ナスルーラ(Nasrullah)とは、1940年生まれの競走馬であり、20世紀最高の種牡馬になりそこねた大種牡馬である。
馬名の由来は偉大なるという意味とも、あるいは神の援助という意味とも、実在の暴君の名前からとも言われるが定かではない。 少なくとも「茄子+ドラクエの呪文」ではない。
父はフェデリコ・テシオが生み出した競走馬としては競走成績でRibotに次ぎ14戦無敗の成績を上げ、種牡馬としては間違いなく最高傑作といえるNearco、母は「Flying Filly」(空飛ぶ娘っ子)ことMumtaz Mahalの仔Mumtaz Begum、母父はダービー馬で種牡馬としても活躍したBlenheimという血統。
そしてオーナーは大富豪アガ・カーン3世という、ピッカピカの血統背景・環境を持つ馬であった。
ちなみに1940年生まれで、日本だとクリフジと同い年である。
成長しデビューを迎える頃になった彼の馬体は肩から後ろ脚が発達し、立派な身体を持つ馬に育った。
デビュー戦こそ3着に敗れたが、2戦目に伝統ある2歳戦のコヴェントリーステークスを勝利し初勝利をマークすると3戦目は2頭立ての実質マッチレースになったが4馬身突き放し快勝。
当時8月開催のイギリスの2歳王者決定戦・ミドルパークステークスに1番人気で出走するが、追い込み届かず2着に敗れた。しかし、当年のフリーハンデでは2歳牡馬最高値を与えられた(2歳全体の1位はミドルパークステークスを勝った牝馬のRibbon)。
3歳始動戦は2000ギニーへのステップとして下級条件から始動。ここは楽に勝つ……かに思えたのだが、パドックからコースの間でじっと突っ立って動かず、レース発走を8分遅らせた。
そう、この馬は凄まじいスピードを受け継いでいたのだが、どこから引き継いだのか尋常じゃない気性の難しさも持っていたのである。
2歳の頃から管理していた名伯楽バターズ師や主戦のゴードン・リチャーズ騎手も当時のあらゆる手段を講じてなんとかまともに走らせようとして四苦八苦しなんとか制御していたのだが、歳を重ねて悪化していったと思われる。気性難あるある。
ダビスタをやったことがある人なら、ナスルーラのインブリードが発生すると牧場長から嫌そうな顔で「ナスルーラのクロスはちょっと……」と言われたことがあるだろう。その原因の一端はこういう事例である。
とはいえレースは僅差ながら勝利し2000ギニーへ。 ここでもまた反抗して出走取消もあるレベルだったがなんとか出走。レースではゴール前まで楽勝する勢いで先頭に立っていたが突然急減速して4着に敗れた。
ソラを使ったとも言われるが、そんなレベルで済まない惨敗にアガ・カーン3世は才能を買いながらも失望を強めていった。
続くレースはダービー……だったのだが時折しも1943年。 エプソムはロンドン近郊ということで使えず、ダービーはニューマーケット12fでのニューダービーとして代替開催されていた。
そのニューダービーでは、ゴール前一気に突き抜け先頭に立つ……が、またも先頭に立った瞬間にスピードを緩め3着。まともに走ってれば勝っていたのに……。
その後も下級戦は勝つが、クラシック最後の一冠セントレジャーは終始気を抜き続け、距離もキツかったか先頭にすら立てず6着。引退レースとなったチャンピオンステークスは勝ったが、クラシックでのご乱行やセントレジャーで露呈したスタミナ不足のせいで評価はそんなに高くはなかった。
1944年に4歳で種牡馬入りしたが、競走成績が当時としてはイマイチで、なおかつ大馬産家アガ・カーン3世も現役時代の有様をみて見切りをつけていたナスルーラはそんなにいい扱いではなかったようで、当時はレベルの低い国であったアイルランドから買取オファーが来るとあっさり売り渡している。まあアガ・カーン3世はBlenheimやBahramなんかもあっさりアメリカに売り飛ばして全英から非難轟々になるなど結構売るのに躊躇がない人なので仕方ないのかもしれない。
余談ではあるが、Blenheimは”Mr. Long Tail”という異名で親しまれた三冠馬Whirlawayを出して英米ダービー制覇した種牡馬になったし、よかったのかもしれない。Bahramの方はというと、受精率が低かったため故郷から遥か彼方のアルゼンチンに転売されたりしており、こっちはたまったもんじゃなかったかもしれない。
当のナスルーラに話を戻すと、初年度から愛ダービー馬Nathoo、2年目には1000ギニーとオークスを制して今でもレース名に名を残すMusidoraを輩出するなど、その産駒に卓越したスピードを伝えていた。アメリカ行きの商談がまとまったのはその最中の1949年秋であり、翌年からアーサー・ハンコック所有のクレイボーンファームへと活躍の場を移す。
自身より先にイギリスからアメリカに移籍して”Big Cy”ことCitationと激闘を繰り広げた孝行息子Noorが先に評判を上げてくれたこともあったが、アメリカでは最初から大人気種牡馬として結構な好待遇を受けた。ナスルーラ自身もそれによく応え、スピード革命を起こしたと言っていい大活躍ぶり。5度のリーディングサイアーを獲得し、セリでも産駒に次々と高値がつくなど、クレイボーンファームの屋台骨として大いに活躍。
産駒数425に対しステークスウィナーはNashua、Bold Rulerを筆頭に98頭に上り、割合にして2割を大きく超えるバケモンみたいな成績を残した。残念ながら、同じようにアガ・カーン3世に売られたBlenheimに続く英米ダービー制覇は果たせなかったが。
最も近づくことが出来たNashuaにはSwaps、Bold Rulerには*アイアンリージが立ちはだかったのが痛かった。おのれIron Maiden[1]
英国に残した産駒も大暴れし、ナスルーラは1951年に英愛リーディングも獲得。19世紀の英米リーディングPriam、20世紀初頭の英亜リーディングCylleneに次いで、大西洋跨ぎリーディング経験種牡馬の3例目となったのであった。
その気性難はアメリカに行っても変わらず(悪化しないだけRibotよりマシ?)、破傷風の予防接種は医者を見たら暴れるので結局できずじまいであったという。
1959年、大動脈破裂を起こして19歳で急死。その後も子孫たちがさらに大きく枝葉を広げ、ナスルーラの子孫達は大発展していった。
…のだが、近年は後発の"20世紀のセントサイモン"Northern Dancerや大鉱脈を掘り当てた"探鉱者"Mr. Prospectorが大暴れしていったため、ちょっと影が薄い。しかしMr. Prospectorの母父はナスルーラの息子Nashuaなので、直系はともかく影響力自体は間違いなく後世まで残り続けることになるだろう。
以下に現在も影響力を残す、直子の作り上げた系統について記す。
開祖について詳しくはこちら→グレイソヴリン
1948年生まれ。アイルランド時代に残した産駒の1頭で、現役時代は当時軽く見られていた短距離路線でまあまあ頑張ってたくらいの馬であったが、Musidoraらの活躍でナスルーラの血の価値が上がったことや
半兄(3/4同血)の名馬*ニンバスのおかげで種牡馬入りした。が、種牡馬としては当の兄*ニンバスを大きく超える大活躍。
Caroやシービークロス-タマモクロスを出した*フォルティノ、*トニービンの父*カンパラやKenmareを出したKalamounの2大巨頭により、21世紀に至っても一定以上の影響力を残すナスルーラ系の主幹をなす系統に成長した。
現在はCaro-Siberian Express-In Excess-Indian Charlie-Uncle Mo-Nyquistの北米組、Caro-Parade Marshal-Not for Saleのアルゼンチン組が代表的だろうか。
他にもフランスである程度の影響力があったKalamoun-Kenmareのラインがあったが2010年代も後半になると大舞台ではあまり見なくなってしまった。
仏リーディングサイアーに何度か輝いたラインなのでワンチャンあればまたSilver Frostあたりから活躍馬は出てくるとは思うが……。
日本とは結構関わりが深く、Kalamounの父である*ゼダーン、プレストウコウの父*グスタフ、サクラシンゲキの父*ドンなど有象無象問わずかなりの数のグレイソヴリン系種牡馬が輸入された。
目立ったところでは前述の*フォルティノ、90年代に*サンデーサイレンスや*ブライアンズタイムと並び立った凱旋門賞馬*トニービン、サンシャイン牧場の希望・アローエクスプレスを出し一時日本に大勢力を作り上げたSovereign Pathの子*スパニッシュイクスプレスあたりだろうか。
しかし悲しいかな、今の日本ではジャングルポケット産駒のサンレイポケットやアドマイヤコジーン産駒のスノードラゴンなどが細々と種付けを行う程度で、大舞台ではめっぽう見なくなってしまった。
母父として超優秀だった*トニービンは牝馬の血統表には割といい頻度で見るので、日本競馬に齎したものは大きかったと言える。
ちなみに、The Tetrarchの芦毛因子を世界にバラまき、芦毛の数を大いに増やしてみせたのはこの馬の活躍に依る部分が大きい。
ホワイトストーンやプレクラスニーあたりはグレイソヴリン経由の芦毛である。
開祖について詳しくはこちら→プリンスリーギフト
1951年生まれ。現役時代はグレイソヴリンと似たりよったり……なのは距離適性だけで、引退レースでは酷量を背負って堂々レコード勝ちするなど古馬になって鮮烈な活躍を見せ、タイムフォーム社から137ポンドという高いレーティングを与えられた。1950年に英国最強と謳われたスプリンターAbernantの評価が142ポンドなので大したもんである。
引退後は種牡馬としても活躍したもののグレイソヴリンあたりと比べると地味ーな感じだったのだが、輸出された日本で産駒の*テスコボーイが大ブレイクし大帝国を築き上げると風向きが変わる。
トウショウボーイ、キタノカチドキ、テスコガビーetc……ここに書き記すには余白が足りないってな具合に活躍馬が多数輩出され、日本を席巻した。
こうして極東で一大系統と言えるまでにプリンスリーギフトの子孫は繁栄したのである。
……まあここまでは良かったのだが、*テスコボーイはお助けボーイと呼ばれたように軽種馬協会が所有しており、種付け権は抽選により配分がなされ、抽選にさえ通ればどんなヘボ牧場の雑草牝馬にもつけることが出来た。
しかしそれは裏を返すと「大牧場の良血牝馬だろうが抽選に落ちれば付けられない」ということでもあり、不満もまた大きいものがあった。
それもあってか、プリンスリーギフトの子孫は成績の良し悪しもあまり問われず大量に輸入された。どんくらい大量かといえば欧州に有力な種牡馬が残らないほどであった。
*ファバージ、*バーバー、*フロリバンダ、*トライバルチーフら直子はもちろん、*ファバージが欧州に残してきた凱旋門賞馬*ラインゴールドや伊ダービー馬*ゲイルーザックら孫世代まで底曳網でガッポリみたいなノリで乱獲し、当然ながら同じような構成の血統が飽和したのもあって衰退した。
ちょっと前の繁殖牝馬だがイセノトウショウ(コスモバルクの母)なんかプリンスリーギフトまみれでちょっと二度見するレベルである。配合に困っただろうなコレ。
似たような境遇に*ネヴァービートの大活躍で同じく根こそぎ行かれたネヴァーセイダイ系があるがあちらはスタミナよりということもあって直系は絶滅した。さてこちらは……。
幸いなのは輸入された種牡馬は結構な確率で活躍馬は出したので完全な無駄打ちではなかったというところだろうか。*ファバージは悲運に泣いた皐月賞馬ハードバージ(とその全弟でダビスタユーザーの救世主マチカネイワシミズ)や”幻の牝馬三冠馬”ビクトリアクラウンを輩出するなど*テスコボーイに次ぐ二番手として大活躍。
カツラギエース(父*ボイズィーボーイ)、ロンググレイス(父*ゲイルーザック)、フジノフウウン(父*ラインゴールド)なんかは孫世代から出た有名所である。
衰退した衰退したとは言ったが一応まだサクラユタカオー-サクラバクシンオーのラインは元気。ただユタカオーの受精能力の低さも受け継がれがちなのかショウナンカンプがそれで早々に一線から脱落、グランプリボスが盛大にずっこけてビッグアーサーにかかる期待が高まりすぎなのが気がかりではあるが……。トウシンマカオを始めとして重賞馬はぽつぽつ出しているので、長い目で見ていこう。
なお、*フロリバンダが欧州に残してきた産駒が南米ウルグアイに渡り、その系統がリーディングサイアーを輩出したのでウルグアイでもまだギリギリ生きているらしい。Alycidon直系も元気だし南米って凄い。
開祖について詳しくはこちら→ボールドルーラー
1954年生まれ。アメリカで輩出した産駒では現役実績はNashuaと並ぶ巨星であり、種牡馬としてはアメリカ競馬の有り様を変えたとも言える大活躍を見せた。
現役時代のライバルであったRound TableやGallant Manもかなり優秀な種牡馬であったのにハズレ種牡馬みたいな語られ方すらされるくらいには種牡馬としてはボールドルーラーが飛び抜けている。
ミスタープロスペクター系やノーザンダンサー系にやや押され気味の時期もあったが、ひ孫の大種牡馬Seattle Slewの子A.P. Indyが確固たる地位を築き上げ、現在もTapitらがボールドルーラーのスピードを伝え活躍中。
ナスルーラ系で強い存在感を維持し続けている稀有な系統となっている。
逆にSeattle Slew-A.P. Indy親子を通さないボールドルーラーは競走馬界からはじき出される寸前で、今や実質ボールドルーラー系=シアトルスルー系≒エーピーインディ系と言えるだろう。
日本では*ダストコマンダーや*ステューペンダスの時代から継続的に輸入され、皐月賞馬アズマハンターやダービー馬ラッキールーラが出たり、○外の時代には現役でダンツシアトルやタイキブリザードが活躍したにも関わらずなかなか定着できないことで有名な系統であったが、近年になってようやく*パイロや*マジェスティックウォリアーあたりがダート・地方種牡馬の雄として定着しつつある。
1954年生まれ。現役時代も種牡馬時代もあんまりパッとしなかったが、種牡馬生活14年目にブラッシンググルームを輩出。このブラッシンググルームが一大系統を築き上げた。
実質ブラッシンググルーム系みたいなところがあるがブラッシンググルーム系以外の種牡馬群をレッドゴッド系と呼ぶこともある。
ちなみにブラッシンググルーム系はフランスで活躍中のRahyのライン出身のLe Havre(父は”早熟すぎた天才”*アラジの3/4同血の半弟Noverre)やアルゼンチンで一世を風靡したCandy Stripesの後継者たち、日本で種牡馬入りした凱旋門賞馬の久々の成功例になるかもしれない*バゴらが現在の中心である。
日本的にはやはり注目は*バゴだろうか。クロノジェネシスやステラヴェローチェが出た近年の産駒は期待大だろう。問題は*バゴがちょっと高齢なので折角のチャンスを活力減退で掴みきれない可能性があることか。
ブラッシンググルームを通さないレッドゴッド直系は日本では*イエローゴッドが活躍し”金襴緞子”ブロケード、悲運の皐月賞馬ファンタスト、評価が低すぎる二冠馬カツトップエースを輩出するなど活躍したが、産駒の出来にバラツキが大きく人気種牡馬になりきれなかった。
後継種牡馬もカツトップエースが人気がなさすぎて韓国へ行くがそこでも後継は繋げず、ファンタストが現役中に非業の最期を遂げたこともあり断絶した。
フランスでは*イエローゴッドがフランス時代に残したラインから凱旋門賞Suboticaが出たがこちらのラインも断絶している。
1960年生まれ。ナスルーラが1959年5月に急死したのでラストクロップになる世代である。
母Lalunはケンタッキーオークスを勝つなど現役中も抜群の実績を残し、ネヴァーベンドの他にもSadler's Wellsの母父に当たるBold Reason(半弟、父Hail to Reason)を輩出するなど活躍した名牝。
そんな血統背景を持った彼は快速を生かしケンタッキーダービーに有力馬として出走したものの、そこで*シャトーゲイ(タマモクロス・ミヤマポピー兄妹の母父として有名)に敗れて以降は伸び悩んだまま現役を終えた。
1964年より活動を開始した種牡馬としてはぼちぼち活躍していたが、3年目の産駒から超スーパー名馬・Mill Reefが誕生すると翌年もRivermanが出てネヴァーベンドの立ち位置は確立された。
この2頭が種牡馬として空前の大成功を遂げ、種牡馬の父として君臨することになったのである。しかしネヴァーベンド自身は17歳で早逝した。
現在はかなり先細っておりMill Reefの末裔のDalakhaniがシャトル種牡馬をやったりして孤軍奮闘していたが2016年に引退。
Reliable Manが豪州で種牡馬入りしたが2400あたり向きの本格派であり、スピード上等の南半球で無事にやっていけるのかが気がかりである。
シャトル先だった豪州では他にも少しだけDalakhani産駒の種牡馬が活動しているのでこのへんに期待である。
またドイツでは共にドイチェスダービーを制したIsfahan―Sisfahan親子もいるので、ここのラインにも注目したい。
Rivermanの方は直系子孫はかなり厳しいものがあるが、母父としては子孫も自身も相当優秀で、凱旋門賞母子制覇の*カーネギーやエルコンドルパサー産駒で繁殖牝馬として優秀なクリソプレーズは母方にRivermanの血を持っている。
そのため名繁殖牝馬には結構Rivermanの血が流れている事が多い。
日本ではMill Reefの系統はイナリワンやロッキータイガーの父である地方の雄*ミルジョージ、ミホノブルボンやマサラッキを出した快速種牡馬*マグニテュード、タケノベルベットの父*パドスールらが活躍したが次代が続かなかった。
Rivermanのラインでは種牡馬として活躍したのはナリタタイシンらを輩出し可能性を見せたが早逝した*リヴリアくらいだろうか。
しかし母父としては*ルションがウオッカを輩出し、前述のクリソプレーズやその兄アロンダイトもRivermanを母父に持つなど繁殖牝馬の血統表にRivermanや子孫の名があることは日本でも多い。
この2大巨頭を通さない流れとしてGIIを勝った程度のネヴァーベンド産駒*ブレイヴェストローマンが芝ダート問わず(ダートのほうが得意)活躍したが、距離適性馬場適性ともにあと5年位活躍時期違ったらもっと行けた的な面があったりして上手くつなぐことは出来なかった。
Nearco 1935 黒鹿毛 |
Pharos 1920 黒鹿毛 |
Phalaris | Polymelus |
Bromus | |||
Scapa Flow | Chaucer | ||
Anchora | |||
Nogara 1928 鹿毛 |
Havresac | Rabelais | |
Hors Concours | |||
Catnip | Spearmint | ||
Sibola | |||
Mumtaz Begum 1932 鹿毛 FNo.9-c |
Blenheim 1927 黒鹿毛 |
Blandford | Swynford |
Blanche | |||
Malva | Charles O'Malley | ||
Wild Arum | |||
Mumtaz Mahal 1921 芦毛 |
The Tetrarch | Roi Herode | |
Vahren | |||
Lady Josephine | Sundridge | ||
Americus Girl | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:St. Simon 5×5(6.25%)、Canterbury Pilgrim 5×5(6.25%)
Nasrullah 1940
|Grey Sovereign 1948 →グレイソヴリンの記事参照
|Never Say Die 1951
||*シプリアニ 1958
|||トウメイ 1966
|||ヒカルイマイ 1968
||*フィルモン 1960
|||ラフオンテース 1977
||*ネヴァービート 1960
|||グランドマーチス 1969
|||インターグロリア 1974
||*ライオンハーテッド 1961
|||ヒカリワカヤマ 1977
||*コントライト 1968
|||テンポイント 1973
|||キングスポイント 1977
|Princely Gift 1951 →プリンスリーギフトの記事参照
|Nashua 1952
||Shuvee 1966
||Guillaume Tell 1972
|||Stanerra 1978
|Bold Ruler 1954 →ボールドルーラーの記事参照
|Red God 1954
||*イエローゴッド 1967
|||ファンタスト 1975
|||カツトップエース 1978
||Blushing Groom 1974 →ブラッシンググルームの記事参照
|Bald Eagle 1955
||*サンサン 1969
|Fleet Nasrullah 1955
||*フリートウイング 1966
|||ハッピープログレス 1978
||*イースタンフリート 1968
|||トウケイホープ 1976
||||トウケイニセイ 1987
|Never Bend 1960 →ネヴァーベンドの記事参照
掲示板
9 ななしのよっしん
2022/10/28(金) 19:55:56 ID: J2yQ1AU9O3
ただおかげでテスコボーイ産駒牝馬が母父○出せるので非テスコボーイ系の確立にはめちゃくちゃ役立つんだよなぁ……
逆にそこでハイセイコー(チャイナロック)やシンザンをちゃんと確立しとかないとサクラユタカオー(→サクラバクシンオー)やトウショウボーイ(→ミスターシービー)の確立で困るし、いずれ来るサンデー旋風に耐えられなくなって断絶しかねないから難しい血統なのはガチだけど
10 ななしのよっしん
2024/04/20(土) 17:11:54 ID: u+3eq4ackP
11 ななしのよっしん
2024/05/12(日) 02:21:15 ID: VfCyuouHJq
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最終更新:2025/01/03(金) 00:00
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