2020年10月、菅義偉首相の所信表明演説で述べられた、2050年までの脱炭素宣言。
以降、国内では再生可能エネルギー導入の機運が高まっています。
再生可能エネルギーの活用を進めていくことは、原子力発電と距離を取りながら脱炭素の取り組みを進めていく上での、一つの回答だといえるでしょう。
実際、12月のサイエンス思考では、日本ではまだ再生可能エネルギーを導入できる可能性が多分に残されていることを紹介しました。
しかし、いくら再生可能エネルギーの導入可能性があるとはいえ、再生可能エネルギーには気象条件に応じて発電量が変動するリスクが付きまといます。
いざというときのために、臨機応変に出力を変えることができる火力発電や、安定的に大量の電力を確保できる原子力発電をどこまで利用するのか、日本の今後のエネルギー政策を考える上では、検討しなければならない課題が山積しています。
しかし、火力発電には二酸化炭素を排出してしまうという問題はもちろん、日本では燃料となる資源を輸入に頼らざるをえないという課題があります。原子力発電も、いまだ安全面に対する不安は根強く、高レベル放射性廃棄物の最終処分問題も決着のいとぐちがつかめない状況です。
もう、ほかに取りうる手段は本当にないのでしょうか。
実は、火力発電でも、原子力発電でも、そして再生可能エネルギーを利用した発電でもない「第4の選択肢」として、新たな発電方法の確立に向けた巨大な国際プロジェクトが進んでいます。
EU、アメリカ、ロシア、中国、韓国、インド、日本からなる「ITER国際核融合エネルギー機構」が、フランス南部サン・ポール・レ・デュランスで建設を進めている、国際熱核融合実験炉「ITER」計画です。
2月のサイエンス思考では、量子科学技術研究開発機構、核融合エネルギー部門長の栗原研一博士にご協力いただき、核融合を利用した発電の原理や、世界の科学の粋を結集して建設されている核融合炉ITERの現状、そして、日本でも進められている実証実験について前後編の2編で紹介します。
「核融合」と「原子力発電」はどう違う?

ITER計画は、「核融合」という核反応を利用した次世代の発電設備の実証試験のための計画です。
2007年にITER機構が発足すると、その3年後の2010年には建設が開始され、日本企業が主要なハイテク機器の多くの製造を担当しています。
核融合実験炉 ITERの総建設費は約2.5兆円。日本も、建設費の約9%にあたる約2300億円を負担しています。
「核」という言葉が含まれていることから、原子力発電のようなものを想像する人も多いかもしれませんが、核融合炉は、原子力発電とはまったく別の技術を使った発電方法です。
少なくとも、原子力発電で問題となる高レベル放射性廃棄物は発生しません。
また、火力発電のように、燃料として化石燃料を使用することもありません。もちろん、地球温暖化の原因の一つとされている、二酸化炭素も排出しません。
経済産業省が発行している2020年エネルギー白書では、
「核融合エネルギーは、エネルギー問題と環境問題の根本的な解決をもたらす将来のエネルギー源として大いに期待されています」
とされており、ITER計画や関連する国内の核融合研究を推進するために、毎年約200億円を超える予算がついています。
核融合炉を使った発電は、まだ実証試験段階ではあるものの、次世代の発電方法として一定の期待とともに研究が進められているといえそうです。

核融合炉の実証研究は、日本でも行われています。
茨城県那珂市にある量子科学技術研究開発機構では、実験装置「JT-60SA」の建設が完了し、2021年4月から本格的な実証試験がスタートしようとしています。
将来、核融合炉を実用化する上で、JT-60SAで行われる実験は、ITERでの実験とあわせて非常に重要なものだとされています。
意外だと思う人も多いかもしれませんが、日本は核融合研究の牽引役となっているのです。
では、核融合をどのように利用して、発電を行うのでしょうか。核融合炉で何が行われているのか、紹介していきます。
人工的に「太陽」を作り出す

「太陽でも起こっている反応を、人工的に作り出そうとしているんです」
栗原博士は、核融合の基本原理をこう話します。
私たちが毎日目にしている太陽の主成分は、ほぼ水素です。
太陽の中心部は、2000億気圧以上、摂氏約1600万度という超高温高圧の極限環境。この中で、太陽の主成分である水素は、原子核(水素の原子核は陽子1個)と電子に分離した「プラズマ」の状態で存在しています。
プラズマ状態となった水素の原子核は、4個結合することで「ヘリウム」の原子核と同じ構造(陽子2つ、中性子2つ)になり、同時に非常に大きな熱を出すことが知られています。
このように、原子核同士が結合し、より重い(中性子や陽子が多い)原子核になる反応を「核融合反応」といいます。
太陽は、主に水素同士が核融合反応を起こしたときに生じるエネルギーによって、誕生してから約46億年もの間、ずっと光り輝き続けているわけです。
核融合炉の計画は、そんな太陽で起きている核融合反応を地球上で再現し、そこで発生する熱を発電に活かそうという大胆な発想から考えられた試みなのです。
燃料1グラムから石油8トン分のエネルギーを得る

核融合によって得られるエネルギー量はすさまじく、理論上、核融合の燃料1グラムから、石油約8トン分に相当するエネルギーを得ることができると考えられています。
ただし、地上で核融合を起こすことはそう簡単ではありません。
まず第一に、原子核同士をぶつけるために、原子を正面衝突させたとしても、原子はマイナスの電気を帯びた電子に覆われているため、衝突する前に反発してしまいます。核融合を起こすには、原子から電子を引っ剥がした(プラズマ状態にした)上で、原子核同士を衝突させなければいけません。
また、原子核もまたプラスの電気を帯びているため、衝突させようにも反発してしまいます。
そこで、核融合を起こすためには、「超高温」の状態を作り出す必要があります。
核融合炉では、まず燃料となる「重水素」や「三重水素(トリチウム)」を放電させることでプラズマ状態にします。その上で、核融合反応を頻繁に起こすために、温度に換算して約2億度までプラズマを加熱しなければなりません。
この「加熱」には、加速器が使われています。
2000億気圧という太陽の中心核のような超高圧環境をつくることが難しいため、その分温度を上げることで反応を起こしやすくしているわけです。
「核融合炉では、太陽と同じ(水素同士の)核融合反応ではなく、重水素と三重水素という水素の同位体(※)からヘリウムが生じる核融合反応に伴うエネルギーを利用します」(栗原博士)
※陽子の数が同じで、中性子の数が異なる原子。
水素ではなく、重水素や三重水素を燃料としているのも、核融合を起こすために必要な温度やプラズマの密度を低くするためです。
プラズマを制御して、核融合反応を継続する

核融合反応を利用して安定した発電を続けるためには、常に核融合反応が起き続けるような状況を作らなければなりません。
そこで重要となるのが、核融合炉の内部でプラズマ化した重水素や三重水を「ドーナツ状」に循環させながら核融合を発生させる仕組みです。
「プラズマは壁にくっついたら冷えて消滅してしまいます。ですので、容器の内側の壁から『浮かせた状態』で維持しなければなりません。そこで、プラズマが『磁力線に巻き付く』という性質を利用して制御しています」(栗原博士)
プラズマを「浮かせたまま安定させる」には、どうすれば良いのでしょうか?
ここで重要な役割を果たしているのが、装置の周辺に設置されている「電磁石」です。
電気が帯びた粒子は、磁場が存在すると一定方向に力を受けることが知られています。
プラズマは、全体としては電気的に偏りがありません。しかし、その構成要素である原子核や電子は、電気を帯びた粒子です。
つまり、核融合炉では、周囲に設置した電磁石を使って内部に磁場を発生させることで、プラズマの構成要素である原子核や電子の動きを制御しているのです。
旧ソ連で発明された、絶妙な磁場を作る「トカマク方式」

ただし、磁場でプラズマを制御するといっても、一つ問題があります。
プラズマは「磁力線に巻き付く」という性質を持っているため、円形(ドーナツ状)の磁場を作れば、プラズマを循環させることができそうです。しかし、単純に同心円状の磁場を作っても、円の内側と外側で磁場の強さが変わってしまいます。
磁場の強さが場所によって変わってしまうと、原子核と電子がどんどん乖離していき、最終的にプラズマが不安定になってしまうのです。
つまり、核融合炉を実現するには、安定したプラズマ状態を維持しながら、プラズマを循環させることができる「絶妙な磁場」が必要となります。
この解決策を見出したのは、旧ソ連の科学者でした。
まだ核融合の研究が世界中で秘密裏に行われていた1940年代。旧ソ連の科学者たちは、核融合炉の内部に生じているプラズマ自体に電流を流すことで、ドーナツ状の磁場にさらにプラズマに流れる電流由来の磁場を重ねる方法を編み出しました。
こうして核融合炉の中に作られたのが「螺旋状にねじれたドーナツ状の磁場」でした。このような磁場の中では、プラズマがドーナツ状の構造の上下を行ったり来たりしながら、安定して循環できたのです。
この螺旋状の磁場を用いて、プラズマを安定させる方式の核融合炉は「トカマク方式」と呼ばれており、世界の核融合炉研究の主流となっています。
フランスに建設されているITERも、このトカマク方式の核融合炉です。
栗原博士も、
「実際に発電を行う核融合炉は、間違いなくトカマク方式になるでしょう」
と、トカマク方式に期待を寄せています(磁場を発生させるコイル自体をねじる「ヘリカル方式」の核融合炉も存在します:下図)。

なお、トカマク方式の核融合炉で、内部に浮いているプラズマ自体に電流を流す際に利用されているのは「電磁誘導」という物理学の基本原理です。小学校や中学校で習うような物理学の基本原理が、このような巨大装置を運用するための鍵となっているのだから、驚きです。
核融合炉の基本技術は、このように半世紀以上も前から、基礎研究を積み重ねることで少しずつ育まれてきました。
では、プラズマを維持できるようになった核融合炉は、実際にどのように発電を行っているのでしょうか。 安全面で、本当に不安はないのでしょうか。
そして、フランスで建設中の核融合実験装置ITERや、国内で稼働をはじめようとしている実験装置JT-60SAは、いったい何をしようとしているのでしょうか。
※後編は、2月25日(木)に公開予定です。
(文・三ツ村崇志)