NHKなども解説しているように(http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4239/index.html)、現在、特捜部は中東への巨額の資金がゴーン氏に還流していた可能性も視野に入れて、捜査を進めているという。
一方のゴーン氏は日経新聞のインタビューで一連のカネの流れの違法性を否定したうえで、今の心境を問われ「人生は山あり谷ありだ」と答えている。次にゴーン氏の目の前に現れるのは、山か、谷か――。