英米でベストセラーとなった柚木麻子の小説『BUTTER』

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Text by Martina Baradel

木嶋香苗のいわゆる「婚活殺人事件」に着想を得た柚木麻子の小説『BUTTER』が、英米で話題を呼んでいる。オックスフォード大学の犯罪研究者が柚木本人に取材し、日本の司法やメディアに蔓延るミソジニーとルッキズムを分析。女性犯罪者はその行為だけでなく、「女性らしさの規範」に抗ったことでも裁かれると指摘する。

ステレオタイプを切り捨てる木嶋


2009年8月のある朝、埼玉県富士見市の駐車場にとめられていたレンタカーから男性の遺体が発見された。

死因は一酸化炭素中毒で、当初は自殺とみられていた。だが状況に疑問を持った警察は、被害者と交際していた木嶋佳苗を訪問する。これが後に「婚活殺人」とメディアで報じられる事件の捜査の始まりとなる。

警察の調べによって、木嶋がマッチングサイトで知り合った3人の男性を殺害したと示唆する証拠が見つかった。木嶋は無罪を主張したが、一審、二審ともに死刑判決が下った。この判断は、木嶋が犯行に使われたものと一致する練炭を事前に入手していたなど、状況証拠の積み重ねによるものだった。木嶋は最高裁判所に上告したが2017年に棄却され、いまは死刑囚として刑の執行を拘置所のなかで待っている。

木嶋の事件は、2024年末に獄中死した筧千佐子元死刑囚の事件と似ている。筧は夫を含む3人の男性をだまして金銭を巻き上げた後、青酸化合物で殺害した容疑で有罪となり、死刑が確定していた。

だが、木嶋の事件には別の側面もある。当初からメディアが注目したのは、犯罪そのものではなく木嶋の容姿だった。「ブス、デブ」と評されるこの女性容疑者が、なぜ多くの男性を誘惑することができたのか──新聞や雑誌、ネット上のさまざまなフォーラムサイトがこの疑問を取り上げ、大騒ぎした。

答えのなかで有力視されたのが、彼女の「家庭的」な雰囲気だ。

そうした見方の根底には、ぽっちゃりとした女性は陽気で、慈しみ深く、料理がうまいというステレオタイプがあった。男性はスタイリッシュな女性の「高慢な雰囲気」より、家庭的な女性の温かなホスピタリティを好むのだろうと人々は考えた。

日本では一般的に、死刑囚は世間の目から身を隠す。ところが木嶋はブログで、自分の生活や恋愛事情をこと細かに綴った。拘置所で手に入るクッキーの種類から死刑囚の居室の状況、ダイエットのアドバイスから日本の刑事訴訟における裁判員制度に対する見解まで、その内容は多岐にわたる。

メディアは熱心に彼女の投稿を取り上げ、ジェンダーロールや容姿についてのステレオタイプを強調したが、そうした反応を木嶋は切り捨てた。法的な証拠より自分が女性であることや、見た目にばかり関心を向けるその姿勢を鋭く批判したのだ。


性差別主義を暴く『BUTTER』


作家の柚木麻子は木嶋の事件に着想を得て、小説『BUTTER』(新潮社)を書いた。主人公である週刊誌記者の町田里佳は、結婚詐欺の末に3人の男性を殺害した容疑で逮捕された女性・梶井真奈子を取材する。
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