「いよいよ、私の出番ね!」
陽炎(かげろう/かげろふ)とは、ブラウザゲーム『艦隊これくしょん~艦これ~』に登場する艦娘(かんむす)である。モデルは旧大日本帝国海軍陽炎型駆逐艦一番艦「陽炎」から。
デザインはコニシ、担当声優は藤田咲。
陽炎!概要はいりまーす!
性格は明朗快活ハキハキしている元気娘であり負けず嫌い。オレンジ色で短めのツインテールも相まって明るい印象が強い。
開戦時の最新型である陽炎型ネームシップである事から能力は駆逐艦としては充分高いのだが、よりにもよって姉妹艦にあのオーバースペックというか異能生存体というか別格扱いである「雪風」が居る上に、せっかくの1番艦なのに、キャラが立っている他の妹(“戦艦なみの眼光”こと「不知火」・陽気な関西弁娘「黒潮」)と比較しても相対的に目立たない娘になってしまっている。というか、3人まとめてyaggy扱いである。ヒドス……
更に後のアップデートでさらに下の妹である「舞風」「初風」も加わるがこの二人も陽炎以上の高レアリティ(初風に至っては現状艦娘全体から見ても建造不可・ドロップするのが高難度のボス戦のみと入手が困難といえ、ツチノコとまで呼ばれる超レア扱いである)であり、その後追加された末妹の「秋雲」もレア度はともかくそのドヤ顔でしっかり存在を主張する中、長女はますます埋没してる感が否めなかった……「陽炎型ネームシップの名が泣くわ……」
2013年10月6日、そんな彼女にスポットライトが当たる。ファミ通文庫から発刊される艦これ小説『艦隊これくしょん-艦これ- 陽炎、抜錨します!』の主人公に抜擢される事が正式に決定。正に冒頭の「私の出番ね!」と相成ったのである。
詳細はそちらの記事を参照して頂きたい。
その後、他の未実装駆逐艦を尻目に陽炎型にはさらに「浜風」「谷風」「天津風」「浦風」「時津風」「磯風」「野分」「嵐」「萩風」「親潮」「早潮」と続々と妹達が実装され続け、気が付くと「陽炎」は最多姉妹(2022年5月時点で18人実装。2022年3月にライバルとなる夕雲型も実装数が17人に並んだが同年5月の早潮実装及び同年7月の早潮改二実装で単独首位に返り咲いた。)の長姉となっていたりする。
2014年7月18日のアップデートでは赤城・不知火・黒潮共々、藤田氏による新規ボイス(補給時・ケッコンカッコカリ時母港・放置の3種)が追加された。ユーザーからは幼馴染度が増し増しになったと概ね好評。
2016年7月26日には不知火・黒潮と共に『艦これアーケード』に参戦。正式稼働から3か月、これまた「やっと会えた!」と云えよう。
余談だが、陽炎の生まれ故郷である京都府舞鶴市で開催された同人誌即売会『砲雷撃戦!よーい!舞鶴鎮守府』では同じ舞鶴生まれの吹雪・島風・天津風と並ぶ同イベントの『顔』とも云える存在であり、イベント当日はポスターや会場付近に看板多数、ARラリー等の即売会以外にも登場している。現在の彼女の人気が伺える。
十八駆、全艦出撃!改装された陽炎型の力、見せてあげるわ!!
2018年まで史実でも開戦時の最新型だった陽炎型は改装が後回しにされたためか改二が存在しなかった・・・だったが、18年年頭に「磯風」「浜風」に対空重視の『乙改』、「浦風」に対潜重視の『丁改』が実装がアナウンス。いよいよ、陽炎型のパワーアップが現実味を帯びてきたのである・・・
2018年3月10日発売の月刊コンプティーク4月号にて遂に「今年の春に実装する陽炎型駆逐艦の改二」の一報(磯風乙改の実装告知と並んで)が掲載。後の佐世保鎮守府巡りにおいてもステージ上で発表があり、その際にも運営による複数の陽炎型の改二を準備中との報告がされた。
様々な予想が飛び交う中、
という節目に遂に『それ』は来た・・・
である。陽炎型姉妹待望の初の改二であり、(特殊改装含めると)同日実装の『浦風丁改』を加えて4人目の改装となる。その後不知火・黒潮と連続で改二が続き5周年を機に一気に陽炎型姉妹の強化が図られている。
能力は改を正統進化させた艦隊決戦主体の甲型駆逐艦らしい雷装及び火力特化であり、陽炎改二は更に初期装備である「12.7㎝連装砲C型改二」及び「61cm四連装(酸素)魚雷」に加え「12.7㎝連装砲D型改二」を装備する事で火力・雷装・回避にプラス補正が付く。後日「61cm四連装酸素魚雷(後期型)」が実装され、こちらの装備群も陽炎型含めた甲型駆逐艦(朝潮型・夕雲型)に更なる補正が付く。
18年6月のアップデートで主砲・酸素魚雷以外でも水上電探を装備する事で補正が向上する相互シナジー効果も実装。シナジー対象としてアメリカ製装備である「5inch単装砲 Mk.30改+GFCS Mk.37」も追加。
22年7月現在で陽炎改二は上記のC型改三2基(早潮改二実装と同時に任務や装備更新で入手可能)と水上電探で昼戦の火力(+6)が、C型改三2基と四連装酸素魚雷(後期型)改修☆MAXで夜戦火力の最大値をマークする(夜戦火力158+3。補正込みだと総合2位の綾波改二と同数。以下秋雲改二除く陽炎型改二にも同等の補正が付く)また補助増設施設(増加スロット)に中型バルジが搭載出来るので、敵艦からの攻撃も一発大破という事態も軽減できるのが大きい(陽炎型・夕雲型改二共通の能力)耐久が低い駆逐艦は艦隊編成においてほぼ必須なので、長道中のイベント海域・後半の通常海域では特に実感できる。
ビジュアル面では制服は以前と変わらないが、彼女のトレードマークであるツインテールのリボンが黄色から白になり、陽炎型姉妹共通のアイテムである白手袋が穴開きタイプの黒グローブに変更。
艤装も魚雷発射管の下部に次発装填装置が増設されている。主砲である12.7cm連装砲は以前のアームで艤装本体と接続する方式からブルパップ式の手持ちタイプに変更(本体後部にマガジン状の弾倉パーツを装着)、可動式のフォアグリップも付いている。
また、陽炎型改二艤装の特徴として主砲塔の前面下部に小型の探照灯が装備された(持参装備には無い。黒潮改二は視認出来ないが親潮改二及び早潮改二も同形であり、また主砲塔後部に三式爆雷投射機が付いている⇒陽炎改二・不知火改二は爆雷未装備。それ故か改二→改三への更新の際に三式爆雷投射機が要求される)
なお、陽炎の史実での駆逐隊僚艦は陽炎改二の実装より前に前級朝潮型の霞改二・改二乙、霰改二が実装済みで、陽炎改二実装の1月後に不知火改二が実装され18駆での僚艦全艦に改二が揃った。また、2年半後に親潮改二が、更に翌年春に実装された早潮にも同年夏に早潮改二が実装され、陽炎が15駆に編入した時点における15駆全艦の改二実装が完了した。上司神通や臨時旗艦のうち照月を除く艦(五十鈴・早潮・長波)にも改二が実装されており、史実の駆逐隊僚艦全員が改二で揃った艦娘は陽炎が初となる。
やっと会えた!私の史実よ。よろしくね!
ロンドン軍縮条約の脱退に伴い、艦船建造の制限から開放された海軍は主力艦隊に付随できる長い航続力と、巡洋艦・戦艦などの大型艦艇を撃沈出来る雷装を装備出来る大型駆逐艦を切望していた。軍縮条約脱退後初めて建造された朝潮型駆逐艦は強武装かつ高い安定性を持っていたものの、船体の大きさに対して燃料タンクが小さくやや外洋での運用で余裕がない艦だった。陽炎型駆逐艦は朝潮型駆逐艦の発展系として燃料タンクの大型化による船体の延長・兵装配置の最適化・機関部の強化などが盛り込まれ「日本海軍の艦隊型駆逐艦の集大成」と称され、大量に(全19隻、さらに陽炎型の改良版である夕雲型も19隻の合計38隻)建造されることになる。
……が、この事が陽炎型の欠点にもなっており、艦隊決戦に特化しすぎた設計から汎用性に乏しく、元々兵装搭載に余裕がない船体から、太平洋戦争での主要な戦闘で必要となった対空・対潜能力に欠けており、改装するのも難しい艦になってしまった。また建造が太平洋戦争開戦直前と新しかった事も災いして、最前線にいる事が多かったのもあり他の駆逐艦と比べると改修が遅れがちになった。これは同時に損耗率の高さにも繋がっており、陽炎型19隻+夕雲型19隻の同型艦38隻の中で太平洋戦争を生き残ったのは、異能生存体こと「雪風」ただ1隻のみだった[1]。
さて、その陽炎型駆逐艦のネームシップである1番艦「陽炎」は、1939年(昭和14年)11月、京都舞鶴工廠にて竣工。時既に対米戦必至の状況での就役であり、妹「不知火」と共に即座に水雷戦隊の中核・第二艦隊第二水雷戦隊(通称「二水戦」)の第十八駆逐隊に配属された。当時の同僚は前述の「不知火」の他、「霞」「霰」の朝潮型コンビである。真珠湾攻撃ではその航続力を買われ機動部隊の警戒(護衛)を担当、以後ほぼ南方最前線での活動を行っている。
その後、1942年6月末に、第十八駆逐隊は「千代田」(当時は艦これでいうところの「千代田甲」の時期)と輸送船「あるぜんちな丸」を護衛してキスカ島に向かうが、キスカ島沖で濃霧のため停泊中だった[2]7月5日、米潜水艦「グロウラー」に襲われ、「霰」は轟沈、「不知火」「霞」も大破する惨事となる。しかし、このとき「陽炎」は別の任務(水上機母艦「君川丸」の護衛)を受けており、4日後の7月9日に遅れてキスカ島に到着し、仲間の悲劇を知ることになる。
こうして、第十八駆逐隊でただ一人無事で残ってしまった「陽炎」だが、そのため、ちょうど欠員が出ていた第十五駆逐隊に転属することになる。
第十五駆逐隊には、妹達である陽炎型の「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」(3番艦~6番艦。「夏潮」は艦これ未登場)がいたが、このうち「夏潮」が失われ、「陽炎」はその代わりに加入する形となった。しかし、再会も束の間、半年も経たぬうちに、今度は「早潮」が失われ、以降、第十五駆逐隊は3隻体制で運用されることになる。
そして、昭和18年5月8日午前4時、コロンバンガラ島への3回目の輸送任務完了後帰投中だった第十五駆逐隊だったが、これが毎回同じ海路を使っていたため米軍が仕掛けていた機雷原に見事に突っ込んでしまう。慢心ダメ、絶対。
まず「親潮」が蝕雷して航行不能に。しかし、これを潜水艦の攻撃だと勘違いした「陽炎」「黒潮」は、対潜爆雷攻撃を開始し、機雷原の真上を航行、当然のごとく次々と蝕雷する。「親潮」蝕雷の30分後に「陽炎」も蝕雷して航行不能。さらにその1時間後、今度は「黒潮」が蝕雷し、これは当たり所が悪く一撃で轟沈してしまった。
航行不能のまま漂流していた「陽炎」と「親潮」に、今度は「日本の駆逐艦が漂流中」との報を受け、近くの米機動部隊から発艦したドーントレス攻撃機、P-40戦闘機が襲いかかった。戦闘力を失った駆逐艦になすすべはなく、「親潮」は午後5時5分に、そして「陽炎」は午後5時27分に沈没した。
こうして、「陽炎」は、「黒潮」「親潮」と同じ6月20日に除籍。そして第十五駆逐隊は、全滅により同日付けで解隊された。この「陽炎」の除籍に伴い陽炎型駆逐艦は不知火型駆逐艦へと書類上の名称を変更されている。
さーんきゅっ。私の関連動画、期待してね!
ふ~ん私の関連静画?ありがと
改二
関連コミュニティ
陽炎(艦これ)に関するニコニコミュニティを紹介してください。
関連項目
陽炎型駆逐艦(陽炎型姉妹) |
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1.陽炎 -2.不知火 -3.黒潮 -4.親潮 -5.早潮 -6.夏潮 -7.初風 -8.雪風 -9.天津風 -10.時津風 - 11.浦風 -12.磯風 -13.浜風 -14.谷風 -15.野分 -16.嵐 -17.萩風 -18.舞風 -19.秋雲 |
脚注
- *とはいえ、他の駆逐艦の損耗率も似たりよったりで、大戦を生き残ったのは神風型1隻(「神風」)、特II型1隻(「潮」:機関損傷のため動けず)、特III型1隻(「響」:健在)、初春型1隻(「初霜」:大破着底)くらいであり、睦月型や特I型、白露型のように全滅した艦種も少なくない。
- *後日の「キスカ島撤退戦」では日本に味方した霧だが、このときは完全に仇になった。
- *巻波は陽炎を15駆所属扱いしている。なお、巻波も陽炎と同じ舞鶴工廠で建造された。
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