神戸製鋼所の大規模な製品データ改ざんが大きな問題になっています。10月上旬、航空機や自動車メーカーなどに納入していたアルミや銅の製品について、強度や寸法、伸び率などの検査データが改ざんされていたことが明らかになりました。
その後も不正が次々と発覚し、データを改ざんした製品の納入先は国内外で500社超。その中には、東海道新幹線の台車部品に利用したというJR東海、自動車部品に使用したトヨタ自動車や日産自動車、米ゼネラル・モーターズ(GM)、米フォード・モーター、航空機部品では三菱重工や米ボーイングなども含まれます。
なぜ、こんなことが起こってしまったのでしょうか。問題の根本的な原因と先行きを探ります。
鉄鋼業界は回復に転じた
神戸製鋼の業績は、ようやく回復に向かっていたところでした。2017年4~9月期の決算を見てください。
売上高は前年同期比11.3%増の9070億円。営業利益は65.9%増の514億円。最終利益は、857.6%増の393億円という大幅な回復となりました。主力の鉄鋼事業において、自動車向けの需要が伸びたこと。鋼材価格の上昇によって、原材料価格の上昇分を吸収できたことが業績に貢献しました。
神戸製鋼だけではありません。競合の新日鉄住金、JFEホールディングスも大幅に改善しています。新日鉄住金は、売上高が前年同期比27%増の2兆7450億円、営業利益は460.8%増の999億円。JFEは売上高が15%増の1兆7253億円、営業利益は前年同期の40億円から965億円まで大幅に伸びています。いずれも半期の数字です。
なぜ、鉄鋼業界が好調なのでしょうか。理由は、二つあります。
一つは、米国や欧州、アジアの景気が堅調に推移していること。もう一つは、中国の余剰設備の廃棄で供給過剰が改善したことによる鉄鋼価格の上昇です。日本経済新聞によると、熱延広幅帯鋼(ホットコイル)の東アジアの取引価格は、2016年2月の1トン300ドルから上昇に転じ、今年9月に1トン555ドルまで回復しました。
世界の粗鋼生産量は、約16億トン(2016 年)。うち日本は1億トン強。中国は約8億トン。世界シェアの半分を占めているのです。
中国は、2015年末の時点で11億トン以上の粗鋼生産能力を持っており、うち3億トン分が余剰とされていました。そこで、政府は2020年までに粗鋼生産能力を1億~1.5億トン削減する方針を打ち出し、実行に移しています。
急速に経済が成長する中、これまで中国は粗鋼生産を増やしていましたが、低品質だったことから「薄利多売」となっていました。そこで、品質を高めて高付加価値の製品をつくりだすため、粗悪品を製造する設備を廃棄していこうとしているのです。
ただし、市況が改善に向かう流れはいつ終わるか分かりません。中国がインフラ投資を抑えて鉄鋼需要が減少したり、鉄鋼の生産量を増やす政策を打ち出したりといったような動きがあれば、再び需給が緩む可能性があります。共産党大会が終わったことで、地方への設備廃棄などの経済的な「締め付け」も少し緩む可能性もあります。
今のところ、財務の安全性に問題はないが……
鉄鋼業界全体が回復する中、神戸製鋼の不正問題が発覚しました。今後は、顧客企業に対する賠償や製品の交換費用などが発生するでしょう。これがどこまで膨らむかはまだ明確になっていませんが、現時点で同社の経営の安全性に問題はないか、財務諸表から見てみましょう。
中長期的な安全性を示す自己資本比率は、30.6%。一般的には、製造業のように固定資産を多く要する会社ですと、20%以上あれば安全です。神戸製鋼の場合は、十分安全だと言えるでしょう。
ただし、危機時に重要なのは、短期的な安全性です。もっと具体的には、短期的な資金繰りがつくかどうかということです。会社が潰れるときというのは、債務超過になった時でも巨額の赤字を計上した時でもなく、「流動負債が返済できなくなった時」や「給与などの支払いができないとき」つまり、お金が足りなくなったときに潰れるのです。
短期的な安全性を示す「流動比率(流動資産÷流動負債)」を計算しますと、118%となります。一般的には120%以上あれば安全と言われていますから、第2四半期末では、神戸製鋼はまずますの水準だと言えます。
もう一つ、流動比率よりも短期的なスパンで資金繰りが続けられるかどうかを示す「手元流動性(現預金+有価証券)÷月商」という指標も見ていきます。
神戸製鋼の場合は、1.35カ月分。大企業ですと通常モードでは、1カ月分あれば安全ですから、同社は今のところ、安全水域に入っていると言えます。さらには、取引銀行に融資の積み増しを求めたとも言われています。現預金の残高を高めているのです。危機時には現預金残高を高めることが何よりも大切ですが、その対応を行っているのです。
一方、注意しなければならないのは、有利子負債の額です。貸借対照表の「負債の部」から有利子負債を調べますと、合計で7752億円。この額が多いか少ないかを判断するために「デット・エクイティ・レシオ(有利子負債÷株主資本)」を計算すると、1.07倍。一般的には、1倍を上回るとクエスチョンマークと言われていますから、神戸製鋼の場合はギリギリといったところでしょう。これ以上、大きく有利子負債を増やすのには、銀行は少し慎重になる可能性はあります。
以上の点から、有利子負債が少し多いと感じますが、今のところ安全性には問題ありません。ただし、大規模な損害賠償の可能性や今後の業績に注意しなければならないことは言うまでもありません。
データ改ざん問題の根本的な原因は?
ようやく鉄鋼市況が戻ってきたところで、神戸製鋼の品質データ改ざん事件が明るみに出ました。なぜ、こんなことが起こってしまったのでしょうか。
梅原尚人副社長によると、データの改ざんは「組織ぐるみ」で「10年近く前から」続いていたということです。
私は、根本的な原因は、ひとつは神戸製鋼の独特のメンタリティにあると考えています。高炉3社の中では、同社は新日鉄住金、JFEと売上高の規模を比べると、かなり小さいと言えます。とくに神戸製鋼は多角化を進めていましたから、鉄鋼事業だけの規模で見るとさらに差が広がります。いわば、鉄鋼業界では「年の離れた末っ子」です。
その一方で、地元の神戸では「殿様企業」です。規模で離された上位二社を見上げつつも、「鉄は国家なり」という時代から地元では特別扱いされ、ちやほやされている。そういった特殊な状況の中で、独特なメンタリティが育ってしまったと感じるのです。
実際、過去にもそんな「甘さ」を感じさせる出来事がありました。2000年代前半には加古川製鉄所と神戸製鉄所で、大気汚染防止法の基準を上回る窒素酸化物(NOx)と硫黄酸化物(SOx)を排出していたのに、自治体に提出するデータを改ざんしていたことが明らかになりました。2005年には橋梁談合事件も起こしています。ほかにも、2016年にはばね用鋼材の強度の改ざんが発覚しました。神戸製鋼は、これまで何度も不祥事を起こしているのです。
「末っ子で殿様」という体質が、ルールを軽んじるような甘さを生んでしまったと言えるのではないでしょうか。
さらには、これは神戸製鋼所に限ったことではなく、東芝や日産、SUBARU(スバル)など不正を起こす企業に共通して言えることですが、経営者が正しい「考え方」を持っていなかったことも大きいでしょう。企業が何のために存在しているかという社会的使命を忘れ、自社の数字的な業績だけを追い求めた点です。私の人生の師匠は、8年前に亡くなった禅寺のお坊さん(曹洞宗、円福寺の藤本幸邦老師)でしたが、よく「お金を追うな、仕事を追え」とおっしゃっていました。世の中が求めているのは仕事、それも良い仕事なのです。それをお金や数字を追いかけてしまったのです。経営や人生の根本を経営者が見失ってしまったことも不祥事の大きな原因となっていると私は考えています。
神戸製鋼の不祥事は、「メードインジャパン」の信頼を損ない、日本の製造業全体に迷惑をかけています。経営陣は、この点を真摯に受け止めていただきたいと思います。もちろん、同社の信用も大きく損なわれました。
今回の問題について、一部の専門家から「グローバル競争が激化し、コストを削減せざるを得なくなって人材に十分な投資をしなかったのが原因だ」という意見が上がっています。
確かにこの面は否定できませんが、それだけでは十分な説明ではありません。多くの日本企業はグローバル競争に巻き込まれていますし、日本以外の企業も同様です。グローバル競争に巻き込まれたから不祥事が起こってしまったという理屈だけで説明するのは、一部の側面しか見ていないと思います。
私は、あくまでも神戸製鋼の体質や経営者の問題が大きいと思います。
「第二のタカタ」になる可能性は低い
もちろん、神戸製鋼は欠点ばかりではありません。ワイヤー(線材)やバネなどの鋼材については、世界トップシェアの製品を持っています。アルミや銅などでも競争力があります。
これからますます自動車の軽量化が進みますから、アルミ製品は大きな強みになるでしょう。
タカタの欠陥エアバッグ事件のように、死者が続出し、対応も非常にまずかったというわけではありませんから、タカタほどのダメージは受けないのではないかと思います。トヨタやスバルは、「アルミ板は安全基準をクリアしている」と発表していますし、JR東海も「東海道新幹線に使用したアルミ製品に安全性の問題はない」と説明しています。神戸製鋼所自身は、今月7日に、不正な製品を出荷した525社のうち、約9割にあたる470社で安全性が確認されたと発表しています。
しかし、一部企業からは交換費用を請求するという話が出始めていますから、その範囲がどこまで拡大するかに注意が必要です。
さらに、米司法省が調査に乗り出しています。冒頭でも触れたように、神戸製鋼はGMやフォード、ボーイングにも出荷していますから、米企業からリコールや損害賠償がどれだけ発生するかにも注意しなければなりません。
今後の賠償額や交換費用の規模によっては、財務内容に大きな影響が出る可能性もいまだに残っています。第2四半期までの決算が出たところですが、事件の成り行きと今後の決算発表を注意深く見守りたいところです。
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