達而録

ある中国古典研究者が忘れたくないことを書くブログ。毎週火曜日更新。

トマトパスタのすすめ

 恥ずかしくも有難いことに、高校まで食事の料理は親に任せっきりで済ませていたが、一人暮らしを始めてからはほとんど自分で料理を作るようになった。その中で明確になった自分の料理の傾向は、「とりあえず色々買って、ありものを炒めたり煮込んだりして何か作る」というものだ。凝ったものをレシピ通りに作るのは稀で、だいたいその場のノリで味付けをする。だから、毎回確実に同じ味になる「得意料理」みたいなのはあまり存在しない。

 ただ、このやり方だと、「どの要素が異なるとどう味が変わるのか」ということがいつまで経っても分からない。たとえば、「前回とカレーの味が何か違う」として、味を変化させるパラメーラーにはこういう要素が想定される。

  1. 野菜・肉の種類。
  2. 野菜・肉の価格帯(質)。
  3. 野菜・肉が新鮮かどうか。
  4. どういう順序でどれぐらい炒めたか。
  5. ルー/スパイスに何を使ったか。
  6. 水・バター・塩コショウなどの分量。
  7. 煮込み時間。

 しかし、レシピ通りに作るということをしないので、「何か味が違う」時に、それが上のどのパラメーターによるものなのか分からない。その場で調味料を足して、(自分にとって)おいしく感じられるものにする調整力はあるので、何となく「そこそこ旨い」ものは完成するけど、毎回味は変わる。

 こんな具合なので、私は料理をし始めてから数年経っても、鶏のもも肉と胸肉の違いを理解していなかった(今思うと信じられないが)。つまり、肉の味が違ったとして、それが肉のせいなのか、煮込み時間のせいなのか、炒め方の違いなのか……といった要素を掴んでいないので、味の違いが肉の種類の問題かどうかが結び付かず、いつまで経っても区別がつかなかったのだ。

 こういう料理の仕方だと、「何となく自分の好みのものを作る」技術や、「家を空ける前に冷蔵庫の生物を消費する」テクニックなどは身につく。しかし、ここから一歩進んで、より料理に向き合えるようになったのは、「パラメーターを固定して味の変化を楽しむ」ことができるようになってからだ。

 で、自分にとってそのきっかけになったのは、「出汁を取る」ことと「トマトパスタを作る」ことだった。今回は、このうちトマトパスタについて書いてみる。

 ちなみに、以下のレシピは同居人に教わったものだ。基本の作り方が固定されている中で、味が変化するポイントが少しずつあるので、私のような傾向がある人にとって学びの多い料理である。

用意するもの

  • トマト(トマト缶半分 or 大トマト1個)
  • にんにく
  • 鷹の爪(なくてもいい)
  • オリーブオイル
  • 白ワイン(なくてもいい)
  • パスタ(おすすめは7分でアルデンテになるやつ)
  • バジル(乾燥or生、なくてもいい)
  • 粉チーズ(なくてもいい)

作り方

  1. にんにくをつぶし、オリーブ油を多めに入れて、フライパンでごく弱火で炒め始める。鷹の爪も一緒に入れる。このとき、にんにくを焦がさないように気を付ける。
  2. お湯を加熱し始める。塩を一つまみ入れる。
  3. 数分後、トマトを切ってフライパンに入れて炒める。塩一つまみ、白ワイン少量を入れる。
  4. どろどろになるまでしっかり煮詰める。
  5. 同時進行でパスタをゆで始める。
  6. ゆで汁を少しフライパンに入れる。
  7. 茹で上がったパスタをフライパンに入れる。
  8. 水分が飛んだら、火を止める。
  9. バジルを入れて、味を見ながら塩胡椒を振って、混ぜる。
  10. 皿に盛り付ける。粉チーズをかける。完成。

味を変えるパラメーター

 このように素材と作り方はとてもシンプルなのだが、味を変えるいくつかのパラメーターがある。そのパラメーターが多すぎないので、料理のどのフェーズでどういう風に味が変化するか、ということを体感できるのが面白いというわけだ。

 私の感覚では、このトマトパスタには以下のようなパラメーターがあると思う。

  • トマトの違い
    • 生トマト→さっぱりした酸味が出て、軽くぺろっと食べれる感じのパスタに仕上がる。
    • トマト缶→もったりした感じで、煮込んだソースっぽい感じになる。
    • 個人的には生トマトが好みだけど、値段が高い時が多いので悩みどころ。
  • 白ワインの量の違い
    • 一度多めに入れてみると、果汁っぽい旨味や甘みが足されていると分かる。
    • 個人的にはちょっと多めが好き。
    • でも家にワインが無いことが多いので、結局入れないことが多い。それでも十分に美味しい。
  • 鷹の爪の量
    • 当然ながら多いとかなり辛くなる。
    • このレシピで「食えないもの」ができる可能性があるとしたら、鷹の爪を入れすぎた時だと思う。
    • 個人的には、辛みをギリ感じないぐらい(一欠片ぐらい?)入れた時に、絶妙に旨味だけ感じるポイントがある気がして、これを目指している。
    • ただ鷹の爪によって辛みに結構差があるので完璧にコントロールするのは難しい。別に入れなくても美味しい。
  • 炒める時間・煮込む時間
    • にんにくを丁寧に弱火で長めに炒めると、ソース全体にコクが出ると思う。ただ、にんにくを焦がすと苦みが出る。焦がしにんにく自体は好きだが、トマトソースの場合は不要だと思う。
    • トマトをしっかり煮込んで水分を飛ばしていると、トマトの甘みが引き立つ。
    • 個人的には、にんにく・トマトともに時間を取ってじっくり火を通した方が美味しいと思う(「時間を取る」とはいえ30分もあれば完成する。)
  • ゆで汁の量、パスタを移すタイミング
    • ゆで汁を加えるのは、ソースのトマトと油を絡ませるため。ゆで汁を少しだけ入れて、ソースを完成させ、これと茹で上がったパスタを絡めるのが一つの方法。
      • この方法だと、パスタ単体の味とソースの味が個々にしっかりと感じられる。パスタを先に皿に上げて後から上からソースをかけてもよい。
      • パスタをざるに上げる時、しっかり水を切ることでソースがよくパスタに絡むようになる。これも結構味が変わるポイント。
    • ただ、ゆで汁を多めに入れておき、パスタをあえて固めで茹で上げて、フライパンでパスタをソース+ゆで汁で煮込みつつ水分を飛ばす、という方法もある。
      • この方法だとパスタにも味が染み込むが、パスタの固さと水分量の調節に若干気を遣う。
  • バジル
    • 乾燥バジル→味にさわやかさが出るが、ややもったり感はある。保存できて便利。
    • 生バジル→味も香りもいい。熱に弱いので、加熱しないように注意。
    • とはいえ、なくても十分美味しい。

まとめ

 色々書いたが、ひとまずトマト缶・にんにく・パスタ・塩コショウがあれば作れる。どれも保存がきくものなので、手軽に買えるのがいいところだ。トマト缶二個・パスタ一袋・にんにく一個買えば、トマトパスタを4回は作ることができる。その中で、ちょっとした組み合わせや料理時間の変化で味が変わる。するとどのパラメーターで味が変化したか分かる。

 もちろん、ツナ缶・玉ねぎなどの具材を追加してもまた味が変わる。ただ、毎回あれこれ足していると、先述した私の状態になって、パラメーターの変化を掴むのが難しくなってしまうので注意が必要だ。また、トマト・ワイン・にんにく・オリーブ油などの品種によっても当然味は変わるのだろうが、私の場合はまだそこまで掴めていない。

 こうして書き出してみると、単純な料理でも、案外たくさんのパラメーターがあると気が付く。今年の私の目標は「何かのスキルをちゃんと上げること」としているのだが、料理においては、こういうパラメーターの変化を掴める幅を増やすこと、を目標にしたい。

スキルと楽しさ

 いま、自分のスキル向上のために、料理におけるパラメーターの変化を掴めるようになりたいと書いたけれど、その根源的な動機は、結局は「私がそういうことに楽しさを覚えるから」というところにある。

 料理におけるパラメーターの変化は、自分の感じる嗅覚や味覚と結び付いている。より自分にとって喜ばしく、幸福感を覚えるような味を作り出すパロメーターを理解するという行為は、つまるところ、自分のことをより深く理解するための試みの一つである。大仰に言えば、「自分の喜びを生み出すものを作る過程に向き合うこと」は、そういう過程を見えなくして完成品を金銭と引き換えに消費するシステム(=消費主義)に対する私なりの抵抗と言えるのではないか、と思っている。

 

 ちなみに今回の記事は、以下のブログの記事を読んだことがきっかけになって、自分の場合に置き換えて書いてみた。今年は、コーヒーを淹れる時のパラメーターの変化でも遊んでみたいと思う。

 coffee tips - ガソリン・スタンド

(棋客)