5期連続の最高益更新を見込み、銀行界で数少ない「勝ち組」と目される。ATMに特化したビジネスモデルは、マイナス金利にも揺るがない。「キャッシュレス化」に備え、新たな収益モデル作りにも取り組む。
「何でこんな場所にセブン銀行のATMがあるんだ」──。東京・日本橋にある新生銀行の本店1階を訪れると、戸惑う人も多いことだろう。通常ならそこにあるはずの新生銀のATMがなく、2台のセブン銀のATMが設置されているからだ。
銀行の常識では、本店の敷地内に他行のATMを置くことは考えられない。それでも設置に踏み切った理由について、新生銀の小楠鉄哉・個人業務部長は「お客様が求めているのは『便利なATM』であって、『どの銀行のATMか』は気にもしていないからだ」と話す。
セブン銀のATMでは大手銀行から地方銀行、ゆうちょ銀行、信用金庫、農漁協まで、国内約600の金融機関のキャッシュカードが使える。VISAや銀聯のマークがついた海外発行カードでも現金が引き出せ、ATM自体が英語やフランス語、中国語、インドネシア語など12カ国語に対応している。
今やATMは銀行と預金者をつなぐ必要不可欠な接点となったが、利便性やセキュリティーを常に高めるための投資が必要になる。それならば、いっそ高性能なセブン銀のATMを導入してしまった方が話は早い。丸抱えが主流だった銀行界で、セブン銀はATM業務のアウトソースという地殻変動を起こしている。
新生銀はその一例だ。5兆8000億円以上の預金残高を持つ同行は、自前のATMは全国に39台(6月末時点)しかない。2014年9月末には146台あったが、順次、セブン銀に切り替えるなどして減らしてきた。
ATMに経営資源を集中する戦略で成長してきたセブン銀と手を組む動きは新生銀以外にも広がっている。今年に入り、十八銀行や東邦銀行(福島市)などが各行のATMコーナーにセブン銀のATMを設置。島根銀行は来年2月、移転開業する新本店ビル内に導入する計画だ。
預金残高は地銀下位クラス
セブン銀の設立は2001年。今年で15年がたったが、預金残高は6000億円に満たない。地方銀行で言えば下位クラスの規模だ。支店はゼロ。有人拠点は東京・大手町の本社と、出張所が7つあるだけ。それでも「あのビジネスモデルは本当にすごい。我々には絶対にまねできない」と国内屈指の大手銀行首脳が舌を巻く。なぜか。
一般的な銀行の基本的な収益モデルは、個人や法人から預金を集め、それを原資に企業向けの貸し出しや住宅ローン、有価証券の運用などに振り向けるもので、預金規模や支店数が収益力を左右する。しかしセブン銀は違う。消費者がATMを利用する際に支払う手数料が収益源だ。
例えば、平日昼にセブンイレブン店内にあるATMで、買い物客がメガバンクのキャッシュカードを使ってお金を引き出したとする。手数料108円はいったんメガバンクに入るが、そのうち一部がセブン銀に支払われる仕組みだ。
2016年3月期の経常収益(売上高に相当)1104億円のうち9割以上の1022億円はこうしたATM事業が稼ぎ出す。つまりセブン銀の主な顧客は、冒頭に紹介した新生銀のような金融機関なのだ。支店網を充実したり、預金集めを強化したりすれば、むしろ顧客である金融機関と競合してしまうという立ち位置にある。
その特異性が業績に表れている。
日銀のマイナス金利導入で、国内銀行の収益環境は厳しさを増している。新規の資金需要が増えない中で貸出金利が下がり、有価証券運用の利回りも低下傾向が続いているためで、2017年3月期は株式を上場している地銀・第二地銀の大半が前の期に比べ減益を見込んでいる。
一方、セブン銀の2016年3月期単体純利益は前期比6.7%増の261億円。2017年3月期も増益予想で、5期連続の最高益更新を見込む。ほとんどの金融機関にとって足元の金融環境は逆風だが、セブン銀にはさほど悪影響を及ぼさない。
収益性も圧倒的に高い。2016年3月期のROE(自己資本利益率)は約14%で、三菱UFJフィナンシャル・グループ(約6%)や三井住友フィナンシャルグループ(約7%)、みずほフィナンシャルグループ(約8%)に倍近い差をつけている。
●セブン銀行の単体純利益とATM設置台数の推移
セブン銀は貸出業務をほとんど手掛けていない。メニューはカードローンしかなく、個人向けの主力商品として各行がこぞって力を入れている住宅ローンすら扱っていない。「ATMを通じて入ってくる手数料で成り立つ銀行」という構想自体、銀行の常識では考えられないものだが、親会社のセブン&アイ・ホールディングスから見れば、銀行設立は自然な流れだったようだ。「セブンイレブンで何ができたらうれしいですか」。利用者のニーズを掘り起こす定期アンケートで、「銀行取引は常に上位に入っていた」とセブン銀の舟竹泰昭副社長は言う。
セブンPBのノウハウ生かす
金融界の中で独特の収益モデルを構築したセブン銀は、だからこそ他の銀行とは全く異なる点にとことんこだわる。最も重視するのは中立性だ。提携金融機関を少しでも増やすことが成長につながるため、特定の銀行のカラーが付くことを徹底的に排除する。
提携先を増やすためATMの機能充実に腐心するのも特徴だ。その設計思想は、セブンイレブンがパンやおにぎりなどのPB(プライベートブランド)商品の開発で培ったノウハウが生かされている。「ATM自体もお客さんに提供する一つの商品と考え、協力会社と徹底的に独自性を出せるよう作り込んだ」(舟竹副社長)。
一般的な銀行ATMの場合、各メーカーがひな形となるモデルを用意し、それを各行の要望に応じてカスタマイズする形で導入されていることが多い。一方、NECが作るセブン銀ATMは「完全な特注品」(深澤孝治・ATMソリューション部長)。日本初の12カ国語対応機能などはこうした関係から生まれた。機能を高めて1台当たりのコストがかさんでも、2万台を超える数を調達することで全体のコストを抑えることができた。
中立性を確保してATMの機能を高める戦略の効果は上がっている。わずか66台でサービスを開始したATMは2002年3月期に3000台を超え、その後も年1000~2000台のペースで増加。2007年の成田空港など、公共交通機関などへの設置も進んだ。今年3月末時点では、全体2万2472台のうち、2656台がセブンイレブンの外にある。
随所にコンビニの発想を取り込んだ銀行。その真骨頂は大量のATMを設置した際に、どの銀行も頭を悩ませる現金の補充をいとも簡単に解決している点だろう。
ATMは、入金よりも預金の引き出しに使われる機会の方が圧倒的に多い。セブン銀ATMの年間利用回数は7億8000万回に上る。その8割が引き出しで、1回の平均額は3万8000円。このペースで引き出しを繰り返されたら、あっという間に現金が枯渇してしまう。
セブン銀ATMの保守や現金の補充・回収は提携先の綜合警備保障(ALSOK)が請け負っている。しかし、同社職員がATMを訪れる回数は1台当たり月に1回程度しかない。では、誰が現金を補充しているのか。
答えは、セブンイレブンのスタッフや買い物ついでに立ち寄る客たちだ。セブンイレブンのスタッフは、売り上げがレジにたまってくるとセブン銀の入金専用カードを取り出して同ATMに入金する。
セブン銀がこのサービスを始める前は、深夜の時間帯は売上金をバックヤードの金庫に入れるなどして対応してきた。しかし、これは鍵があるので再び開けることが可能だった。一方、入金カードに引き出し機能はない。入れてしまえばその場で出すことは不可能になるため、防犯上の利点も大きい。
セブンイレブンのスタッフだけでなく、タクシーの運転手や飲食店の店主など、深夜から早朝にまとまった金額をどこかに預ける必要がある業種も現金補充の担い手。「コンビニで入金できれば深夜に数少ない夜間金庫を探す手間が省ける」という顧客の意見を取り入れたにすぎないが、結果的に一石二鳥の効果をもたらしている。
迫る「キャッシュレス化」
2000年以降、日本ではさまざまな異業種からの銀行業参入が相次いだ。その多くはインターネットを活用することで固定費を下げ、その分だけ預金金利を高くしたり、貸出金利を低く設定したりするビジネスモデルだった。しかし、これらは既存銀行のビジネスモデルと本質的には変わらない。その後、大手銀が中心となってネットサービスを充実したため、急速に同質化が進み、優位性が失われている。
そうした中で、特異なビジネスモデルを守り抜いてきたセブン銀だが、取り巻く環境に変化の兆しが出ている。金融とIT(情報技術)を組み合わせたフィンテックの波だ。
フィンテックには、さまざまな金融サービスが含まれる。その中でセブン銀に影響を及ぼしそうなのがキャッシュレス決済。米アップルの日本版iPhone7が非接触型ICチップ技術「フェリカ」を搭載するなど、スマートフォンをかざして決済するのが日常風景となれば、消費者がATMで現金を引き出す回数が減り、手数料を収益源とするセブン銀には少なからず影響が出る。
狙うは「外国人居住者」
ひとまず収益源の多様化については対応策は打ち始めている。まずはこれまで手薄だった、「自行の預金者から手数料を取る」サービスだ。
今年3月、川崎市の地下街「川崎アゼリア」内にセブン銀の有人出張所が開店した。だが、普通の銀行の店とはどこか雰囲気が違う。訪れる客層も外国人が多い。
それもそのはず。この出張所はセブン銀が取り扱う海外送金サービスの営業に特化した店だからだ。
国内銀行の多くは同サービスにあまり積極的ではない。言語という大きな壁があり、かかる労力の割にリターンが見込みにくいと考えるからだ。このため一般的な日本の銀行を通じて送金すると様々な手数料が合計されて1万円近くかかったり、相手に届くまでの日数が不透明だったりして使い勝手が悪い。セブン銀はそこに目を付け、新たな収益の柱に育てようとしている。
セブン銀は国際送金ビジネスを手掛ける米ウエスタンユニオンと提携。2011年3月から同社の代理店網を活用して割安な送金サービスを始めた。200以上の国・地域、50万以上の拠点に現金を送ることができる。手数料は送金額が1万円以内なら990円、5万円以内なら1500円などと定めた。
実は、外国人居住者を相手にしたビジネスは侮れない潜在力を秘めている。日本には223万人(昨年末時点)が住んでおり、総務省統計などからセブン銀が試算したその市場規模は約5兆円という。海外送金を通じて外国人居住者を囲い込めれば、銀行としてこの市場を開拓できる可能性が出てくる。
確かに多言語を理解するスタッフを有人店舗に張り付けてその都度対応していては到底、採算が合わない。しかし、外国人居住者が最もつまずく最初の口座開設手続きをサポートすると、コミュニティーなどを通じて利用者が広がりやすいという。そうなれば、海外送金では9言語に対応するATMやスマートフォンアプリなどを経由して低コストで利用件数を伸ばせる。
2012年3月期に年間3万3000件だった送金件数は、2016年3月期に81万6000件に増えた。収益面での貢献はまだ数億円規模とみられるが「リテール金融の顧客を『日本人』ではなく、『日本に住んでいる全ての人』と想定すれば、まだ手つかずの分野は残っている」と二子石社長は強調する。
フィンテックそのものへの対応も始まった。今年2月、セブン銀はATMを活用した新サービスの提案をフィンテック関連のベンチャー企業から公募し、現在2社と具体化に向けた検討を進めている。4月には社内にフィンテック対応の専門部署も立ち上げた。
もっともフィンテックがセブン銀に追い風となるのか、逆風となるのかは見極めきれない。最高益更新を続けるその裏側で、セブン銀は岐路に立っている。
(日経ビジネス2016年9月26日号より転載)
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