最近、民間船舶の護衛の為に海賊被害が頻発するソマリア沖・アデン湾派遣されている海上自衛隊のニュースをよく目にします。船舶護衛の開始からわずか1ヶ月で3度の不審船対処を行い、いずれも護衛対象船・護衛艦共に被害はなく、今のところは順調な模様です。もっとも、3度の救援要請は皆護衛対象外の船舶でしたが……
この様にわずかな期間で目に見えて効果が出た自衛隊の海外派遣も珍しいですが、未だに派遣に異議を唱える人たちは多いです。しかしながら、彼らの言うことにも一理あります。憲法9条の問題、海上警備行動の適用の範囲等、法律が抱える問題は確実に存在しています。
このような法的問題の解消の為に国連海洋法条約に沿った海賊対処法制である「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(概要)の審議が進められ、4月23日に衆議院で可決しました(議案審議経過情報)。仮に野党優勢の参議院で否決されたとしても、衆議院で再可決できますので、この法律の成立は確実と思われます。この衆議院可決を受け、野党が声明を出しました。目を通して見ると、相変わらず社民党が酷い。衆院採決「海賊対処法案の衆議院通過に反対する」との談話の中でこんなことを書いています。
2. 海賊の定義が十分ではなく、海賊行為の構成要件があいまいである。海賊行為の構成要件を定めるにもかかわらず、行為に着目した定義しかない。海賊ではない者が、法案が規定する「海賊行為」を行なった場合はどうなるのか、不明である。
―「海賊対処法案の衆議院通過に反対する(談話)」 社会民主党幹事長 重野安正―
……いや、「海賊行為」を行った者が「海賊」だと解釈するのが普通なんですが。「一般市民」が「殺人行為」を行えば「殺人犯」となるのとは当然のことですが、社民党は一般市民と殺人犯の区別も付かないのでしょうか? 世界的な海賊の定義とその問題につきましては、当ブログの「海賊の定義」でも取りあげましたのでそこをご覧頂きたいのですが、今回の「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(概要)での海賊の定義はどうでしょうか。
2 海賊行為の定義
「海賊行為」・・・・船舶(軍艦等を除く)に乗り組み又は乗船した者が、私的目的で、公海(排他的経済水域を含む)又は我が国領海等において行う次の行為。
(1)船舶強取・運航支配
(2)船舶内の財物強取等
(3)船舶内にある者の略取
(4)人質強要
(5)(1)~(4)の目的での①船舶侵入・損壊、②他の船舶への著しい接近等、③凶器準備航行
―「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(概要)―
以上を見る限り、海賊の定義は国連海洋法に準じた内容です。むしろ、我が国の領海における強盗・暴力行為を海賊行為と定義したことで、公海のみに限定していた国連海洋法の定義よりも海賊と海上犯罪の違いの曖昧さを排除したものと言えます。社民党はどの辺が不満なのか、いまいち判りません。
もっとも、社民党の談話の問題はこれ以外にもあります。むしろ、これから述べるものの方が深刻かもしれません。先ほどの談話の締めを見てみましょう。
海上警備行動で出した護衛艦はいったん日本に帰したうえで、海上保安庁を軸に再検討して、日本が行なうべき海賊対処の方針を抜本的に仕切り直すべきである。本法案は廃案とすべきであり、社民党は参議院において法案の問題点を解明していく。
―「海賊対処法案の衆議院通過に反対する(談話)」 社会民主党幹事長 重野安正―
はい出ました。海上保安庁対処論です。
海上自衛隊に代わり、海上保安庁にソマリア海賊対策を行わせる意見が、自衛隊派遣に反対する立場から多く唱えられています。この海上保安庁対処論とその問題に関しては、「蒼き清浄なる海のために」さんの「海保は海賊対策のためだけの巡視船を作らない。」に詳しく書かれていますので、ここでは省きます。ぜひ、「蒼き清浄なる海のために」さんをご一読下さい。
さて、社民党は海上保安庁でのソマリア海賊対処の軸を海上保安庁に置きたがっているようです。しかし、これは果たして真意なのでしょうか。
ここで思い出されるのは、2001年の12月に発生した九州南西海域工作船事件です。海上保安庁の巡視船による追跡と射撃を受けた北朝鮮の工作船が沈没した事件です。この事件の直後、社民党は以下のような声明を出しています。
3. 小泉首相は24日の閣僚懇談会で、海上保安庁や海上自衛隊による領海外での武器使用基準の緩和、大規模な船体射撃(危害射撃)に向けた法整備の検討を指示した。今回の事件で、中国政府が、同国の排他的経済水域内で行われた船体射撃に対して強い懸念を表明していることにも明らかなように、公海上での武器使用がわが国の警察権の範囲内にとどまるものなのかは極めて疑問であり、拙速な新法制定は慎むべきである。
―「不審船沈没事故での閉会中審査を求める」 社会民主党国会対策委員長 中西績介―
この事件に対処したのは海上保安庁でしたが、「公海上での武器使用がわが国の警察権の範囲内にとどまるものなのかは極めて疑問」と述べている以上、公海上での海上保安庁の実力行使に対し否定的な見解であることが窺われます。この見解が現在に至るまで変更されたという話は聞きませんが、社民党は変更したのでしょうか。変更していないのだとしたら、以前の見解と矛盾すると思うのですがどうでしょうか。
しかしながら、こう考えられるかもしれません。「海賊対処法案の衆議院通過に反対する(談話)」における「海上保安庁を軸に再検討」とは、海上保安庁を派遣せず、間接的な支援活動に留めるというものを社民党が想定しているのかもしれません。
ところが、社民党作成のビラ『「海賊退治」は海上保安庁で(改訂版)』を見てみると……
Q1 海賊はロケット弾などの武器を持っていると聞きます。海上保安庁で大丈夫なの?
A 海賊犯罪を防止したり海賊を逮捕する警察活動と、軍隊の仕事である戦争とは違います。自衛隊には海賊取り締まりの権限や経験がなく、訓練もしていません。重火器が脅威であること、武器使用の範囲が正当防衛・緊急避難に限られることは、自衛隊も海上保安庁も同じです。安全に配慮しながら任務を行なう権限と能力を海上保安庁は持っています。
―『「海賊退治」は海上保安庁で(改訂版)』 社会民主党―
重武装の海賊に対し、海上保安庁でも対処可能としています。つまり、海上保安庁による直接の海賊対処と制圧行為=射撃を社民党は容認しているということです。これは、現在自衛隊が行っている護衛活動よりもさらに過激であり、死傷者も辞さないと捉えられるのですが、それも社民党は容認しているようです。九州南西海域工作船事件の時に自分たちが言ったことは忘れたようです。
さらに言えば、政府や防衛省は今回の派遣について「対処」という言葉を使っており、音響や光による威嚇で追い払う現状はまさにそれに当てはまります。しかし、社民党が言う「退治」という言葉は『(悪いもの・害をなすものを)平らげること。うちほろぼすこと。』(三省堂 大辞林より)という意味で、現在の政府・自衛隊よりも過激な行動を指します。それを海上保安庁を派遣して行うと。正気の沙汰ではありません。
とまあ、「退治」への私の突っ込みは揶揄に近いものですけど、実際は社民党が海賊対処の根本を理解していないことの証左と言えるでしょう。しかしながら、社民党が海上保安庁による戦闘行為を容認しているとしかビラからは読みとれません。このビラ、他にも突っ込みどころあるけどこのへんで。
そのうち社民党の誰かさんが、「これが海賊退治ですね! ……楽しいかも知れない」と言わないかしらん。