4月にJR東海社長に就任した金子慎氏は、リニア計画のバトンを引き継いだ。9兆円をかけて大阪までを時速500km、67分で結ぶ壮大な計画だが、問題が山積している。詳細は日経ビジネス8月20日号(発売中)で21ページにわたってレポートしているが、経営トップとして、どう難局を乗り越えようとしているのか、数々の疑問を聞いた。

<span class="fontBold">金子慎(かねこ・しん)</span><br />1955年生まれ。78年、東京大学法学部卒、日本国有鉄道入社。87年、分割民営化でJR東海に入社、2004年取締役総務部長、08年常務、10年専務、12年副社長を経て、今年4月に社長に就任(写真:的野弘路)
金子慎(かねこ・しん)
1955年生まれ。78年、東京大学法学部卒、日本国有鉄道入社。87年、分割民営化でJR東海に入社、2004年取締役総務部長、08年常務、10年専務、12年副社長を経て、今年4月に社長に就任(写真:的野弘路)

1987年のJR東海発足時は、国鉄時代の巨額の借金を背負ってスタートしたが、今では6000億円近い経常利益を生み出す企業体となりました。それが今、壮大なリニア計画を実行する土台になっています。

金子:私は国鉄に9年間在籍しました。それからJR東海になって、今年32年目ですね。民営化後、会社は大いに発展しました。幸運もありますし、それから道筋を立てた先輩方の努力もあると思います。

 当時は何が期待されていたかというと、東海道新幹線と在来線はしっかり運営してくださいよ、と。引き継いだ膨大な借金はちゃんと返してください、と。やがては上場できればいいね、ということだったと思います。

バブルや人事で幸運も重なった

金子:11年目に上場して、それから9年たったら完全民営化をして、それから最大5.5兆円あった借金を一旦は2兆円を切るところまで返した。それで、リニアを自己資金で作る体力が付いたものですから、おっしゃる通りの形(リニアの土台)になった。これは、東海道新幹線の競争力強化を主軸に据えて一生懸命取り組んだという経営判断が1つ。それから制度面では、(91年の)新幹線鉄道保有機構の解体というのがうまくいったことがあったと思います。

 運ということでいえば、ちょうど(民営化した)87年はバブル期の初期で、それから絶頂期を迎えていくんですよね。それで東海道新幹線は、国鉄時代の少ない黒字路線。その稼ぎはみんな他部門の赤字補填に充当していた。新幹線自体はどうだったかというと、設備投資が不十分なまま、施設を引き継いだわけです。

 でもJR東海になったら、これが経営の大黒柱なので、とにかく東海道新幹線にきちっと設備投資をして、徹底的に磨き上げて競争力を持たせようとしたんです。

 でも、最初はやっぱりおカネがない状況からスタートしているんですが、民営化したバブル期初めから91年度までに輸送量が予想外に3割伸びたんです。これは、投資を続けていく上で、スタートダッシュを切るという意味で非常によかった。それから大変な借金があって、決められた償還期に全部返していくというわけでもなくて、借り換えもするんです。ずっと低金利の時代が続いたので、借り換えるたびに負担が軽くなった。これもラッキーでしたね。

 それから、ちょっと専門的になりますが、保有機構解体は本当にやらなくてはいけない改革でした。これは国鉄改革の欠陥制度でした。新幹線を保有するJR3社(東海、東日本、西日本)の新幹線施設を保有機構が持って、3社から貸付料を取って、それで借金を返していく仕組みでした。しかも、その貸付料が固定ではなくて、経営実績によって決めると。それから貸付料なので、減価償却費が立たない。それから上場しなくちゃいけないのに、返し終わったら施設の帰属がどうなるのかもはっきりしていない。

なるほど、返し終わっても、手に入ると決まってない。

金子:これはだめなので。でも当時、国鉄改革から日が浅いときで、解消することができた。3社が資産を買い取る形になったんですね。ですから、自分の努力で利用増になれば収入が増えて、減価償却費も立てることができる。これは資金繰りという面からも、(民営化して)最初のころに整理ができてよかったと思います。

 これは当時、葛西(敬之名誉会長)が総合企画本部長をやっていたんですが、彼のカウンターパート、国鉄改革の再建監理委員会の責任者だった林(淳司)さんが運輸事務次官になっていたという、非常にいいタイミングだった。で、「これはやっぱり直さなくてはいけない」と。

2003年がターニングポイント

葛西さんの著書を読むと、人事の巡り合わせもあったと思うが、長期的な戦略で政官をうまく動かして解消していったと感じます。

金子:それは正論といえば正論で。今、申し上げたようにあの機構があったのでは、我々は今も上場できていたかどうか。それから新幹線にこんなにたくさん投資ができたかどうか分かりませんね。

5兆円の借金を確実に減らして、経営のハンドリングを持てたと。

金子:はい。あと、そういう条件を整えたことで、やろうとしていた東海道新幹線のサービスを徹底的に磨き上げることに取りかかることができた。これで収益を上げ、利益を上げ、借金も減らすことに繋がってきました。

その中で、2003年に開業した東海道新幹線の品川駅はJR東海ができたときの将来的な目標の1つだったと思います。

金子:そうですね。品川の駅は今、ここ(港区・港南)にあるわけですけれど、東京の南のターミナルとしてすっかり定着しました。渋谷や新宿経由で来られる方、東京の西南部に住む人ですね、東京駅にいったん出るより20~30分早くなりましたから。開業前の東京駅1日当たりの乗降者数と比べて、東京・品川両駅の乗降者は計2万人増えました。

 それからもう1つ。当時、品川駅は高輪口には活気がありましたけど、こっちの港南口は、開発が進んでなかった。そういうところに新しい便利な駅を造ると街って大きく変える力があることを、びっくりするぐらい実感しましたね。

赤字部門に収益が流れて進化を遂げられなかった東海道新幹線が、その重しが取れてサービスや新駅、車両を改善してこられた。

金子:時間がかかりましたね。いろいろなことが結実したのは03年に品川駅ができたタイミングです。(新幹線の)車両が全部、270キロを出せる性能にそろった年で、インパクトが大きかったんです。

 輸送量は最初3割伸びたが、速さのピークは91年で、03年までほとんど上がっていなかった。運行本数も会社発足時の数字が91年にぽんと上がり、そのまま03年になりました。それが(03年から)上がって、今は368本になりました。

 時間がかかったのは、新幹線は車両を買うだけでは速くできないから。まず電力が足りない。それから車両も、92年に「のぞみ」の運行を始め、300系がこれは270キロ出るわけです。ほかの列車は220キロまでしか出ない。そうすると、遅い列車の中に1本入れてもダイヤはあんまり改善できない。それが全部(の新幹線車両が)最高270キロになって一気に画期的なダイヤになった。それが03年。

 いろいろなことが結実をしました。01年にサービスを開始した「エクスプレス予約」も。当初は利用率が低かったんですが、だんだん便利だと認めてもらえた。去年からは(チケットレス乗車サービスの)スマートEXを導入して、今、指定席を使う3人に1人がこれらのサービスを利用しています。

 窓口で長い時間並ぶのでは、便利さが実感できませんが、トータルの時間を短くできるということですね。いろいろなことが結実して、今は過去、一番いい状態になっているなと、そんな感じですね。

リニアは新幹線のライバルではない

今では6000億円近い経常利益をたたき出しています。今度はリニアに挑戦しますが、東海道新幹線がこれだけうまくいっているのに、ある意味で強力なライバルを横に走らせるのはいかがなものかと。

金子:ライバルでは全然ありません。

そうですか。

金子:ほかの会社が走らせればライバルです。私たちが両方を一元的に運営をするので、強力な輸送体系をつくることができる。

 去年、30周年だったので、「日本の大動脈と社会基盤の発展に貢献する」と、こういう経営理念にしました。それには、いったいどういう形がいいのか。新幹線は磨き上げてきました。その延長線上に超電導リニア、いわゆる中央新幹線を造って、私たちの使命を将来にわたってより強い形にしていくのが私たちの使命だと思っています。

 ですから、今、私たちがやろうとしているのは、変わったことではなくて、本筋のもともと必然的にやるべき課題に挑戦していると思っています。

少し投資家とずれている

時速500キロの高速鉄道がすぐに、しかもコストが安くできるのなら素晴らしいと思います。ですが、9兆円の投資をして、大阪までできるのは早くて20年後です。交通ネットワークがどうなっているか想像もできませんが、それでもやった方がいい?

金子:まず大変なおカネを掛けてやるのはなぜか。私はよくIR(投資家向け広報)のため外国に行くんですが、投資家の皆さんによく聞かれるのは「あなた、9兆円、5.5兆円とか掛けてどうして(リニア新幹線への)投資をやるんですか、もっともうかることはあるんじゃないか」と。投資家はそう聞くんですね。だから私は「いや、そうじゃないんです」と答えます。「これは私たちの会社の使命なんですよ」と。「私たちの会社にとってこれはもうかるか、もうからないかというより、まずやらなければならない課題で、これをきちんとできるかできないかということが問題なんですよ」と。「十分慎重に検証して、これは建設中もきちんと健全経営、安定配当でやりますよ」と。

09年御社が国交省に調査報告書を出していて、年に4200億円の維持や設備更新のコストがかかる。だが、増収分はそこまで届かない。たぶん投資家の方は、「儲からないんじゃないか」という懸念を抱かれるのではないか。

金子:ですから、少し投資家の人たちとずれるところがあるんですが、「いや、私たちはこういう使命を持っている会社だ」と。東海道の大動脈を担っていくという使命です。建設できるまではリニアがありませんから、東海道新幹線と在来線をしっかり修理して、投資もして運営していく。その責任を、言葉を換えて健全経営、安定配当でこれ(リニア)をつくり上げると言っているんですと。

「大阪まで早く作って」

金子:それで先ほどの交通政策審議会では、私が説明しました。これは堅めの数字で、収入はこんなものでしょうと。経費も東海道新幹線をベースに合理的にはじいた数字です。それから、国家プロジェクトである整備新幹線に格上げしていいか決める審議会だったんですが、慎重かつ合理的に計算して、「どうやっても大丈夫ですよ」「あとは私たちがうまくハンドリングしていけば、この投資は全然間違いないですよ、任せてください」と。そこで「JR東海の言う通りじゃないか」と言っていただいたわけです。

それは当時の家田仁委員長(政策研究大学院大学教授)を筆頭とする委員の方。

金子:みんなそう言っていただけて。

でも意見聴取で出てきた堺屋太一さんが、「名古屋までなら大赤字だと」。

金子:「大阪まで早く造らないとだめじゃないか」とか。

そういう方もいらっしゃる。

金子:うん。「大阪まで早く」という議論は本当に多かったです。「名古屋まで造って経営体力を回復するために8年間休む」と言っていましたので、「早くやってよ」と。それは家田先生もそうでした。「早く造った方がいいよね」と。

 私たちもそう思っています。ただ、新幹線と在来線をきちんと運営し、健全経営、安定配当をやっていくことが大前提なので、そうしないとだめでしょうと。そういう範囲で私たちは造るという話をずっとしていたんですね。すると「じゃあ、しょうがないな」「あなたの計画は堅いみたいだからやったらいいじゃないか」ということでした。

3兆円は機構から借りた

「早く造れ」という中で、2年前に安倍晋三首相が財投3兆円を突っ込んで、最大8年前倒しで造ると決めた。これで公的なプロジェクトの色が強まった。一民間企業としてやる分には国民は文句を言えないし、投資家も説明を聞いて投資判断するしかない。ただ、財投だから、もうちょっと国民に計画が周知されるべきではないか。

金子:そこはよく理解していただきたいところがあるんですが、初めから国家的なプロジェクトです。東海道新幹線だって国家的なインフラです。私たちはそれは初めから担っているんです。これを国鉄改革のときに、「民間企業でちゃんとやっていけ」と。「もう政府はカネを出さないぞ」「民間会社の責任でちゃんと立ってやっていけ」ということが国鉄改革でした。

 そこのフレームは中央新幹線でもまったく変わっていません。「早く大阪までやれ」という議論があって、どうやったらできるか政府でもご検討いただきました。「JR東海でも考えろ」と言われたんですが、いい案が出ませんでした。そういう時期が続いたんですが、財投を借りたわけじゃありません。

え?

金子:財投を活用して、鉄道・運輸機構(鉄道建設・運輸施設整備支援機構)から借りたんです。私たちの条件は1つです。経営の自主性、独立を損なわない。民間会社としてやるんだから、政府からお借りするのはダメです、と。鉄道・運輸機構から、民間の金融機関から借りるのと同じ条件で借りたいと思います、と。何か特別な制約があるのはだめです、と。
 

機構には貸した責任がある

金子:なぜかというと、経営というのは、いつ何におカネを使うかを自分で決めることで安定しているんですね。誰かに、「この時期にこれだけおカネを使え」と言われて、それを聞かなくちゃいけないとか、経営の自主性がなくなっちゃって、昔の国鉄に戻っちゃうんです。

 国のおカネが入って、国の言うことを聞かなくてはいけないというものにちょっとでもなるなら、お話には乗れませんと散々申し上げて、「それは分かった」と。「経営の独立、投資の自主性ついては、それはまったくその通りでいい」となった。

 ただ、こういう仕組みを使うことによって、私たちは借りたおカネは必ず返しますが、そこは返せるか、返せないか、私たちの事業をよく見て、あなたが判断してくれ、と。

その「あなた」というのは政府? 機構?

金子:政府だったり機構(だったり)、どっちでもいいんですが、ちゃんと返さないのではないか、貸すのが心配だったら貸さなきゃいい。今の経営体力を見て、これならば返せるだろうと。あるいはリニア計画を見て、この事業は成り立つんだろうということで(貸す)。

 30年据え置きの10年均等払いみたいだから、ちゃんと大阪まで開業する。少し余裕もある形にして、金利も非常に安いし、これならば返せるんだろうという、これは契約ですから。向こうも納得して、私たちも納得して借りた。そこで、事業の性格が変わったことはまったくないというのが私たちの考えです。

でも「向こう」というのは、政府かあるいは機構ですけれど、そうした投資判断ができる能力がないので。

金子:いやいや、それは向こうに失礼な話です。貸した方は貸した責任があるんですね。私たちには借りた責任があります。それは銀行と私たちとの関係も一緒です。合意して借りて、私たちは「こういう条件で借りた以上必ず返します」という約束をしているんです。

政府が本当に知恵を出された

先ほど、「財投は借りてない」とおっしゃった。

金子:財政投融資をそのまま借りたわけではありません。財政投融資というのは貸せる機関が決まっているので。

そうですね。財投機関がある。

金子:国の事業をやる機関なんです。国の事業をやっているのは鉄道・運輸機構という、昔の鉄建公団(日本鉄道建設公団)ですね。あそこ(鉄道・運輸機構)は今まで自分の整備新幹線を造ることには財投を借りていたんですが、人におカネを貸す権能が与えられてなかったので、法律を変えてJR東海が中央新幹線の事業に使うことについては貸し付けていいという法律に変えまして。

そうですね。ですから私は先ほど、失礼かもしれないけど、そこ(鉄道・運輸機構)に融資をする能力がないのではないかと言った。

金子:いやいや、能力は与えたんです。与えて、それから私たちが契約した。本当の財投だったら、いろいろ監査が入る。国民のおカネを直接貸すという論理にどうしてもなるんですね。だから監視して、「透明性があるか」とかの議論になる。それと、銀行から借りるのと違う条件のおカネを借りるのは、私たちにはできません、と。銀行から借りるのとまったく同じ条件にしてくださいというのが、私たちの申し上げたことです。「それでいいよ」ということなんです。

ただ、無担保で3兆円も、しかも30年元本返済据え置きで金利0.8%って、一般の金融機関からそういう条件のものが出たケースは、いろいろな金融機関の方にうかがったが、「聞いたことがない」と言います。ですから、通常の融資のスキームとは相当違うと思うんですが。

金子:だから、政府が本当に知恵を出されたということだと思います。補助金だったら税金が出ていくわけですよね。財投は一種の国債、財投債を発行して、それで調達したカネを財投の使い先におカネを貸して、また返してもらうという仕組みですよね。要するにおカネが、補助金とか税金をそのまま使うのとは違うわけです。だから政府においても「この事業では、JR東海はきちんと返せる。リニアの事業をやっても大丈夫だ」という判断をなさった。その政策効果として大阪までの開業を早くすることができるという期待をして、決心していただいて、決断いただいたということですね。

その決断は、安倍首相がされたということですよね。

金子:いや、それはよく分かりませんが、安倍総理以下、国土交通大臣、あるいは担当大臣、政府としてなさったということですね。

最初にそのことを発言されたのは安倍首相だから、「安倍主導」で。

金子:「安倍主導」って……。

向こうはちゃんと返せると思っているから(貸した)。

金子:はい。

財投がなくてもできた

ただ、返すのは、もちろん金利は払うスキームですが、30年後から返すわけなので、返済が終わるのがかなり先になる。

金子:返し終わるのは40年後ですね。

そうですね。ですから、元本を返す時期ですね、30年後からの10年間。

金子:何回かにおカネを分けていきますが。1つひとつの内訳は30年据え置き、10年の均等払いですが、5回に分けてそういう契約を結んでいるわけですね。

そのときに、ちゃんと返せるのかどうかって、なかなか政府側も判断できない。

金子:判断されたということなんですよ。そこに疑問を持たれると、この契約は成り立たなかったんです。そこはやっぱり決心されたということなんです。この事業は本当に財務的にうまくいくのかという懸念があるからそういうご質問が出る。

 こういうふうに考えていただいたらと思うんですが、政府が貸さなければ、ちょっと時間はかかったけど、自分の稼ぎと社債を発行して、やっぱりおカネは調達して造ったんです。政府が貸さなければ、財投を活用した仕組みがなければできなかったのならまた話が違いますが、もともとできたんです。

 私どもはもともと造るつもりだったんです。それを早めるために政府に知恵を生み出していただいて、私たちはそれが大変有効な施策なので、「ありがたい」と言って乗ったということ。政府が登場しなければ、社債を発行したか、民間の銀行から借りたか、どっちかだと思います。時期、タイミングが遅れて。そこを、「それならば私が」というのが政府のお立場だったと思います。

擦り合わせはあった

そうすると、要するに政府が勝手に言ってきた、と。

金子:政府のご提案を「勝手に」と言うと申し訳ないですが。

事前に、JR東海さんとある程度の詰めというか、こういうことをやったらどうなるみたいな話はあった?

金子:ずっと「知恵がないね」ということだったんです。

どちらに。

金子:両方に。「早く大阪までやりなさいよ」「ちょっといい手がないですね」と。政府に言い続けてきたのは、大阪まで早くやりたいが、何かいい案を政府の方でお考えいただくならば、私たちも検討しますよと。だけど、経営の独立、投資の自主性はきちんとして、経営がそれによって影響を受けないようでないと、受け入れないかもしれない。そういうプロセスで、財投の案が提示された。「これならどうだ」と言われ、「それならば、お願いします」と。

 (話し合いの)最終の場面で「いくらなんだ」と言われ、「名古屋まで造るまで、民間(銀行)か社債で3兆円借りようと思っていたんです」と答えました。そういう擦り合わせというか、意思統一はあるんです。

 

もっと早く造るために、もう何兆円か投入するという話になったら。

金子:ありません。それはあまり有効でもありません。あとは工事能力なんですね。まず名古屋まで造るんですが、今回の融資でリスクは減りました。財務の経営的な話と、もう1つはやっぱり工事の話。おカネがたくさんあっても工事が進まないとできない。もうこれ以上早く造るためにプッシュすることはできないということだと思います。

談合後もやること変わらない

去年ゼネコン談合があった。ゼネコン幹部に聞くと、「JR東海は財投を借りたから、コストを抑えなきゃいけない」「建設需要が多い中で、リニア工事はあまり収益が上がらない」と話す。「だから談合する」という理屈は成り立たないと思いますが。

金子:成り立たないですね。我々は物を作るときには合理的で、できれば安くて、と当たり前の議論に戻っていく。注文を受ける側の論理として、「もっと高く」というのはあるかもしれないが、キリのない話で。事業者の中で一番きちんとした技術力があって、価格面でも折り合えるところに発注する自然な流れできているんですよね。

ゼネコン談合が起きて、公正契約等調査委員会を作ったが、結論はどうなったんですか。

金子:別に何ていうことはありません。何が起こったか、本当のところは分からない部分がありますよね。でも私たちは発注者側なので、契約について何か不正があったのではないかという疑いが生じた。なので、まず私たちの脇を締めましょう、と。これまでと基本的には同じ方式なんですが、ちゃんと規則を守るように誓約書をもらいました。それから、委員会の場でも契約に至るプロセスを説明してくださいよ、と。全社的にきちんと見るようなシステムにしましょうと。私たちの会社で発注者側としてきちんとやっていく責任がありますよね。

発注者責任というのをちゃんと果たして。

金子:やっぱりそこはしっかりやっていきましょうと。

じゃあ、かなり改善されたわけですね。

金子:改善というか、一緒です。

でも、きちんと技術陣がどうやっているか審査するのでは。

金子:いや、今までもきちんとやっているんです。今までも何かいい加減にやっていたわけじゃありません。法務の責任者なども入っている委員会もできて、誰もいい加減にやっていない、どこからもけちがつかないようにした。そういう公正性の、あるいは説明責任の担保です。

その委員会がきちんと担保するという形ですか。

金子:そうです。

7000万人の生活圏担う

リニアは20年後、JR東海、あるいは鉄道ネットワークの中でどういう存在になっているのでしょうか。東海道新幹線や在来線との役割などについて。

金子:リニアができますよね。リニアって東京~大阪が1時間ちょっとになりますよね。それと私たちが想定するのは、この6500万~7000万人の「メガリージョン」、1つの密度の濃い空間ができると思うんです。それをつくり出す1時間で結ぶリニア。それを補完、代替する東海道新幹線。なので、メガリージョンの中の交通の担い手は私たちだと思います。

 日本の将来を悲観する向きもありますが、東京~名古屋~大阪が日本経済を支える、成長を支える地帯じゃなくちゃいけない。それを成り立たせるのはリニアなので、それの担い手として力が発揮できるのは、私たちの誇りですね。

そのとき、東海道新幹線はいらなくなるのでは。

金子:そんなことないです。

いらなくなるというのは極論ですけど、ほとんどいらない。

金子:いや、それは直行する人はそうでしょう。でも大阪から名古屋に来る人、どっちを使ってもいいですよね。

まあ、いいですけど。

金子:それから東海道新幹線が通る東海地方は静岡県も含めてにぎわいのあるところ。今だと368本走らせると窮屈なダイヤになる。もっと「ひかり」や「こだま」を止めたら、もうちょっと地域が活性化するという期待に応えられていません。ぱんぱんのダイヤをつくっているので。だから東海道新幹線とリニアの2つを一元的に経営することで可能性が広がると思っています。

 それともう1つは、昔からの議論で、技術が発達するとテレビ電話とかネットとかで情報伝達ができるので、出張する人っていなくなったり、減ったりするんじゃないのという議論が結構あります。それは事実に全く反していて、2003年から今日に至るまで、出張のお客さんは増え続けているんです。

 やっぱり会わなきゃだめだということが多くて、イノベーションとか知識創造は、人が密度濃く会うことで生まれて、経済発展の元が生まれるんだと思うんです。1時間圏内にしたら、密度の濃い知識創造ができやすいし、そういう空間に仕上げて、20年後のことなので分かりませんが、きっと需要も付いてくる。

 交通政策審議会の需要予測は、控えめな予測だと思っています。名古屋まで開業して10%(収入が伸びる)としたが、もうちょっとあるんじゃないかと。大阪も15%としたが、これぐらいは伸びるだろうと思ってやっているんですね。

 どっちかというと航空からの転移を中心に(予測数字を)弾いていますが、経済がもうちょっと活性化すれば自ずと移動する人は増えて、私たちはリニアおよび東海道新幹線も余力ができますよね。最初に思惑で出している収支の形を超える努力をする。強みは両方持っていますので、競争しているわけじゃなくて。

リニアを造る理由に、東海道新幹線の大規模改修があったが、今でも変わっていない?

金子:大規模改修は必ず必要です。そうしておかないと東海道新幹線、いつか老朽化して使えなくなります。

今のやり方でいくとそうなると。

金子:そうです。今もう着手しているので、ならないと思いますが。しっかり最後まで今の大規模改修を成し遂げないと、どこかでガタがきます。それで今、大規模改修を完遂することによって2本できるんですね。初めは、この大規模改修というのをやるのに、昔あったみたいに半月ちょっと新幹線を休んでやらないといけない羽目になると思っていました。しかし、予防的な補修で何とか東海道新幹線の機能を殺さずに大規模改修を成し遂げることができるというめどが立ちました。でも、だからといってバイパスがいらないわけじゃありませんので。

それでも、リニアがいるわけですか。

金子:地震が起こるかもしれないし。東海道新幹線は1日47万人が使っていて、こんな路線は世界に例がありません。ユーロスターはせいぜい3万人。それからワシントンD.C.とボストンを結んでいるアセラは1万人いきません。桁が違うんですよね。私たちの会社にとって、リニアで複線系にするのは、国や会社のリスクを軽減するということになります。

 もう1つ、私たちの次の成長といいますか、新幹線1本だけよりも、超電導を使って2本持つというのは、会社自身も大変飛躍させる。リスクを軽減して、成長の素をもたらす。元が取れるかどうかという短期的なことでなく、長い目で見たら絶対に造った方がいい。そういうことを、これから行く(海外での)IRでも言うわけです。

外国人投資家が「なるほど」と言う?

金子:みんな「なるほど」と言いますよ。

言いますか。

金子:「なるほど」と言います。たまに言わない人がいて、そういう人は株を売っちゃう。

JRは一つにならない

これはちょっと大きな話になるんですけど、御社は6000億円近い経常利益を出しています。JR東日本や西日本も結構儲かっているし、九州も上場して良好な経営を続けている。今、東日本は北海道が大変なので人的な支援などをしていますが、JR東海はいかがですか。他のJRを支援する発想はないんですかね。

金子:ちょっとこれはしんどい。

30年前、ここまで強くなると思ってなかった。ならば、鉄道ネットワークとして、もう一度、JRグループが緩やかにでも連携していくというベクトルというか方向性があり得るのではないですか。

金子:ないと思います。やっぱり完全民営化したのは決定的で、もう後ろにバックできないということなんですよね。民営化は覚悟のいることで、もう国は助けないぞと。自分の足で立っていくんだぞということでした。それで、それぞれ必死で頑張った。

 バブル期にJR各社、ちょっと一息ついたはずなんですね。その後、一生懸命頑張って今日を迎えている。あとは気持ちの上で、まだ私の世代だと昔、知っている人がまだ経営陣にいるので、何とか頑張ってくれればいいなという気持ちはありますけど。実際に、何か(経営資源を)持ち出してやるのは、もう株主が許さないことだと思います。何か合理性がそこにないとだめだと。できないことだと思いますね。

要するに株主が許さないと。

金子:許さないと思います。そこに経営的な合理性がないと。民営化ってそういうことなんだと思います。

リニアも磨き上げる

リニアが終わって、その後、新たな挑戦は出てくるものなんですか。

金子:新入社員が、よくそう言うんですよ。「リニアの次は何するんですか」と。若いなと思いますけど。

 新幹線は(開業から)54年です。会社になって32年目ですよね。少なくとも、会社ができたときと今の新幹線は別物になっているんですよ。リニアができたら、またできた日から磨き上げます。

 新幹線も磨く。それからリニアができるのは名古屋で10年後ですよね。大阪は20年後として、その間、新幹線はもっといい形にします。そういうことなので鉄道のインフラって、何か新しいヒット商品を出すという世界ではないので、今の機能をどれだけもっとレベルアップできるかということ。ずっとよくしていけるし、しなくちゃいけないというふうに思いますね。

なるほど。とりあえず、リニアを磨き上げる。今、頭にあるのはそこまで。

金子:そうです。先輩は立派だと思うのは、東海道新幹線ができる2年前にリニアの開発が始まっているんですね。技術の芽がそこで出て、ずいぶん時間がかかって、その後、国鉄がダメになった。一時期は、その研究開発は少し下火になるんですが、私たちの会社が始まって、東京~名古屋~大阪を結ぶのは使命だと。リニアを私たちがもう1回本腰を入れてやり始めて、モノになったことは、ある種の必然というよりは、いろいろなことの絡み合いの中で実現したことですね。

 今年、社長になってからずっと、「日本の大動脈と社会基盤の発展に貢献する」と言ったのも、いつまでも同じ内容ではだめだよと。少しずつレベルアップしていこうと。世の中は変わるかもしれないけど、安全とかサービスとか効率とか、もっと何とか知恵を出して磨き上げると。

 現状を是とせずに磨き上げる。きっと、それは普遍的な話なので、力を付けていけばきっと20年先のことも、あと5年たったらもう少し見えるかもしれない。10年たったら、もうちょっとはっきり見える。力を付けることを怠らなければ、また私たち何とか対応できるし、それをチャンスにできるかもしれない。まあ、言葉だけのことではなくて、本当にそう思っています。

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