世の中には数多くの会社・企業があります。では、会社という組織がなぜ、何のために存在できるのかといえば、「経済活動をうまく行っている」からではないでしょうか。企業や会社が手掛ける経済活動が社会に役立つと評価されているからこそ、長年、形態を保って存在しているのです。従って、企業の真のオーナーは国家や社会なのです。そこでは人、モノ、カネといった有限資源を効率的に生かして、価値を生み出し続けなくてはなりません。
日本型採用の常識は、世界の非常識
その観点で、日本企業の在り方を考えてみましょう。多くの株式会社があり、特に大手企業は毎年、大勢の社員を採用しています。これが当たり前の光景ですが、実は世界の常識から見ると、かけ離れているのです。まずこの点を知る必要があります。
毎年4月1日に入社式をして、直ちに新入社員の研修に入る。こうした労働慣習はおそらく日本を除いて、世界でもほとんど例を見ないのではないでしょうか。米国企業にもこのような仕組みはないでしょう。日本企業では当然といっても、明治時代に生まれた伝統的なシステムではなく、戦後に生まれて、根付いたものです。日本の高度成長、つまり工業化社会の進展に伴ってできたシステムでした。しかし、すでに日本経済は、工業化社会から高度なサービスを中心とする知識集約型社会に移行しています。それにもかかわらず、過去のシステムだけが残っているのです。
振り返ると、日本は1980年代、工業化社会の世界チャンピオンになりました。米国も欧州も、「勘弁してくれ」というくらい、日本の製造業、あるいは日本の輸出産業メーカーは大成功したわけです。安価で、良質で、大量にできた日本製品を世界中に届けて、「世界の工場」としての地位を築いたのです。
確かに「良質」で「大量」、「低価格」の製品を作るためには、日本独自の採用・研修システムが適していたのです。世界に勝てる工場を経営するには、大学卒の優秀な、そして“同質な人材”を大量に採用する必要がありました。さらに、その人材を“同じ社員”に育てるわけです。なぜなら、東京工場と大阪工場で、品質が異なるのは困るからです。どこに行っても、ぴったり同じものができたほうがいい。そのための「入社式」なのです。その会社の「色」に新入社員を染め上げていく。その会社以外では通用しないけれど、社内では絶対に必要で有用な人材を育てる。
その象徴が厳粛なる入社式であり、独身寮であり、同期入社での飲み会などだったのです。そうした経験を積み重ねて、極端に言うと自分が勤める会社が世界より大事だという、社内にだけ通用する経営哲学を根付かせる。世間一般が求めるMBA(経営学修士)ではなく、“社内MBA”を増やすことに強さの源泉がありました。
問題は、その時代はすでに終わろうとしているのに、まだ同じ採用・教育システムを採り続けていることにあります。
多様な人材が成功のカギ
では知識集約社会においては、企業活動や採用で何が優先されるのか。「大量、同質、優秀」を優先した工業化社会と比べると、知識集約型社会で必要なのは、「優秀」で、さまざまなバックグラウンド(背景)を持つ人材を集めることです。文化背景や個人経験が異なる人たちを多様に集めて、そして、そのような人たちに「新しい好きなことをやっていい」という環境を与えれば、面白いアイデアが出てくるはずです。それこそがこれからの理想の会社経営といえます。
オリックスの例でいえば、さすがに入社式は続けていますが、私自身は、入社式で挨拶するのを早くにやめました。なぜなら、4月1日に新卒で入社する社員より、中途採用の社員がずっと多くなっているからです。
中途採用の社員は、入社式に出ないし、研修もない。すぐにそれぞれの職場で仕事に励んでもらっています。このような現実があるわけですから、時代とともに会社の経営は変わらなければいけないはずです。
「知識集約型社会」に見合った経営は、工業化社会のそれとはまったく異なるのです。
経営者が気を付ける点もあります。それはバックグラウンドが多様になればなるほど、「何をもって優秀か」という基準を持つのが難しくなることです。そこで判断基準となるのは、専門性です。
例えば、オリックスにおいても、最近、太陽光発電のビジネスに参入しました。数年前まではこのような展開は予想していなかった。そのため太陽光のチームも当初は、必ずしも電気事業に詳しい人が揃っているとはいえませんでした。むしろ、「感電したら困る」というくらいの認識しかない社員も加わっていた。事業化が進むにつれ、当然、電力・電気の専門家の力が必要になります。
企業の事情で、太陽光発電事業に消極的になり、専門家がその組織で生かされていない場合もあります。そのような企業には優秀な人材が多い。あるいは年齢にこだわれなければ、定年退職した方の中にも大ベテランがいらっしゃる。そういう専門知識を持つ人材を積極的に採用する。そして、もともといる社員と一緒になり、プロの知見を得て議論すると、面白いプランが出てきます。
雇用形態も複線型に
加えて経験から実感しているのは、雇用形態も多様にしたほうがいいということです。新規事業を手掛けていると、時に「自分は業界で一番、知識も経験も豊富。値打ちのある人材だけにきちんと認めてほしい」。こんな自負を持つ人材を採用する局面がでてきます。仮に終身雇用制だとしたら、こうした人材にあった報酬を示すことは可能でしょうか。他の社員との比較において、難しいと思います。では、プロ野球選手のように1年契約という仕組みがあれば、どうでしょうか。成果の判定も含めて、「あなたが希望する報酬給料を出しますよ」と対応できるのではないでしょうか。
このように複線型の雇用形態は企業を活性化するためになくてはならないものといえるでしょう。当然、成果重視の短期雇用では、評価も短期間で行います。雇用形態を変えることは、評価の仕組みの多様化も伴うのです。
工業化社会と比べると、知的集約型社会の雇用形態は“テイラーメイド”。つまり一人ひとりのキャリア形成に即して、仕様を変えなくてはなりません。工業化社会は“レディメイド(既製品)”でしたから、55歳で役職定年、60歳で定年などという生涯のコースも決まっていました。
私自身もかつては無意識に「あのひとは歳だから」というふうに話していたこともありましたが、自分が年齢で判断されると、気持ちが変わって、腹が立ちます。勝手なものです。ただ実際にオリックスには70歳以上で働いている人も、80歳のおじいさんも在籍しております。
混在期にある評価制度
雇用・採用制度が多様化する中で、人事評価については、今は混在期にあると思います。かつての画一的で均質的な日本企業であれば、「おい、頑張れよ」と社員の肩をたたいて励ませば、経営者と幹部の意図するところは十分に本人に伝わったと思います。まさに経営学者の野中郁次郎先生の言う「暗黙知」の世界で理解ができたわけです。
言葉は少なく、放っておいても、本人のやる気も保てたわけですが、例えば最近の若い世代の社員はどうでしょうか。上司が定期的にきちんと面談して、丁寧に説明していかないと、なかなか本人も納得しない。すべて言葉や数字から説明する制度が求められているのです。
新しい時代の評価制度を定着させるには、当然、社内において情報の透明性や説明責任がより必要となります。面談や評価に当たっては全社統一のマニュアルも欠かせないでしょう。これがないと「評価がしにくい」という声も出てきます。
要するに現在は、かつての暗黙知の価値観で働いてきた社員と、新しい価値観を重んじる社員が、1つの企業に混在している状態なのです。この中で、バランスよく、かつ社員が納得するマネジメントを実践するのは難しくなっていることを自覚しなくてはなりません。
経営幹部や上司は常に複線で人材を見ていかなくてはなりません。何か新しいことに取り組んでいる社員、また難しい課題に挑戦している社員。そうした大胆な試みを評価する一方で、コツコツと丁寧に同じことをやり続ける社員の努力も見守らなくてはならない。変革期にあるからこそ、新規と伝統にどちらにも偏らず、冷静に評価していくことが求められています。
その全ての条件をまとめた必読書。
本書は、オリックス シニア・チェアマンである宮内 義彦氏がオリックスグループでの長年の経験から、企業運営の在り方を様々な角度から考え、企業経営論としてまとめた書籍です。
激動する世界情勢や経済状況、次々と生み出される新技術など、現在の社会環境を踏まえた上で、特に新規事業や人材育成、株主対話といった項目に重点を置き、長期成長のために企業があるべき姿を探ってみました。
安定的な組織の成長は、社員の仕事の幅を広げたり、働きがいを高めたりすることはもちろん、取引先との良好な関係を通じた新しい価値の提供、さらに地域社会への貢献と幅広い成果をもたらします。
そのためには日々、どんな事を考えて、実践していけばよいのか。人材や組織、技術など多様な観点からその条件をまとめています。
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