経済活動を再開したいトランプ米大統領だが……(写真:AP/アフロ)
経済活動を再開したいトランプ米大統領だが……(写真:AP/アフロ)

 2020年11月に投開票される、自らの再選がかかる大統領選で経済の面から逆風が吹きつけることのないよう、段階的なものになるにせよ経済活動をできるだけ早く再開したい――。そうした願望を、トランプ米大統領は強く漂わせている。4月16日の記者会見で大統領は、新型コロナウイルスの感染拡大により制約されている経済活動の再開に向けた指針を発表した。

 経済活動の再開を進めていく際に大きな手掛かり材料に使われそうなのが、米国立衛生研究所(NIH)やいくつかの州によって実施されている「抗体検査」(血液を採取してそこに含まれる新型コロナウイルスへの抗体の有無や量を調べる検査)の結果である。

 ニューヨーク州は20日から、1日2000件、毎週1万4000件という大規模な抗体検査を始めた。同州のクオモ知事は「経済活動の再開はデータに基づいて判断すべきだ。抗体検査がカギとなる」と述べている。「新型コロナウイルスは軽症者も多く、気づかぬうちに抗体を持っている人が多数いるとされる。

問題だらけの抗体検査

 「こうした人たちを医学的に絞り込み外出制限を緩めれば、経済や医療の現場の状況改善につながるとの思惑がある」(4月12日付日本経済新聞)、「政治家や専門家の一部は、『抗体ができている人の割合が多ければ、感染が広がる可能性が低くなる』として、外出制限を緩和する根拠になると主張しています」(4月15日放送NHK)というわけである。

 しかし、抗体検査に関しては以下に列挙した通り、いくつもの問題点が指摘されている。

◆人口の過半数、少なくとも60%程度が何らかの形で新型コロナウイルスへの免疫を持つようになれば、「集団免疫」を獲得したことになるとする考え方がある。だが、このウイルスに有効なワクチンはまだ開発途上であり、存在していない。このため、現時点では「集団免疫」の早期実現は、きわめて難しいと言わざるを得ない。

 多数の人が感染すれば免疫を持つ人も増えるはずだという考え方から、外出などを放任する政策を取りかけた英国のような国もあったが、ウイルスに感染した人がどんどん増えて入院患者・死亡者が累増していくのを政府が放置するのは、現実には取り得ない選択肢である。

免疫の有無や長さもまだ分からない

◆新型コロナウイルスへの抗体が仮にできたとしても、その人が2回感染(発病)する可能性があるのかないのかは、まだ分からない。水ぼうそうやはしかを引き起こすウイルスなどは感染後に一生免疫がつくとされるが、エイズウイルス(HIV)は感染しても通常免疫がつくことはない。新型コロナウイルスの感染に対する体内の免疫反応についてはまだほとんど解明されておらず、全容が明らかになるにはしばらく時間がかかると専門家は述べている(4月15日付ブルームバーグ)。

◆新型コロナウイルスに関しては、免疫が持続する期間についても分かっていない。米ハーバード大学の研究チームが米科学誌サイエンス電子版で発表した論文によると、このウイルスの仲間には、カゼの原因となるウイルスや、重症急性呼吸器症候群(SARS)のウイルスなどがあるが、カゼの場合は免疫が短期間で弱まる一方、SARSの場合は免疫が長く続くとの見方があるという。

 この研究チームは、「新型コロナウイルスの有効な治療薬やワクチンを短期間で開発できず、医療態勢を大幅に拡充できない状況では、外出規制などの社会的な感染防止策を2022年まで継続するか、断続的に続ける必要があるかもしれない」という厳しい予測を示した。

 新型コロナウイルスの場合は免疫の持続期間が分からないため、研究チームでは少なくとも2年続くと仮定した上で、米国の過去5年間のカゼの流行状況を参考に上記の予測をしたという(4月17日付時事通信)。

◆新型コロナウイルスの抗体を検査するキットは開発されたばかりであり、出てくる結果の信頼性はまだ高くない。

 抗体検査ではなく、感染の有無を調べるPCR検査をしつつ、状況の全体像を把握しようとする試みもある。欧州ではオーストリアが4月1~6日に、新型コロナウイルスに感染している人の数を推定するため、無作為に選んだ国内に住む0~94歳の1544人を対象にしてウイルスの遺伝子の有無を調べるPCR検査を赤十字などと共同で実施した。

 その結果が10日に発表された。陽性と判定された人は、全体の0.3%にすぎなかった。ファスマン科学相は「陽性率が1%以下だということは免疫のある国民はまだ少なく、これから感染が再び拡大するおそれがある。こうした調査はヨーロッパ大陸では初めてで、今後のモデルになるだろう」と述べた(4月12日放送NHK)。

 こうした中、京都新聞は4月15日、iPS細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授のインタビュー記事を掲載した。インターネット上のニュースサイトに転載されたので、京都在住の方以外で読まれた方も少なくないだろう。重要であり説得力が高いと筆者が考える部分を引用したい。

「1カ月では元通りにならない」

 「緊急事態宣言も1カ月頑張ろうというニュアンスで発信されていると思うが、心配している。1カ月だけの辛抱だと多くの人が思っている気がする。僕は専門家ではないが、かなりの確率で1カ月では元通りにならないと確信を持って言える」

 「(感染者数の拡大が収まるにはどのようなケースがあり得るかとの問いに)3つしかない。1つは季節性インフルエンザのように気温などの理由でコロナウイルスが勢いをなくすこと。だが気温にかかわらず世界中でまん延していることからすれば、そうでない可能性は高い。

 そうなると後は2つ。ほとんどの人が感染して集団免疫という状態になるか、ワクチンや治療薬ができることだ。ワクチンや治療薬は1年ではできないのではないか。最低1年は覚悟しないといけない。ダッシュと思って全力疾走すると、まだ(ウイルスが社会に)残っているのに力尽きることになってしまう」

 トランプ大統領と見解が異なる場面が目立つクオモ・ニューヨーク州知事は4月14日の記者会見で、「経済活動の再開が早すぎると思わぬ影響が出る」と述べていた。筆者もその通りだと考える。

 今年の米連邦公開市場委員会(FOMC)で投票権を有しており、ハト派の論客として知られているカシュカリ・ミネアポリス地区連邦準備銀行総裁は4月12日、米CBSテレビの番組に出演し、「治療薬あるいはワクチンが入手できるようになるまで、(新型コロナウイルス)感染の再燃と対策強化を繰り返すことになるかもしれない」と述べた。

「米経済には今後18カ月にわたり波が押し寄せる」

 冒頭で述べたように、トランプ大統領はやや焦り気味に経済活動の再開を視野に入れ始めている。だが、カシュカリ総裁は厳しい見方である。治療薬が向こう数カ月で市場に出回るようにならない限り、米経済が早期に回復するとの予想は過度に楽観的だと指摘した(4月12日付ロイター)。

 その上で同総裁は「世界の状況を観察している。経済活動のコントロールを緩めるのに伴い、ウイルス感染は急に再拡大する」(4月13日付ブルームバーグ)として、米経済には今後18カ月にわたり「波」が繰り返し押し寄せる可能性があるとした。

 「今年前半の経済は急激に悪化しても、ウイルスの流行さえ収まってくれれば年の後半にはV字型のパターンで急回復するはずだ」。1カ月ほど前まで金融市場でいわれていた楽観論は、最近ではほとんど聞かれなくなった。新型コロナウイルスという人類の新たな「敵」の正体がいまだによく分からず、対処法も試行錯誤の繰り返しでは、市場が悲観論に傾くのは当然だろう。

 カシュカリ総裁が指摘した通り、今年後半以降の世界経済は上向きの角度がきわめて緩やか、もしくはフラットに近い中で、「波」を何度も形成するのではないか。筆者はそのように考えている。

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